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7:「欲しいものが手の届かないところにあって、そこに棒があったら」

 クリアできなければ死亡、ということが今頃になって重く感じられて、ただでさえ広い部屋が途方もない広さに感じられた。


「扉にカギを試すこともできない。それに試すことが出来てもはしごを登って一つ一つ壁に架かっているカギを試していたら制限時間を過ぎてしまう――お手上げね」


 香澄は肩をすくめる。だが顔は笑っていた。

 人間あまりにも絶望的だと逆におかしくなってしまうのかもしれない。


「どうするよ……? 扉にはカギが届かねぇ……」


 紅葉も自分で登って確認してきたのだ。

 この事実がとてつもなく重いことだと肌で感じてきたのだろう。

 とても真剣な顔で悩んでいる。


「やっぱり……他に目につくのは宝箱、だよね。まずは宝箱を開けよ~? 何らかの進展はあるだろうし。はしごの問題もなんとかなるかもよ?」


 暗い雰囲気を壊すように、舞が次の提案を出した。

 香澄がそうね、と了解したので、僕ら4人ともテーブルの位置から真ん中のスペースへ移動する。


 宝箱は天井から縄で吊るされている。

 それなりの高さなのでジャンプした程度じゃ届かない。


 さて、どうしようか。


「そうね……モグラ、椅子持ってきて」

「えー……なんで僕が…………やります」


 目つきが怖いよ……。

 僕は香澄の命令に逆らえないんだなぁ。うぅ。


 さっきまでいたテーブルのところまでダッシュで行き、椅子を1つ持ってくる。

 鉄製なので結構重かった。い、息が切れるっ。


「っはぁ、お待たせしました!」

「……遅い。グズが」

「も、申し訳ありません……」


 僕、泣いても、いいよね……?


 僕が持ってきた椅子に、紅葉が登って宝箱に手を伸ばした。

 紅葉は4人の中で1番背が高いのだ。


「んっ! よっ! ……手が届かねーぜ?」


 どうやら椅子に登った程度じゃダメらしい。

 紅葉がこちらに向かってやれやれとジェスチャーする。


「そうね……。あぁ、そうだ、棒があったわね。モグラ、ダッシュ」


 香澄が僕を見ながらパンと手を叩く。

 僕は犬か? いや……モグラか……。


「わかりました!」


 先ほどより早く、むしろ音より、光より早く竜也はテーブルまで駆けていってひのきのぼうを取ってきて香澄に渡す。これは軽いから早く取ってこれた。


「……ん、よくやったわね。よしよし」


 香澄が僕の頭を優しく撫でたきた。


 ……あれ? 胸に広がるこの妙に熱い感情はなんだろう……?

 新しい性癖に目覚め始めたしまったのかもしれない。


 紅葉が受け取った棒を使ってさっそく宝箱に果敢にアタックをかける。


 バシィッ! バシッ! バシィッ!!


 ……? ……………で?

 

『………クク、ぶははっ! もうダメじゃ! サルの知能テストかおぬしらはーーーっ』


 ミコトのケタケタと笑う声が部屋に響く。


 神さま、こいつ殴りたいんですけど願いを聞いてくれますか?

 あ、神さまってこいつじゃん……ちくしょうっ!



 ――1時間35分経過



「……どうしよっか?」


 宝箱に手が届かないんじゃ、カギを試すこともできない。

 困った表情で3人に聞いてみる。


「少しは自分も考えなさいよ! このモグラ!」


 香澄は鋭い目つきで竜也を射抜く。


 うぅ、香澄はまだ怒りが消えてないみたい。

 4人とも黙ったまま固まる。気まずい空気だった。


「……ねぇ、テーブルもあるんだし。重ねたらダメかな?」


 そんな空気を壊すように舞が次案を提案する。


 頭脳労働と肉体労働がキレイに男女で分かれていますね。

 女の子が頼もしい時代になったもんです。それに比べて僕ってやつは……。


 僕と紅葉で、舞の指示通りテーブルを運んできてその上に椅子を重ねてみる。


「ん、しょっと! お、届くぜ!」


 紅葉が上って確かめた。

 ニカッと笑って朗報を告げる。


 結局高さの問題はテーブルの上に椅子を重ねることによって簡単に解決した。

 ……棒関係ないじゃん!

 

 高さの問題はクリアした。次はカギだ。

 壁のカギを見回すが、どれが正解かなんてわかるはずもない。


「やっぱり……、この中から探し出せ。ってことよね?」


 香澄がそう言ってうんざりするように周りの壁に架かっているカギを見回す。


 うへぇ、カギを全部試すとなるとどれだけ時間が掛かるんだろう? 面倒くさいなぁ。

 想像しただけでイヤになる。


「全部試すか? てゆーか今時間どれぐらい経ったっけ?」

「1時間半くらい経ったよね。これ全部だとやっぱり難しいよね?」


 紅葉の呟きに、携帯電話で時間を見ながら返事を返す。

 ゲームオーバーまで後8時間くらいしかない。


 舞はなにかを思い出すように腕を組む。


「全部試すと時間がもったいないかもね。なにか宝箱のカギを見つけるヒントはないのかな? ほら、ナゾときってミコトちゃんが言っていたじゃない?」

「ヒント……って言えばあれだよな。ルールに書いてあった……」


 紅葉が部屋の隅にはってあるルールの紙のほうを見ながら最悪の言葉をつぶやいた。

 そう、ヒント。



・「ひんと」が欲しかったら天井に向かって「僕は変態モグラです! ゴリラが好きです!」

 と叫んでね! 気分次第でミコトちゃんが教えてくれるか・も・よ?



 これのことを指しているんだろう。

 くそ、こんなセリフ! 僕を指名しているようなもんじゃないか!


 案の定、みんなの視線が一斉に僕に集まる。


「ぜ、絶対イヤだ! 僕は絶対あんなこと言わないぞっ」


「あのなぁ、これは命が懸かっているんだぞ?」

「そうね、これはゲーム。だけど私たちにとっては遊びじゃないの。分かってる?」


 紅葉と香澄が厳しく正論を言ってくる。

 うぅ、反論出来ない……。


「で、でもほら、最初からヒントにすがるなんてやっぱりちょっと恥ずかしくない? なんとなくミコトに負けた感じもするし。ね? ね?」


 なんとかあのセリフを口にするのを回避したい。


「そ、そうだね……。もしかしたらすぐ宝箱を開けられるカギが見つかるかもしれないし。まずは色々試してみよっか!」


 僕の気持ちを察してくれたのか。舞がそんな意見をだしてくれる。

 ありがとう! 本当にありがとう!


 ま、しゃーねーか、と紅葉は顔を叩いて気合を入れる。

 舞がそう言うなら、と香澄もなんとか納得してくれた。


 助かった……。よし! いっちょやりますかっ。


 僕も紅葉を真似して顔を叩いて気合を入れてみる。

 勢いつけすぎて結構痛かった。少し涙が出た。

 

 四方の壁に架かっている無数のカギを持ってきては試す。持ってきては試す。手の届かない高さに架かっているカギは棒を使って取った。


 こういう使い方か……。


 宝箱にカギを試すのは相変わらず椅子に上っている紅葉の役。

 その紅葉にカギを渡す役は香澄。

 試し終わったカギをまだ試していないカギと混ざらないよう、まとめておくのは舞の役。

 そして僕は……香澄に渡すために部屋を走り回ってカギを取ってくる役。


「ねぇ……はぁはぁ、僕の役割だけ……はぁはぁ。おかしくない……!?」

「カギを持ってくるのが遅いわよモグラ!」

「スイマセン! ……はぁはぁ。いま、持ってきます!」


 香澄が怒鳴りつける。

 なんだか納得いかないよっ!


 

 赤いカギ、青いカギ、黄色いカギ、緑色のカギ、紫色のカギ、オレンジ色のカギ、黄緑色のカギ、ピンク色のカギ、赤紫色のカギ、青紫色のカギ、茶色いカギ、レオン色のカギ、若葉色のカギ、ライトグリーンなカギ、赤茶色のカギ 黄土色のカギ、飴色のカギ、白いカギ、黒いカギ、灰色のカギ、金色のカギ、銀色のカギ、虹色のカギ、薄い透明なカギ、少し小さめなカギ、少し大きめなカギ、いびつなカギ、長めのカギ、短めのカギ、奇形なカギ、家のカギ、自転車のカギ、貞操帯のカギ、ちょっとエッチな形のカギ、大人の階段を登るためのカギ……。

 

「あああああああああああああぁっ!」


 ありとあらゆるカギを持ってきて、香澄に渡すと僕はまた部屋を走り回る。

 100? 200? 300は持ってきたカギが超えただろうか。

 

 ……疲れた、休みたいな。でも、頑張らないと。

 何でこんなに頑張んなきゃいけないんだ。死にたくないから? 当然だ。

 でも違う、僕が頑張っているのはもっと単純な理由だ。


 そう、僕はこの状況を少しずつ楽しみ始めているんだ。


 みんなを危険なことに巻き込んでおいて不謹慎だと思う。

 でも楽しくなってきているのだ。

 命が懸かっているこの非日常が。皆で力を合わせてナゾときゲームをしているこの状況が。

 僕は日常を、人生を楽しんでいなかった。いつもニュートラルで過ごしていた。

 趣味がないから? 地味だから? 僕が、『モグラ』だから?


 違う、そうじゃない、そうじゃないんだ。


 僕が楽しめていないのは、自分を諦めているからだ。

 大人になったふりをして。自分を客観的に見て分かっているふりをして。

 達観しているふりをしてどんどん可能性をつぶしていく。

 どうせ僕には、僕なんかじゃ……、そんな言葉が口ぐせで。


 努力を嫌った。頑張るということを、しなくなった。


「う、わぁっ」


 走っている途中で転んでしまった。持っていたカギが辺りに散らばる。

 起き上がることも出来やしない。散々に走り回っていたせいで体力が限界だったのだ。

 薄れてゆく意識の中で竜也は昔のことを思い返していた。

 

 昔はこんなにひねくれていなかった。昔はもっと楽しんでいた。

 なんであの頃は楽しかったんだ? 皆と遊んでいたから?

 違う、今も皆と一緒にいるんだ。


 ――僕が変わってしまったんだ。


 なぜ僕は頑張るということをしなくなったのか。なんで僕は「モグラ」になったのか。

 思い出すのも嫌な記憶、ずっと封印してきた僕のトラウマ……。

 

 たしか僕を最初に『モグラ』と呼んだのは――

 

『やーい! もう疲れたのか「モグラ」ーーー!!』

 

 お前じゃねぇ!



 ――2時間20分経過



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