8:「切り替わりのきっかけを」
いつだったか彼女は言った。
「たっちゃんのなまえ『竜』って漢字がはいってる。ドラゴンだよ、かっこいいね!」
そのとき僕はなんて返したんだっけ。
もう……よく覚えていない。
昔、そう小学生のころだ。
――香澄はいじめられていた。
今とは性格がかなり違っていた。
体が弱く臆病で、自信がなくて、いつも僕の後ろにおどおどしながらついて回っていた。
子供の世界は単純で分かりやすいがゆえに、残酷だ。
弱い人、周りの人と少し違う人。目立っている人。
外見、性格、能力など人と合わせられないものが目に付いた端から虐げられる。
いじめとは人間の本質にかかわる問題なのだ。
いじめは大なり小なり集団というものがあれば必ず生まれる。
そして学校とは集団だ。
学校とは学業だけを学ぶ場所ではない。
人に合わせるという集団行動を学ばせる場所でもあるのだ。
集団というものは必ず強者と弱者に分かれてしまう。
そして人と合わせることが出来ない弱者をいじめる強者が現れる。
目に付きやすいのだ、そういう人は。
それは時期によって標的が変わる。
そしてこのとき。
竜也たち4人の幼なじみが小学5年生のとき。
――標的は「香澄」だった。
それだけの、話なのだ。
ただそのとき事件が起こった。
僕こと、井土竜也が格好良い『ドラゴン』から日の当たらない『モグラ』になる。
――その、きっかけとなる事件が。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あん? 竜也倒れちまったぞ?」
紅葉が香澄に渡されたカギを試しつつ横目で竜也を見た。
「やっぱり少し可哀相だったね……。香澄ちゃん、もう許してあげたら?」
舞もカギの仕分けをしつつ、香澄を優しく諭す。
「……もう、怒ってないわよ」
香澄も紅葉にカギを渡しつつ、舞の助言に本音を吐露する。
「じゃあなんであんなに厳しくするんだよ。確かにこの状況は竜也のせいだろうけど、俺たちにだって原因がないわけでもないだろ?」
「……こんなときくらい自分から頑張って欲しかったのよ。竜也あの時からいつもまでもウジウジしているから……」
「ならもう少し優しくしてやれよ……」
「だって……ストレートに言うなんて、恥ずかしいじゃない……」
香澄は竜也に聞こえないと確信したとたん、饒舌に語りだいた。
「高校に進学するときだってそうよ。竜也の成績ならもっといいところ行けたはずだわ。なのに近いから、なんて理由で簡単に選んで……」
実は竜也は成績がいいのだ。
ゴリラのマネとかするから伝わらないのも無理はなかったが。
「私は、あの時から一応努力をしてきたつもりだわ。もうあの頃みたいに何も出来ないのは嫌だし……泳げるようにはならなかったけど。なのに竜也は……」
「ねぇ香澄ちゃん」
「……なに? 舞」
「――愛って、なにかな」
香澄は驚いて少しこけそうになる。
「…………なによいきなり、それは……、躊躇わないことじゃない?」
「なんだよそれ、お前は宇宙刑事か……」
紅葉は香澄に呆れてつっこんだ。
「ふぅん、じゃあ、躊躇わない方がいいんじゃない?」
「………………なにをよ」
「ふふっ、さぁ?」
「なるほどな……、じゃあ俺も竜也に……」
『面白そうな話をしているのぅ、その話、ちとわしも混ざってよいかの? 竜也のことで聞きたいことがあるんじゃ』
3やりとりに割り込むように、ミコトが3人にしゃべりかけてきた。
「ミコトちゃん!? どうしたの?」
舞が驚いてカギを仕分けしている手を止める。
「何でミコトが竜也の話なんか聞くんだよ? ってかとりあえずこの部屋から出しやがれ!」
紅葉は天井に向かって吠える。
紅葉はこの一件でまたミコトを信用しなくなっていた。
『すまんの、それは無理なので諦めてくれぃ。出たければ「くりあ」するしかないの。そんなことより竜也は昔からああいう性格じゃったのか? わしにはあやつが無理しているように見えるのじゃ。自分を抑えつけておるような……なにか、原因があるんじゃないかと思っての』
ミコトがあまりにも真剣な声で話すので3人は顔を見合わせた。
紅葉は椅子から降りて、竜也の後の継ぐようにカギを集め始める。
「あいつも昔はあんな暗くなかったんだよ……。頭だって良かったしよ。俺たちのまとめ役みたいなもんだった。ただあの時からまるで別人みたいに変わっちまったな」
紅葉はそうミコトに言いながら。一旦カギを全部集めちまおう、と2人に指示した。
「中学校に入ってからは特にひどかったよね……」
舞もよいしょ、と立ち上がって壁に架かっているカギを集めだす。
「なんでなんだろ……、竜也はあんなに凄いのに。竜也は何も悪いことしてないのに……」
香澄は顔を下に向けたまま、立ち止まって動かない。
『……カスミ、話してくれるかのう? わしはなんとかしてタツヤに恩返しがしたいのじゃ』
ミコトは香澄にそっと話しかける。
「ぐすっ……その恩返しがこのゲームってわけ? 性質が悪い神さまね……ふふ」
香澄の目は少し潤んでいた。
『すまんのぅ、いい方法かと思ったんじゃ……』
「お互い素直に力になれない性格ね。まったく」
香澄がもういいわ、と言って竜也が変わってしまった出来事を話しだす。
「そうね。あれは私たちが小学5年生の頃だったわ……」
竜也も意識がない中思い出していた。まるで夢を見るように。
自分が『モグラ』になってしまったきっかけを――