5:「ゲーム開始、ただしトイレはない」
広い部屋だ。
だいたい体育館くらいの大きさと想像してもらえれば、その広さが伝わるだろうか。目測だけど1辺の長さが20メートルくらいの四角い部屋。
天井までの高さは、15メートルくらいかな。おそらく建物で表すと4階建てくらいの高さがある。
壁や床、天井は全部黄土色の土で出来ていた。
どこを見ても同じ色で目がチカチカする。
明かりはどこから来ているのかと思ったが、なんと天井自体が光っている。
原理はわからないがこれも神さまの奇跡ってやつなのか?
次に空気は大丈夫かと思って上の方を見る。
ホッ、よかった。天井に近い壁の真ん中の方に通気口が確認できた。
鉄格子が掛かっているからそこからは出られそうもないけど……。まずそこまで高すぎて届きそうもない。
通気口の下の方にある壁に紙が貼ってある。
そして、その紙の少し上には丸いボタンのようなものが2つ見えた。
赤色のボタンと、緑色のボタンだ。
紙が貼ってある壁の反対側の隅のほうに、丸いねずみ色の鉄で出来た四角いテーブルと、4つの丸い椅子がある。
なぜかその近くには、長めの木の棒が立てかけてあった。
テーブル側の壁の上の方に見る。
なんだろう……扉かな? 黄色い扉が壁に埋め込まれている。
その扉の下からは、直接はしごが地面まで伸びていた。はしごを登れば扉の位置にまで行けるだろう。
だが、かなりの高さだ。
ハシゴを登るだけでもかなりの体力を使ってしまうな。
扉の真ん中には錠前が。
遠目じゃうまく確認出来ないがその錠前は少し大きいように見えた。
四方の壁には無数のカギが架かっている。
大小様々な色々な形や色のカギだ。大体手で届く高さまでびっしりと埋め尽くされている。数は……目算で100を超えた辺りで数えるのを止めた。
そして部屋の中での1番の存在感を放っているもの。
これは無視したくても無視出来ない――横幅が50センチくらいある大きな箱だ。
なぜか、部屋の真ん中あたりの天井から宝箱が縄に繋がれてぶら下がっているのだ。
多分ジャンプしても届かないだろう高さ。その宝箱には錠前が掛かっていて、開けられないようになっている。
※ ※ ※ ※ ※
キョロキョロと見回すが、部屋の中にミコトの姿はどこにもない。
声が上から聞こえたということは、なにか神さま的な力でこちらを見ているのだろう。
「おいミコト! 返事をしろ! ミコトーっ」
とりあえず天井に向かって叫んでみる。
『……ん? なんじゃ? もう“げーむ”は始まっておるのじゃぞ? ぼやぼやしていると時間切れで死んでしまうぞ』
あんのじょう、返事が返ってきた。
やったぜ。やっぱりこっちを監視してやがったか。
「なんで命を懸けなきゃいけないんだ。そこまで大げさにするなよ!」
って時間切れ!? 制限時間なんてあるのか!
『仕方ないじゃろう、命を懸けたものにしないと褒美がやれんのじゃ――“奇跡”には対価が必要なんじゃ、奇跡を使うだけの、対価がの。
神社でわしを助けた時、おぬしは命を顧みず助けてくれたじゃろう? だからわしも皆の為に力を使えたのじゃ。何事も等価交換じゃよ』
マジかよ……!
そんなシステムなら先に説明が欲しかった。
『それにおぬしが言ったんじゃろ、“変わりたい”“モグラを治したい”とな。その機会を与えてやったんじゃ、なぜそんなに怒る?』
「こんな方法でとは言ってない! 命を懸けてまでやることじゃないんだよ!」
『なにを言う。自分の問題じゃ。命を懸けて望む姿勢は当然じゃろう。むしろ他者より“げーむ”を解決すれば神の奇跡がある幸運を喜ぶべきじゃろう』
くそ、ダメだ……。
人間と神さまでは価値観が違いすぎる……!
「おいおい、これの発端は竜也の弱点解消のやり直しなんだろ!? なんで俺たちまで!」
納得いかないのだろう。
紅葉が僕を真似て天井に向かって吠えた。
『さっき言うたじゃろ? み・な・と、遊びたいと。4人とも神の奇跡を使える権利を得るのじゃ。むしろ参加できて幸運じゃろうに』
だが悪びれもせず、カラカラとミコトが笑う。
「ミ、ミコトちゃん……。冗談だよね? 舞たち死んじゃったりしないよね?」
泣きそうになりながら、舞が天井に話しかける。
『本当じゃ、すまんのぅ。まぁ解決すればいいんじゃ。皆なら出来ると信じておるよ』
何を根拠に! ただのどこにでもいる高校生だぞ僕たちは!
ミコトの返事を聞いた舞は、ふぇ、とつぶやいてとしくしく泣き出した。
「ケータイは!? げっ、電波がねぇ!」
紅葉は携帯電話で助けを呼ぼうとしたが、呆然と携帯電話を見ている。
僕も急いで自分の携帯電話で確認する。
アンテナが1つも立っていない、圏外だ。この部屋は電波が通ってないようだ。
つまり……助けは、来ない。
その状況を確認したのか、香澄は少し手を震わせながらミコトに質問する。
「……ミコト、1つ確認していいかな。クリアする以外にはゲームを終わらせる方法はないの?」
『くりあ? あぁなるほどの。うむ、あるにはあるんじゃが……、あまりお勧めはできんのぅ』
4人の中では香澄が1番先に落ち着きを取り戻したようだ。
質問内容はルールの確認だった。
「ミコト、そもそもこのゲームはどうすればクリアなの?」
『おぉ、それも伝え忘れておったかの。部屋の隅にこの「げーむ」の規則が書いてある紙が張っておる。それで確認するとよいぞ。ではな。健闘を祈る――』
「――待って!」
ミコトの言葉が終わると同時に、香澄が切羽詰ったような大きな声で叫んだ。
「香澄。ど、どうしたの?」
なんだかもじもじしている。
どうしたんだろう……。
「ミコト――トイレは? トイレはどこにあるの? 早く教えて!」
香澄はもじもじしながら天井に向かってそう聞いた。
悲痛な叫びだ。
……あぁ~そっか、そうだよね。この部屋。トイレないよねぇ~。
『といれ、便所か。……すまぬ、忘れておった』
「なんですって!? じゃあどこで用を足せばいいのよ!」
『それは、ほら、あれじゃ。えーと……そこらですればええじゃろ』
「バ、バカじゃないの! そんなこと出来るわけないでしょ!? 早くトイレを出しなさい!」
余裕がないのか、香澄は顔を真っ赤にして叫ぶ。
足をもじもじさせているので、格好はつかなかったけど。
『……え~い、知らん! もう部屋を作り変えるなんて出来んのじゃ、したけりゃそこらで勝手にせい! さもなくば早くげーむをくりあしろ! ではな!』
ミコトはそう言って引っ込んでしまった。
「ちょっと! 待ってミコト! お願い! ここから出して! それかトイレを出して!」
ミコトー! コトー……! トー……! とエコーをかけながら、香澄は天井に向かって叫ぶ。
芸が細かいな。意外と余裕あるのかな……?
香澄の感情のこもった嘆きを聞いても、うんともすんともミコトの返事は返ってこない。
そのまま誰もしゃべることが出来ず無音の状況が続いていた。
ど、どうしよう。気まずい……!
香澄以外の僕ら3人は目線で会話する。
幼なじみだけが出来る高等技術だ。
(紅葉) お前がいけ!
(竜也) なんで僕なんだよ! 紅葉がいけばいいだろ!
(竜也) そ、そうだ! 舞! 女の子同士でしょなんとか声をかけてよ!
(舞) む、無理だよ~。竜也くんが話しかけなよ!
(紅葉) そうだ! お前のせいでこうなったんだからな! お前がいけ!
(竜也) う、うぅ、ずるいよ2人とも……! つらい役は全部僕かよ!
《いーからいけ(いって)!》
紅葉と舞はが、僕の背中を蹴って香澄の前に突き出す。
うぅ~、しょうがない。覚悟を決めるか……。
「か、かすみ? 大丈夫?」
香澄はプルプルと震えている。
なんだか生まれたての小鹿みたいだった。
「……あんたの」
「え? あの……かすみさん?」
「……あんたのせいでこんなことになったんでしょーがーーーっ」
瞬間、気づくと香澄が目の前に立っていた。
まさか、瞬歩の使い手か!?
衝撃がくる、一瞬身体が浮いた気がした。
――ぐはぁ! 鋭いボディブローだっ!
僕は足、膝、身体と順番にゆっくりと倒れていった。
「……はぁ、……はぁ、……はぁ、どうしよう……ぐすっ」
香澄は少し泣いていた。
でも相変わらずもじもじしている。
舞は恐怖で身体を震わせながらも、香澄に恐る恐る聞いて。
「香澄ちゃん……、大きいほう? 小さいほう?」
「……………小さいほう……はっ!?」
そう言ってからもう一人の存在に気づいた香澄は低い姿勢で滑るように走り出す。
「ちょっ!? なんで俺までがはぁっ」
見事なアッパーカットだった。
紅葉はずずん、と大の字に倒れた。完全にとばっちりだ。
「……はぁ、はぁ。うぅ……ぐす」
香澄はもう限界のようだった。
心が折れかけている。
「か、香澄ちゃん! 向こうの隅でしてきなよっ。ほら、このティッシュあげるから!」
「ん……。ありがとう……ぐすっ」
香澄は舞に礼を言ってティッシュを受け取り、部屋の隅にトボトボと歩いていった。
「……ふぅ―――。 助かった―――……」
舞は香澄に何もされなかった。
勝利したのだ。この戦いに。
舞はきょろきょろと周りを見渡していた。
僕はうつ伏せに腹を抱えながら起きあがれず。紅葉は大の字でのびている。
「戦いはいつもむなしい……。なぜ人類は争いを止めないのか……」
舞は手を合わせて2人の戦士に祈りを捧げてくれる。
――黙祷っ。
ちゃんと届いてるよ。舞の優しいこころ……。
やがて起きあがれるようになった僕と紅葉の2人は、身体の違和感を探りながらキョロキョロと辺りを見回す。
「くっそー……ひでー目にあった。アゴがいてーぞ……」
「僕はまだお腹になにか違和感が…………ひぃ!」
香澄が目の前にたっていた。
「なにも、覚えてないわよね……?」
「「は、はい……なにも覚えてません」」
「そう。良かった。それじゃまずはルールを把握しましょうか」
「「はい……」」
僕ら4人はとりあえずルールを把握するために紙が張ってある部屋の隅に移動した。
そしてその紙を見た瞬間、4人とも言葉を失った。
『ナゾとき!? 命懸け!! ミコトのドキドキ脱出げーむ!!
☆ 解決条件 ☆
・扉を開けられたら解決だよ! 簡単だよね!!
☆ 制限時間 ☆
・10時間だよ! 時間になったら通気口から水が出てくるよ! 溺死だね☆
☆ 規則 ☆
・扉を開けられるカギは部屋の中に1つしかないよ! 当たり前だよね!
・宝箱を開けられるカギと扉のカギは別物だよ! そりゃそーだよね!
・10時間は長いよね……。仕方ないからおまけしちゃう!
お腹がすいたら緑のつまみを押してね! 机の上にご飯が出てくるよ!!
・心が折れた……。という人は赤のつまみを押してね!
時間が過ぎなくても通気口から水が出てくるよ! 溺死だね!
・「ひんと」が欲しかったら天井に向かって「僕は変態モグラです! ゴリラが好きです!」
と叫んでね! 気分次第でミコトちゃんが教えてくれるか・も・よ?
・「げーむ」を解決したらご褒美があるよ! 奇跡を1つ起こせるよ!
今回の奇跡は自分で何を叶えるか決められるよ! ミコトちゃんふとっぱらぁー☆
さぁカギは君の目の前だ!
難しく考えず、手当たり次第カギ穴に突っ込んじゃえー!』
なんだか頭が痛くなってきた……。
なんでじいさん口調じゃないんだ。いや、そこじゃない。
最後のセリフの下にミコトの絵が書かれてある。にこやかに笑っている姿だ。
その絵がまた憎たらしい顔をしているのだ。ぶん殴りたくなってきた。
いや落ち着こう、クレバーに。ここで感情的になっても何も解決しないのだ。
そう思って3人の方を見ると、
目を血ばらせながら、ぶるぶると拳を握ってなにか耐えている紅葉と、
今まで見たことのないような冷たい瞳で紙を見つめている香澄と、
書かれてあるミコトの絵で少し癒されたのか、ほにゃっとにやけている舞の顔が見えた。
「み、みんな……?」
さ、3人とも様子がおかしい。
みんな、僕の言葉が聞こえてる……?
「…………」
僕の言葉に反応したのかしていないのか。ゴッ、ゴッ、と無言で壁を殴りつける紅葉。
「…………」
くるりと反転して、部屋の反対側の隅のテーブルの方に一人で歩いていってしまった香澄。
「…………えへへ、ミコトちゃぁん」
べたぁ、とミコトの絵にもたれかかり偶像にすがる舞。
くぅっ、3人とも、逝ってしまったか……!
なんだろう、すでにクリアできる気がしない!!
――現在25分経過