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1:「思い出旅行の帰りにて」


『たすけて……!』


 そんな声が、聞こえた気がしたんだ。


「気のせい、だったのかな」


 空が一瞬光り、そのあとゴロゴロと大きな音が響いてきた。

 また雷がどこかに落ちたのだろう。


 若干色素の薄い黒髪をリズムよく揺らしながら走っている、僕こと井土(いづち)竜也(たつや)は、無駄足になってしまったかもしれない行動を思い返してため息をつく。


「なにが気のせいだっ、この“モグラ”! もし駅弁食い損ねたりでもしたら、帰った後でおしおきだからな!!」


 隣で怒鳴りながら走っているのは(やま)(まつり)紅葉(もみじ)

 僕の幼なじみの一人である。


 茶色がかった髪をツンツンたてている僕の親友。

 口は悪いが根はいい奴だ。食べることが趣味というほど食欲旺盛なんだけど、熱いものは苦手。料理を早く食べたい気持ちはあるのに猫舌なのだ。運命って残酷だよね。


「まったくよ、本当なら今ごろは帰りの電車に乗れていたはずだったのに」


 僕らより少し後ろに走っている女の子は綾瀬(あやせ)香澄(かすみ)

 同じく僕の幼なじみ。


 腰まで伸びている綺麗な黒髪が水分を吸って重そうだ。

 背も高いしスタイルも良い。モデルみたいな体型で男子からも人気が高いみたいだ。

 運動神経抜群の彼女だけど弱点はカナズチ。どんなに練習しても泳げるようにはならないらしい。本当に、努力はしているんだけどね……。


「もぉ~やめなよ~、喧嘩より先に雨宿りできるところを探そ~?」


 僕ら3人から遅れて、よちよちという言葉が似合うような遅さで走っている女の子は伊吹(いぶき)(まい)


 舌ったらずな声でしゃべる背の低い、茶髪の短いツインテールが特徴的のやさしい女の子。

 甘いお菓子が大好きなんだけど、最近虫歯に悩んでいるらしい。お気の毒に。


 僕ら4人の幼なじみは全員同い年。

 数時間前から降り始めた雨から逃げるように田舎道を駆けていた。


 周りは田んぼしかない田舎の風景。

 雨宿りできそうなところは見つかりそうにない。駅からどのくらい離れたのか、どちらに行けば帰れるかもわからない。


 やがて走り疲れてきた僕らは、立ち止まり辺りを見回した。

 そして紅葉が、文字通り湯気が出るほど頭に血を上らせて文句をまくしたててくる。


「だいたい、なんで今旅行なんだよ! あと2週間で高校生になるんだ、旅行なんかそれからでも別によかっただろ。せっかく俺が町内食い倒れツアーを企画してたのに」


 それを聞いた舞が、紅葉をなだめるように声をかける。


「でも珍しく竜也くんが言い出したんだし、紅葉くんも分かったって言ってたじゃない~」

「そりゃ、そうだけどよ……。なにも今行かなくてもよかったじゃねーかよ」


 僕は嘆息交じりに、本日数回目のやりとりを紅葉に返した。


「何度も出発する前に説明しただろ? 4人での中学生活最後の思い出を作りたかったんだよ」


 高校受験が終わりみんな同じ学校に合格した3月半ば、あとは高校に入るのを待つだけ。

 中学生活最後の期間に、僕は旅行に行こうと3人を誘った。


 旅行先は田舎の温泉地。

 自然がいっぱいある、のどかなところだと旅行ガイドに書いてあったのを覚えている。


 この旅行で、なにか起こるかと思ったんだ。

 心から強くなりたいと思えるような、普段の生活では起こりえない出来事が。


 香澄はジロリと僕を見ながらそう言い放つ。


「その思い出が田舎で迷子になって濡れねずみってわけ? 笑えないんだけれど」

「僕だってこんな予定じゃなかったよ。実際温泉と旅館は良かったんだからいいじゃないか」


 ハプニングだって楽しむ余裕を持っていこうよ。


 雨も本降りになり、ゴロゴロと雷の音が遠くで鳴っていた。

 香澄がやれやれと言いながら水分を吸って重くなった髪をしぼっている。

 そして追い討ちをかけるように僕を問いただす。


「それより竜也、なんであのとき駅とは反対方向に走り出したの? そろそろ説明してくれるわよね?」

「それは、ちょっと説明しづらい」


 助けを呼ぶ声が聞こえたと思ったんだけど、実際は気のせいかもしれない、と言ったらさらに怒られる気がする。

 確かになんの説明もせずに走り出しちゃったから、後を追ってきたみんなも訳が分からないだろうな。おかげで帰り道も分からなくなっちゃったし、悪いことをしてしまった。


 でも、本当に聞こえたんだよ。

 こっちの方向だと思うんだけどな……。


「ふうん、それでも事情説明くらいはして欲しいけど」


 香澄はお手上げ、というように肩を上げた。


「みんな、もう喧嘩はやめよーよぉ。それよりホラ、少し先に玉依(たまより)神社ってとこがあるらしいよ。あそこで雨宿りしよ!」


 舞がぐしぐしと泣きそうになりながら道の脇にあるボロボロの看板を指差した。


『――ここより先500メートル、山の上 玉依神社』

 看板にはそう書いてあった。


「そうね、確かに雨宿りはしたいところだわ、誰かさんのせいで濡れてしまったし」


 香澄が竜也を睨みながらも舞に賛同した。

 同じように看板がある方向を見た紅葉が、そのとき、


「おい、なんだ。あの山……なんか煙が出てないか?」


 と山の頂上を指差した。


「けむり? この天気の中で? 雨が降っているのよ?」


 バカバカしい、と紅葉の言葉に嫌味で返しながらも、その山を見ようと振り向いた香澄の首が止まる。

 山の上から本当に煙が上がっていたからだ。


 明らかにおかしい。

 土砂降りと言ってもおかしくないくらいの天気で、煙が上がるほどの火があるんだろうか。


 ふと、考えつく。


「まさか、あそこから……?」


 そう思ったとき、僕の足は既に動き出していた。

 山の上にある神社へと続き道を駆ける。


「ちょっと、またいきなり走り出して! なんなのよもうっ」

「おい待てって竜也!」

「え? え? ま、待ってよぉ~」


 3人も追って来てくれているみたいだ。

 ありがたい。持つべきものは幼なじみだと心から思う。


 風も強くなっていた。辺りの木々が今にも折れそうに曲がっている。

 また、どこかに雷が落ちる音がした。


『……けて、……すけて』


 また、聞こえた!


「やっぱり、ここだ!」


 勢いよく神社へと続く階段を上りだした。


「おいおい、ここ、なんかヤバそーじゃねーか……?」

「同感、雨宿りには向いてなさそうね。さっさと竜也を連れて帰りましょう」

「ま、待ってよぉ~。みんな速すぎるよ~」


 紅葉と香澄の声が後ろから聞こえてくる。

 舞も、一歩遅れて階段を上がってきているようだ。


 僕は雨に濡れ滑りやすくなっている苔むした階段を上りきる。


 数回息をきらして顔を上げた。

 その目に広がった光景はひどい有様だった。


 運悪く雷が神社に当たったのだろう。

 屋根が大きく焼け落ちて、壁などのいたるところから黒い煙が上がっている。


 そんなに大きな神社じゃない、探せばすぐ見つかるだろう、と声の主を探そうとして歩き出したそのとき、


「ぜはぁ~、やーっと追いついたぜぇ、おい竜也! 本当にいきなりどうしたんだ……うわっ」


 追いついてきた紅葉が階段から顔を出しては、燃える神社を見て驚き絶句していた。

 ポカン、と口を開けてその光景を見つめている。


「はぁ、はぁ、なんで急に走り出したのよ……え? なにこれ……?」


 息を切らしながら上がってきた香澄も同じように言葉を失う。

 それほどに神社はひどい焼け落ち具合だった。


 2人に事情説明しようと振り返る、すると最後に階段を上がってきた舞が、


「ふぅ、ふぅ、みんな走るの速いよぉ~……へぶっ」


 神社を見る前に転んでしまったので、僕らはまず舞を助け起こした。

 それでは説明を改めて。


「助けを呼ぶ声がしたんだ。人がいるのかもしれない」


 最初に声が聞こえて探しに走ったこと。

 この山がある方角から聞こえてきた気がすること。

 山のふもとでも聞こえてここだと思ったことを3人に説明すると、


「はぁ? なに言ってんだ。こんなところに人がいるわけないだろ……」

「竜也が人助け……ホントに? 珍しいこともあるものね」

「この雨の中で遠くに声なんか届くのかなぁ。おかしくない? 最初に声が聞こえたのは駅の近くでしょ? ここから結構距離あるよ。それに、ここにいたら舞たちも危ないよぉ」


 三者三様の答えが返ってきた。

 どれも、その通り過ぎて反論ができない。


 だけど僕は悲痛なあの声を聞いてしまったから、放っておくことなんてできなかった。


「とりあえず僕は探しにいってみるよ、みんなは危ないから待ってて」


 いぶかしむ3人を置いて、1人神社に入る。


 神社内ではまだ燃えているところがある。

 雨だからすぐ鎮火するだろうけれど、古い神社だろうからか、なんだか崩れそうだ。

 人がいるのなら早いところ探さないといけないな。


「誰かいますか、いたら返事をしてください!」


 出来る限りの大きな声で呼びかけてみるが反応はない。

 辺りを見回して人がいないことを確認する。


 あれ……? ホントに誰もいない……?


「あちこち崩れそうだー! 竜也、早く戻れよーっ」

「わかった、すぐ戻る!」


 紅葉がくれた注意に声を張り上げて応える。


 やっぱり、気のせいだったんだろうか。

 そう思い3人の待っている場所に向かおうとしたとき、


『たすけ、て……』


 また聞こえた! やっぱり気のせいじゃない!


 声が聞こえた方向を見ると、半分焦げている箱がポツン、と落ちているのが目に入った。

 なんだろうこの箱……?


 縦幅30センチくらいのやたら豪華な箱が、燃え落ちた木材に隠れるように埋まっている。

 しゃがんで掘らないと取り出せない。


 人を探しているはずなのに、なぜかその箱がやたらと気になってしまう。


「竜也! なにしているの、危ないわよっ」


 香澄の声が耳に入ったが、返事はせずに箱のところへ近付いた。


 前かがみになりながら夢中で掘り出す。

 取り出した箱の中身を見たとたん、呆然と息を呑んでしまう。


 箱に入っていたのは手鏡だった。


 綺麗だ。そんな感想が頭に中を支配する。

 額は鮮やかな赤色に彩られ、持つところは白い。

 数秒みとれて眺めていたが竜也は持ち手のところに何か彫ってあることに気がついた。


玉依(たまより)ノ(の)(みこと)』と、そう文字が彫ってある。


 雷に当たったのか、少し焼けていたので箱がボロボロと崩れ始めてきた。

 なにげなしに手鏡を持って立ち上がろうとしたとき、紅葉がこちらに向かって大きな声で叫んだ。


「あぶねぇって! よけろ竜也!!」


 ギギッ、と音を立てて焼け落ちた柱が僕に向かって倒れてくる。

 やばい! と思った瞬間、なぜかとっさに手鏡を抱えこんで丸くなってしまった。


 あれ、なんで僕よけなかったんだろう……。

 逃げるわけでもなく、どうしてか僕は手鏡を“守ろう”と行動してしまったのだ。


 ドンッ! 背中に焼け落ちた柱が落ちてきてつぶされてしまう。

 かなり大きな柱だ、痛みと重みで立ち上がることができない。呼吸が一瞬の内に苦しくなった。


 下敷きになった僕を見てか、3人が慌てて駆け寄ってくる。


「おい大丈夫か!? 待ってろ、今助けてやる。ふんっ!」


 そう言いながら柱を持ち上げようとする紅葉。


 ありがとう、でも早くしないとまた崩れてくるから、気をつけて。

 朦朧とした意識の中で返事をするが声が出ない。


「こ、こういう時はテコの原理を使うんだよ。棒、どこかに棒はない? ねぇ」


 おろおろと辺りを動き回り棒になるものを探している舞。


 動き回ったら危ないよ。こんな状況なんだ、あんまり危険な行動はしないでね。

 また、声は出なかった。


「た、たつや……! 死んじゃ嫌だよ、ねぇ、た、たっちゃん!」


 香澄がポロポロと泣きながら僕の身体を揺らしていた。


 はは、呼び方が昔に戻ってる。

 香澄が慌てているところなんか久しぶりに見たな。

 そんなに泣かないでよ、香澄の泣き顔見るの、やっぱり今でも辛いんだ。

 

 あぁ、身体中が痛い。

 意識がなくなりそうだ。

 そういえば……、あぁ良かった。手鏡は無事だな。

 でもなんで、僕はこれを守ろうとしたんだろう。

 そもそもなんで僕はあの声に、『たすけて』に反応しちゃったんだろう。


 ホント、なんでだろう……。


「……っ、――!」

「っ、……ゃくん!」

「――、た……ゃん!」


 あれ、みんなが何か叫んでる。

 でももう何も聞こえないし、やっぱり声も出ないや……。

 

 意識が落ちる寸前、かろうじて見えた最後の光景は、僕を助けようと柱を持ち上げようとして、さらに崩れてきた木材に下敷きになる3人の姿だった。


 ごめん、本当に……ごめん。


 きっとバチが当たったんだな。

 みんなの忠告を無視してらしくない行動したから。

 ホント、バカだな、分かっていたじゃないか。努力なんて、意味がないって。


“人助け”なんて、得することなんか一つもないって。


 あぁでも、幸いここは神社だ。

 神様仏様、もしいるなら願いを聞いて欲しい。

 せめて僕のわがままに付き合わせてしまったみんなだけでも助けて欲しい。

 僕は自業自得だから。でもせめてみんなだけは。


 お願い、します……神さま……。


『あい分かった。おぬしの願いを聞き届けよう』


 透き通るような綺麗な声が聞こえた。


『助けてもらった借りもあることだしのぅ……、少しおまけしてやろうかの』


 一瞬、胸の辺りから光があふれ、視界が明るくなった。


『それを、放さず持っているんじゃぞ?』


 完全に意識がなくなってしまったのか、そこから先の記憶はない。



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