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2:「手鏡が割れたら小さな女の子が出てきた」

「いってきまーす」


 4月7日、学校に登校するため家を出た。

 4月に高校1年生になったばかり。


 高校は地元の公立校。

 特に取り立ててあげるほどの特徴もない、普通の高校。

 家から近いという理由で受験する生徒が大半で、3月まで通っていた中学校の生徒はほとんどこの地元の高校を受けるようだ。僕もそんな理由で進学する一人だった。


 中学生から高校生に変わっただけ。

 相変わらず何もない日々、平和な毎日。つまらない日常。

 ――日に当たることのない、“モグラ”のまま。


 結局、あの旅行では何も変わらなかったな。

 ……いや、そういえば一つ変わったことがあったか。


 旅行から帰ってきたあと、朝目が覚めると綺麗な『手鏡』が部屋にあった。

 気が付いたら、手の中に収まっていたんだ。


 それ以来、なぜか持ち歩かないと気持ち悪くなってくる。

 怖くなって何回も捨てようとしたのだけど、どうしても捨てられない。

 まるで、自分の中に別の何かの意思があるみたいに。


 それに加えていくら考えても思い出せないことがもう一つ。


 不思議なことに、どうやって旅行から帰ってきたのか僕ら4人の誰も覚えていなかった。

 人気のない道を歩きながら、学校の指定鞄から手鏡を取り出しぼんやり眺めていると、


「またそれ見ているの? 何回見たって自分の地味な顔は変わらないのに……。 なに? ひょっとしてナルシストなの? おはよう竜也」

「おはよう香澄。違うよ、自分の顔を見ていたんじゃない、鏡を見ていたんだ。あと挨拶を先にしてくれると嬉しいかな」


 近所に住んでいる幼なじみの綾瀬香澄が、嫌味たらしく挨拶をかけてきた。

 香澄はあらそう、と興味なさそうにつぶやいて隣を歩き始める。


 このくらいの軽口は日常なんですよ。

 幼なじみの距離感って恐いよね。


「ねぇ香澄。やっぱり3月に行った旅行からどうやって帰ってきたか、思い出せない?」


 どうしても旅行のことが気になっていた。

 みんなはどうして疑問に思わないんだろう。

 絶対に、あのことが関係していると思うんだけど……。


 旅行が終わった後から何回もしている質問に対して、うんざりするように香澄が返事を返す。


「だ・せ・な・い。それより竜也、ホントに高校では部活入らないの?」

「そっか、ありがと。うん……部活は、もういいんだ。特にやりたいわけでもなかったし」


 中学の時はサッカー部に入っていた。

 だけど、3年間やってもレギュラーにはなれなかったんだ。

 結局はその程度だったんだよ。


「そう……、竜也が頑張っている姿、また見られるかと思ったのに」

「僕のことはもう、いいだろ。それより香澄は部活に入らないの?」

「また水泳部に入ろうかと思っているわ」

「そっか、頑張ってね」


 香澄は子供の時からずっとカナヅチだ。

 泳げるようにと頑張ってはいたが、ついぞ泳げるようにはならなかった。


 ホントによくやっている。僕はとてもそんな努力出来そうもない。

 絶対にどこか途中で心が折れていただろう。


「ねぇ、だったら竜也も一緒に水泳部に入らない?」

「入らないって。僕のことは気にしないでいいよ」

「……うん、わかった」


 ん、少し強く言いすぎたかな。

 でも本当に僕のことは気にしなくていいんだよ。

 どうせなにをやったって、なんの意味もないんだから。


 努力なんて、する価値がないんだ。


「……」

「……」


 僕らはそのあと会話もなく歩いていた。

 隣にいるのに、距離は人1人分以上離れている。


 少し歩いたあと後ろからとてとてと足音が聞こえてきた。

 そしてのんびりとした声を駆けられる。伊吹舞、幼なじみの1人だ。


「おはよぉ~! 2人とも早いねぇ~」

「おはよう舞。虫歯は治ってた?」

「うんうん。なんかねぇ、キレイな歯ですねって言われたよ? お母さんもビックリしてた」


 舞は昨日「歯医者に行く」と言って先に帰っていた。

 どうやら無事、何事もなく終わったらしい。


 でも、舞の言葉を聞いた香澄は首をかしげている。


「おかしいわよね、舞が歯医者に行ったのは昨日が初めてなんでしょ?」

「親に強制的に連れて行かれるって昨日泣いていたよね」


 昨日の舞を思い出すと、くすりと笑ってしまう。


 舞は甘いものが大好きなので「虫歯は舞の人生の中で最大の敵だよ!」と中学生の頃よく言っていた。

 それでも我慢せずに甘いものばかり食べていたので、当然のように虫歯が出来た。

 だが「痛いの怖い、ドリル恐い」と言って今まで歯医者に行ってなかったのだ。


 だが高校に入ってからは痛がる様子もなく、まるで虫歯が消えたようにバクバクおかしを食べ始めたので、さすがに親も不信に思い、昨日強制的に歯医者に連れて行ったらしいのだ。

 それが昨日の話。


 香澄はどうしても信じられないのか、再度舞を問いただす。


「すごく痛がっていたわよね。今はなんともないの?」

「全然痛くないよ! これでまたいっぱいお菓子食べられるね♪」


 舞は「今日もいっぱい持ってきたんだ、あとで食べよう」と嬉しそうに笑って、学生鞄をぶんぶん振り回して歩き始める。


「どういうことかしらね?」


 香澄は、肩をすくめてわからない、とジェスチャーをして舞の後を追って歩き出した。

 僕は2人を追うことができないまま、その場で立ち止まって考え始めてしまう。


 舞も、苦手なものが治っている――どうして?


 実はもう一人苦手なものが治っている人物がいるのだ。

 3人目の幼なじみ。山祭紅葉である。


 食い意地がはっていて好き嫌いもないやつだが、唯一の食に関しての弱点である『猫舌』が治っていたのだ。

 信じられない話だ。だって猫舌とは病気ではなく、体質なんだから。

 努力で治るものではない。


 紅葉も治ったのは3月の終わり頃と言っていた。


 何か理由があるんだ。

 苦手なもの、コンプレックスが治った原因が。


 思い当たったことは……やっぱり、『旅行』のことと『手鏡』のこと。

 こめかみにしわを寄せて考えこんでいると、誰かにバンッ! と後ろから勢いよく背中を叩かれた。


 あっ、


「なにぼうっとつったってんだ! 相変わらず地味なや……あぁっ!」


 ガシャン! 叩かれた衝撃で、手から零れ落ちた手鏡が地面に落ち、辺りにガラスの破片を撒き散らした。


「すまん! 強く叩きすぎた!」

「紅葉か、少しは手加減ってものを覚えてよ……」


 幼なじみの紅葉だった。

 立ち止まっている僕を見て、不思議に思い背中を叩いたようだ。


 あぁ、手鏡が割れてしまった。高校に入ってからずっと持ち歩いていたものだったのに。

 ……いや? でもコレを少し不気味に思っていたのも確かだ。

 手放そうとしても出来なかった。壊れてしまったことは残念だけれど、手放すいい機会なのかもしれない。


 そう思って。

 しゃがんで破片を集めようとした、そのとき。

 

 ――まばゆい光が辺りに広がった。

 

『……お? なんじゃ? どうして外に出られたのじゃ? ……あぁ、なるほどの』


 鈴の音のような可愛らしい声が、目の前の物体から聞こえてきた。

 ちなみにいま僕は破片を拾おうとしゃがんでいる。


 そう、目の前。地面。いや違う。地面に立っている――体長10センチくらいの女の子。


 ……え?


 慌てて立ち上がり、改めてその小さな女の子を見る。

 巫女服に似たような赤と白をベースにした和服を着ている。頭の左右にちっちゃく白いボンボンがついていた。


 な、なんだろうこの配色……。

 まるでさっきまで持っていた手鏡の、ような……?


『あんまりじろじろ見るでないわ、恥ずかしいじゃろう』


 ミニマムサイズの女の子がじいさん口調でそう言いながら、僕らに向かってぽちぽちと歩きだした。


「う、うわぁ! しゃべったよ!?」

「こいつ、動くぞ!」


 まるで某ガン○ムを初めて見た緑色のように、僕らは驚きのけぞってしまった。

 セリフは逆だけどね。きっと頑張っても、スペック差で為す術もなくやられてしまうんだ。


 その子には、僕らの方が遙かにサイズが大きいはずなのに、どうしてか“勝てない”と思わされる迫力があった。


『なんじゃ、おぬしらわしが怖いのか? ……ふぅん』


 僕らの反応を見た小さな女の子は、顎に手をやってにやり、と笑うと

『とつげきじゃーーー!!』


 全速力でこちらに向かって走りだした。


「「うわあああああぁぁぁっ」」


 小人から逃げまどう巨人。

 あぁ情けない。ト○ストーリーみたいに人形が動き出しても、僕らはきっと同じ反応をしてしまうんだろうな。


 だっておもちゃが動き出すなんて、恐いじゃないか。

 まぁこの子は、おもちゃじゃなかったんだけれど。


 神様、だったんだけれど。


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