ゲーム
孤独を抱えた由貴の大胆な誘いにひるまない少年、環。二人のゲームの行方は如何に…。
早る気持ちを落ち着かせるべく、私は平静を装ってトイレに入った。
鏡に向かって自分を見詰める。
サラサラのショートカットの乱れを手ぐしで直す。意図的に赤い口紅を塗り直す。
白いジップアップセーターの胸元のジッパーをさっきより大きく開ける。全身の鏡で、黒のダウンジャケット、黒いレザーのミニスカート、黒のロングブーツのバランスを確かめるように見てから、香水を耳の後ろと胸元に吹きかけた。
「パロマ・ピカソ」
環が最も愛した香り。生涯忘れることのない記憶。
再びフロアに戻った私は、わざとゆっくりとフロアを闊歩した。
その頃の私は、蓮っ葉な態度をとることで、自分を誇示し、自我を守っていた。自分がいっぱしの娼婦を気取っていることで、今にもひび割れてしまいそうな心を両手で掲げ持っていたと言っていい。
環のグループは、先程のカーゲーム機の前でたむろしていた。
私はさっきより、やや挑戦的な目で環を見た。しかし、環は一向にひるむことなく、むしろ更に挑むような目で、私を見返した。
ほんの一瞬見つめあった私達の間にもう壁など存在しない。
グループの一人が環の耳元で何か囁いた。明らかに、少年達の中で私のことが話題になっているのを見て取った私は、最近の常套手段で環に近寄った。
「すみません。私、欲しいぬいぐるみがあるんだけど、UFOキャッチャーって苦手なの。君、すごくゲーム上手そうだし、お金出すから取ってくれないかな?」
少年達がなかば驚き、色めき立つのが分かった。
よくこんな下手な芝居ができるものだと、自分で自分に興醒めする思いがしたが、意外に環はあっさりと返事を返した。
「どのゲーム?」
「あ、こっち。」
私はぐるぐる回転する玩具のような小さなUFOキャッチャーまで環を案内した。
少年達は呆気に取られてポカンと遠巻きに環を見送るばかりでついて来る様子はない。
環は値踏みするようにゲームを一瞥すると、
「このゲームは無理。俺、自信ないから。あっちのなら100%取れるけど。」
と言って、くるりと踵を返して、大型の最新式らしい明るく発光しているゲームに向かった。急いで後に続く。
「これでいい?」
環が振り返ってひたと私の目を捉える。
「あ、うん。」
私が慌てて、両替した五百円を環に差し出すと
「いい。これなら百円で絶対取れるから。」
と、手のひらから百円玉だけ摘まんで投入した。
ゲームがスタートした。