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天の川  作者: 青井ハナ
3/3

エピローグ

今日は七夕。


七夕集会での司会もうまくいったし、体育では跳び箱八段飛べたし、今日はなかなかいい一日だった。

でも、七夕集会で司会をしている私に向かって幸太が、

「おねぇちゃんだー!頑張ってえ!」

と叫んだのには参った。

私はあんまり恥ずかしくて、顔が真っ赤になってうつむいてしまった…。



「ゆっきー、七夕集会も無事に終わったし、今日帰りにうちに遊びに来ない?久しぶりにゲームやろうよ!」

そう話しかけてきたのはナオ。

すると、

「いいねいいね!じゃあ速攻で帰る準備して、ナオんち行こ!」

と飛び入り参加してきたのはノンちゃん。

私たちは仲良し三人組だ。


二人の誘いは魅力的だったし、盛り上がってるのに水を差すみたいで断りづらかったけれど、

「ごめん。今日は家で七夕集会第二弾があるんだ。お母さんも幸太もすっごく楽しみにしちゃってるからさ、今日は家帰るね!」

と二人に手を合わせてゴメンのポーズをすると、まっすぐに家に向う。

そう、今日は我が家にとって一年に一回の大事な日。

七夕なのだ。




昨日の夜。

お父さんからの時を超えた手紙を読んだ私は、しばらく泣いた。

気持ちが少し落ち着くと、ちゃぶ台で家計簿をつけていたお母さんに相談した。

相談とは、明日『風邪』で学校を休みたい、というものだった。

私は大人になろうと知らず知らずのうちに焦り、意地を張り、毎年欠かさずに行ってきた我が家の大事なイベントも今年は行かないと断っていた。

でも、お父さんからの手紙を読んで、自分のした決断を後悔したのだ。

だからお母さんに、やっぱり今年もみんなで天の川を見に行きたい、そう伝えたのだ。


私はお母さんは喜んで受け入れてくれると思っていた。

ところが、私の言葉を聞いたお母さんの答えは意外なものだった。

「ダメ。幸乃、風邪なんてひいてないでしょ。」

「え?だからそうじゃなくて、毎年そういうことにしてたでしょ?」

「でも今年はダメ。だって学校の集会で司会をするんでしょ?友達とも約束したんでしょ。だったら約束はちゃんと守らないと。」


私は言葉に詰まった。

お母さんの言うとおりだった。

黙ってうつむく私に、お母さんが優しく言った。


「幸乃。お母さんもね、いつまでもみんなで天の川を見に行くことは無理だと思ってたよ。それに、そのことにしばられる必要はないの。これからは行けないことだってあると思うし、いつまでみんなで行けるかもわからない。だから、行けないことに罪悪感を感じることはちっともないの。」


私はうつむいて涙をひざに落としながら、お母さんの言葉を聞いていた。


「みんなで天の川を見に行くことだけが大事なことじゃないんだよ。家族みんなの気持ちがつながっていることのほうが、ずっとずっと大事なことなんだから!」


お母さんはにっこりと笑うと、「何泣いてるの!」と私の肩を抱いた。

私は何も言わずにしばらくそのまま、お母さんに体を預けたまま泣いた。

私の肩に温かい何かがぽたりと落ちた。

見ると、お母さんも泣いていた。笑顔のままで。





「ただいま〜。」

カギでドアを開けて家に入ると、先に帰って来ていた幸太が奥からバタバタと走って来た。

「おねぇちゃん、ママいるよ〜!」

「え?」

確か今日も帰宅は六時くらいの予定だったはずだけど。

そう不思議に思いながら部屋に上がると、お母さんは台所で早々とご飯の支度をしていた。


私は驚いて、

「お母さん、お仕事は?」

と聞くと、お母さんは振り向いてこう言った。


「今日は風邪引いちゃったからお休みしたの!」


相変わらずフリフリのエプロンをつけたお母さんは、ちらっと舌を出すとウインクした。




ご飯の支度を手伝おうとすると、お母さんは今日はいいと断った。

「それより今日は夜ゆっくりしたいから、早く宿題やっちゃいなさいよ。」


幸太はまた押入れに出たり入ったりして何だか忙しそうだ。

いつもは私の邪魔ばかりしてくるのに、今日は一人で遊んでいる。

というわけで、苦手な算数の宿題に思う存分集中できる条件が整ってしまった私は、仕方なく宿題を始めることにした。


ちょうど私の集中力が切れるころ、お母さんが近くのコンビニで牛乳を買ってきてと、買い出しをお願いしてきた。

牛乳なんて明日でもいいじゃない。

そう思ったけれど、もう宿題にあきあきしていた私は快く引き受けた。

家から歩いて5分のコンビニに行き、一番安い牛乳を買った。

夏至も過ぎた初夏の風は、むっとするような湿気を含んでいた。

早く梅雨明けないかなあ、そう空を見上げると、どんよりとした曇り空が広がっていた。


あーあ。

今年は生れて初めて天の川が見られないんだなあ。

そう思うと、私は自分の早まった決断を今更ながらに後悔したのだった。




家に帰ると、なんだか様子が変だった。

お母さんと幸太がバタバタして、「早く!」とか「わあ!」とか騒いでいる。

私が部屋に入ると、慌てた様子のお母さんと幸太が二人で並んで私を見ている。

変なの、そう思いながら買ってきた牛乳を冷蔵庫に入れて部屋に戻ると、やや落ち着きを取り戻した二人が私を手招きしていた。


「どうしたの?なんなの?」

「いいからいいから!ちょっとここに入ってみてよ。」

「おねえちゃん、おしいれ〜!」


お母さんと幸太が私に押入れに入るように言った。

何で?だいたい暑いし、お父さんの手紙はもう見つけたし…。

と、押入れに入る意味がわからない私は抵抗する。

でも、二人の必死な説得に負けて、仕方なく理由もわからないまま押入れに入ることになった。

布団に跳ね返されそうになりながら何とかよじ登る。

ようやく上段の布団の上に登り、ふう、と落ち着いた私。

それを見たお母さんと幸太が、顔を見合せてニイッと笑ったことには全く気が付かなかった。


突然、

「せーの!」

という掛け声がしたと思った瞬間、勢いよく押入れのドアがパシンと閉められた。


「えっ、何?何?!」


焦った私は慌てて開けようと、ガタガタと必死にドアに力を入れる。

暗い所はあまり得意ではないのだ。


「なにするの、開けてよ!お母さんっ。幸太!」


一体なんでこんなことを?

この間、幸太を泣かせた仕返し?

それとも天の川を見に行くのを断ったから?

だったらごめんなさいって謝ったのに!

こんな仕返しの仕方、あんまりじゃない!

真っ暗な押入れの中で、私はパニック状態だ。

頭の中は『何で?』と『ごめんなさい』のオンパレード。


すると押入れの外から、

「幸乃、ちょっと落ち着いてよ!」

とお母さんの声。


何言ってるの?こんな状況で落ち着けるわけがないじゃない!

お母さんの言葉になんだか怒りすら込み上げてくる。

早く開けてと叫び、なおもドアを開けようとする手に力を込める。

押入れのドアが外れそうにガタガタ鳴っている。


「幸乃、落ち着いて!天井見てみて!天井!」

「はあ?!」

「おねえちゃん、お空見て〜!お空!」

「そら?てんじょう?」


二人の意味不明な言葉を聞いて、ドアを開けようとする手の力が少し抜けた。

天井?空?

私は真っ暗な押入れの中で、仰向けに転がるように横になると、上を見上げた。



私は息を飲んだ。

頭はすぐに真白になった。

さっきまでの騒ぎやパニックが嘘のように。

体からは力が抜けて、私は仰向けに横たわってぼんやりと天井を、いや、空に見入っていた。



真っ暗な夜空に天の川が横たわっている。

夏の大三角形もある。

それらは、今まで見てきた本物の夜空に比べると、何とも安っぽい光ではあった。

でも、今確かに私の目には、あの大好きな夏の夜空が広がっていた。

家族みんなで見上げた、夏の夜空が。



静かになった私を心配してか、そうっと押入れのドアが開いた。

お母さんが私を見て、眉毛を下げて「あらあら」と笑う。

幸太を重そうに抱えあげると私の隣によいしょと座らせた。

私の顔を見た幸太は、

「おねえちゃん、また泣いてる〜!」

と困ったように叫んだので、私はせっかく星空に見入っていたのに我に帰ってしまった。



狭い押入れの中に重なるように三人。

お母さんと幸太と私。

みんなで天の川を見上げていた。


幸太が必死に作った川村家の押入れの天の川。

この間、押入れの中で眠っている幸太を発見した時、幸太の周りにチューブのようなものが転がっていた。

あの時も、昨日の夜押入れの中の宝物探した時も、私はちっとも気が付かなかった。

幸太はお気に入りの光る塗料入りのチューブで、押入れの天井に一生懸命星空を作っていたのだ。

その光は蛍光がかっていて、今や吸収した光を使い切りそうになり、弱弱しくなっている。

本物の夜空にはほど遠い。

それでも、本当にきれいだ、と思った。


お母さんが、

「今年はおねえちゃんが天の川見に行かないって言ったから、幸太が考えてくれたんだよ〜。

今年もみんなで見れたね。天の川!」

と嬉しそうに言う。

弱弱しくなった星を見上げていると、そこにお父さんの顔が浮かんできた。

大三角形のわし座のアルタイル。

お父さんがきらきらと光りながら、笑っているような気がした。

もしかすると、家族みんなで天の川を見に行くことは、お父さんに会いに行くことだったのかも知れない。

お父さんとお母さんの年に一度のデート。

私はそれを邪魔してしまったのだ。


「お母さん、ごめんね。」

私は心からそう思った。

お母さんは静かに笑って、

「ふふ。いいのよ。」

そう言って、私と幸太の頭を撫でた。

ほとんど光が見えなくなった押入れの天井に、わし座のアルタイルとこと座のベガだけがまだ力強く輝いていた。

お母さんの顔は暗くてよく見えなかったけれど、きっと幸せそうな顔をしている。

そんな気がした。



「じゃあーん!!」

お母さんがちゃぶ台に本日の晩ごはんを披露した。

私と幸太は目を丸くして驚いた。

そこには、お弁当箱が四つ置かれていた。


「やっぱり七夕の夜は、みんなでお弁当でしょ?」

にっこりと、嬉しそうに笑うお母さん。

そう、毎年七夕の夜は、家族みんなで星空の下でお弁当を食べるのが我が家の決まりごとだった。

どんな豪華な料理よりも、そのお弁当は私の心を温かくした。



今年の七夕は、生まれて初めて本物の天の川を見に行かなかった。

それなのに、私は大切なものをたくさんたくさん見つけることが出来た。

でもそれは私一人では決して見つけることの出来ないもので、お母さんや幸太、そして、お父さん。

私の大事な家族が私にくれた大切な奇跡。

私はこの七夕を一生忘れることはないだろう。



川村家の笹には、今年はたった一枚の短冊がかかっていた。

でも大きい。

なんて言ったって、短冊を9枚つくっつけた特大短冊だ。

お父さんに見えるように大きな短冊に大きな字で書いた、私たちの願いごと。

きっと本当の願いごとは、どんなに時が経ったって変わることはないのだ。



― 家族みんなが いつまでも仲良くいられますように。


                  来年は会いに行くからね。お父さん!! ―



夜空で星が一つ、きらりと光った。

最後までお付き合い頂いた方、ありがとうございます。恋愛要素はほとんどないお話ですが、私なりに、家族のながりを出来るだけロマンティックに書いたつもりです。いかがでしたでしょうか?宜しければ感想、ご指摘など頂ければ幸いです。

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