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11:「密室脱出ゲーム、再開」

 なんか頭に柔らかい感触が……。温かくて、気持ちいい。

 なんだろうこれは? と頭の下にある物体をふにふにと触ってみる。


「ひぃゃ!? た、竜也、気がついたの?」


 目を開けると香澄の顔があった。顔が少し赤い。

 どうやら香澄は僕を膝枕しているようだった。


 ……え? これもしかして、ふともも?


 なんで? まぁなんでもいいか、気持ちいいし。

 あ、そういえば……。


 久しぶりに昔を思い出したことで、無性に伝えたいことができた。

 ずっと思っていたけれど、機会を逃してしまい言えなかったことだ。


「香澄。チャビのこと、助けてあげられなくてごめん」

「……ぇ、なんで竜也も今それ……でも、あれは竜也のせいじゃない……」

「それでもだよ。ごめん」

「………………いいわよ、もう……」


 香澄は目を閉じて、なにかを我慢しているように唇を結んでいた。


 ……あぁ、それにしても膝枕気持ちいいなぁ。

 いつまでもこうしていたい……。美人の幼なじみ万歳。


「あ、そうだ。香澄はもう『たっちゃん』て呼んでくれないの? あれ、割と好きだったんだけど」

「……っ!? バカっ!」


 いてっ。


 香澄は顔を赤くしてすっと立ち上がる。

 当然膝にのっていた僕の頭は、支えをなくして地面に落ちた。


 ま、今はもう『竜也』に慣れちゃったし、いいか。

 照れている顔も可愛いから、それを見られただけで儲けものだということにしておこう。


「僕はどれくらい気を失っていたの?」

「そうね……。3時間くらいかしら」


 そんなに気を失っていたのか。

 まずいことしたな……。


「あれ? そういえば紅葉と舞は?」


 その質問に、香澄は宝箱の下に移動されたテーブルを指差すことで返事を返した。

 僕は指差した方向を見る、すると2人がぐったりと倒れるように、椅子に座っている光景が見えた。


「……2人はどうしたの? なんだか疲れているみたい」

「竜也が起きるまで、3人で壁に架かっているカギを全部試していたの。……さっき、やっと終わったのよ」


 香澄は疲れたようにそう言った。

 表情が少し暗い。意識して聞くと声のトーンも落ちている。


 なるほど。それでか。

 体力を使ったのもあるだろうが、今は命が懸かっている状況だ。精神的にも消耗しているのだろう。

 テーブルの近くにはものすごい数のカギが積み重ねてある。まるでピラミッドだ。

 宝箱を見たら一目瞭然なのだが、一応確認してみた。


「それで……宝箱は開けられた?」


 香澄は言葉もなく、ふるふると首を横に振った。


 そうか、ダメだったのか……“全部”


「じゃあ香澄はみんなと少し休んでいて。僕も何かいい方法を考えてみるよ」

「……わかったわ」


 香澄はそう言うとテーブルの方に歩いていった。疲れているせいでか歩みが遅い。

 それを見届けてから、僕ははしごの近くまで歩いていった。


 少し気を失った時間が長すぎた。

 制限時間がある中で、大きな時間をロスをしてしまった。みんなにも悪いことをしたなぁ。あんなに疲れるまで……。


 そう思考を巡らせながら、はしごに手をかける。


 僕が倒れている間に、みんながカギを全部試してくれた。

 それで分かったことは、宝箱を開けるカギは壁に架かっているカギの中にはない、ということ。


 このことはどう考えればいいんだろう、

 可能性として高いのは、壁のカギはすべてフェイクかもしれないということだ。

 当然、扉のカギも壁に架かっているカギの中にはないということも考えておかなければいけない。


 上を見上げ――ゲームクリアの条件の――扉を見た。

 あれを開けることができれば、ここから出られ、神様の奇跡を使う権利を得る、らしい。


 ……思ったよりも高いな。

 当然か、4階建てほどの高度だ。

 もしはしごを登っている途中で落ちたら……うぅ、考えるのも恐い。


 紅葉はよく登れたな。

 命綱も無しなんだ。僕は登ること自体が怖い。

 不安定な足場で手を伸ばすのは危険だし、正解のカギがわかるまでは登るのは止めたほうがいいかもしれない。


 くるりと反転して、今度はルールの紙が張ってあるほうへ歩き出す。


 もう時間が半分しかない。

 はしごを登って一つひとつカギを試すことは出来ない。


 それに足場がないんだ。

 そもそもカギは錠前に届かない。

 やっぱり宝箱を開けなければ先へ進めないのかな? でも宝箱に壁のカギは全部試したんだ。

 くそ、考えが詰まった……。どうすればいいのか、見当もつかない。


 そんなことを考えながら、ルールの紙が張ってある場所に着いたそのとき、


『なんじゃ、竜也はやっと起きたのか。随分ねぼすけじゃったのう』


 ミコトの声が頭の中に響いた。

 わざわざ僕にだけ聞こえるようにして、何の用なんだ。


「なんだよ……今考えごとしているんだ。邪魔するなよ」

『まぁそう勘繰るな。わしほどおぬしを愛でている奴など他におらんぞ?』


 その愛で方が大げさ過ぎるんだよ……。


「はぁ……もうなんかどうでもよくなってきたな……」


 でもなんとかしなきゃ、クリア出来ずに死んじゃうのか、

 どうしようか。なにか良い方法があればいいんだけど。


 どさ、と音を立ててその場に座り込む。

 紙の下にある自分で掘った穴がもの悲しい雰囲気を出していた。


『だからおぬしは少し諦めるのが早すぎるぞ。いくら昔に子犬をたすけ……あっ』


 子犬……? まさか――


「ミコト、お前僕の昔のこと、許可もなくみんなに聞いたんじゃないだろうな?」

『な、なんのことじゃ……? わしはチャビのことなんかなにも知らんぞ! ――あぁっ!?』

「……はぁ~本当に聞くなんて。節操のないやつ」


 自分から墓穴を掘るなんて、こいつ威厳もなにもない神さまだな。


『うぅ~。ふ、ふん! そうじゃ聞いてやったわ! 今さら文句を言っても遅いぞ、おぬしが素直に教えんのが悪いのじゃっ』


 こいつ開き直りやがった!


「頭に響くんだから大きな声出すなよ、まったく」

『ホント冷めておる奴じゃのぅ。しかし話を聞く限りおぬしはよく頑張ったではないか。なぜそんなに腐っておるのじゃ』

「……あれ? みんなに聞いたんじゃないの?」

『聞いたとも。溺れた子犬は救えなかったが香澄は助けることが出来た、という話じゃろう?』


 なんだ、そこまでしか聞いてないのか。

 ――あぁそういえば、


「そっか、みんなは知らないんだったな……」


 ホント、そこで終われば美談になったんだろうけどね。


『……なんじゃ、まだ続きがあるのか!? ほれ、わしに聞かせてみぃ!』

「だから大声出すなって……。それに、昔のことは誰にも言うつもりはないよ。これは僕自身の問題なんだから」

『むぅーっ、まったくケチな奴じゃ! 知らん、もう勝手にせい!』


 だからうるさいって。はぁ……。


 ミコトはやっと話すのを止めてくれた。

 これで考え事に集中できる、と思い視線を上げると。


 ……あれ? 紅葉がこっちに歩いてくる?



 ――現在5時間30分経過



「よっ、竜也。もう起きたんだな、なんかいい考えは浮かんだか?」

「ごめん、まだなんにも。それよりごめんね。途中で気を失っちゃって」


 申し訳なさで、紅葉の顔を見ることが出来なかった。


「なんだよ、そんなこと気にすんなって。ま、これから頑張ってもらうから、それでチャラってことでいいぜ?」


 紅葉はそう呟いたあと、口元を笑みの形に変えながら僕の隣に座る。


「紅葉……うん、わかった。僕に出来る限りは頑張るよ」


 僕は顔も見ないまま、そう返す。

 それを聞いた紅葉は「おう」と言って、また少し笑った。


 そのまま少し無言のまま、僕たちは壁に体重をかけて座っていた。


 20秒くらい、経っただろうか。


「竜也……」


 紅葉はその静寂を破るように、小さく僕の名前を呼ぶ。


「……なに? 紅葉」


 互いに顔を見ていない。

 こんな命が懸かっている状況だ、きっと何か大切なことなのだろう、そう竜也は意気込んで次の言葉を待った。


「お前好きな人いる?」


 ――はぁ!?


 あまりにも話の切り口が予想外過ぎて、思わずずっこけてしまった。


「いやもうズバリ言っちゃうぜ。告白しないのかよ」


 顔を向けると、紅葉はとても真剣な表情を浮かべて僕を見ていた。


 な、なにその修学旅行のときみたいなテンション!

 緊張して損したよっ。


「なにいきなり……、それにこんな状況でする話? それ」

「バッカ! こんなときだからこそだろ! 命短し恋せよ乙女!」


 乙女じゃねーよ! 僕は男だよ!


「命短しって……、このままだと僕たち本当に命短いんだよ? もうちょっと真面目にしようよ」

「……ほう。真面目に、ねぇ」


 紅葉はニヤリと笑う。


 あれ? なにその顔、なんか嫌な予感するよ。


「じゃあ真面目にゲームに取り組もうぜ。ほら、今の俺らにはなにか必要なんじゃないか?」


 紅葉はそう言ったあと口パクで意思を伝えてくる。

 

「ヒ・ン・ト」

 

 ――やられた……!!


 それが狙いだったのか! 確かに思いついたことは全部やってしまった。

 そして自分から言ってしまった。真面目に、出来る限り頑張ると。


 紅葉は憎らしいほど爽やかな笑顔を向けてくる。


「ははは、さぁ言ってもらおうか。モグラくん?」

「ま、まったく関係のない話から繋いできやがって、この卑怯者!」

「命が懸かってるんだ、それくらい許せよ。それにまぁ、さっきの言葉も嘘じゃねーよ。さっさと告白しちまえばいいんだ」


 お前達は昔からわかりやすいんだから、と紅葉は少し寂しそうに笑う。


「誤魔化すなよ! 今さら取り繕ってもこの恨みは消えないからな!」

「おう、ここから生きて戻れたら、いくらでも受けてたつぜ?」


 そう言って、紅葉は僕の肩に手を回す。


「んじゃあ2人のところに戻ろうぜ。ヒントは皆で聞かないとな?」

「うぅ、2人にも恥を晒さなきゃいけないのか……」


 紅葉に肩を組まれたまま、トボトボとテーブルのほうへ歩き出す。

 僕と紅葉は親友です。良い意味でも、悪い意味でも。


 幼なじみって厄介だよね。性格も言動も知られちゃってるんだから。


「あっ、竜也くん気が付いたんだねぇ~おかえり~」

「うん……、ただいま」


 舞はこちらを見て、むくりとテーブルにもたれかかっていた身体を起こす。


「どうしたの? なにか元気がないようだけど……」


 香澄はこちらを心配するように見てくれていた。

 それを見た紅葉がイヤらしい笑みを浮かべながら、


「男の話し合いだ。ちょっと言えないなぁ。ニヤニヤ」


 この野郎……!

 ニヤニヤって口で言うなよ感じ悪いなぁ!


「はは、そんな睨むなよ。さぁ、そろそろ言っていいぜ」

「……本当に言わなきゃいけないのか?」

「とーぜん」


 紅葉が笑みで促してくる。あのセリフを言え、と。


「はぁ~、分かったよ。もう恥ずかしがっている場合でもないしね」

「……? 竜也はなにをするの?」

「うん……。ちょっと、ね。大丈夫、香澄は僕が守るから」

「っ!? ば、バカっ、なに恥ずかしいこと言っているの!」


 ドゲッと香澄が膝を蹴ってくる。地味に痛い。

 見ると、香澄は少し顔が赤くなっていた。ホント可愛いなぁ。


 少しずつ勇気を出していこう。

 少しずつ――ゆっくりとでもいいから、成長していこう。


 このゲームを経験することで、いじけてしまった内面が変われるのかなんて分からない。

 もし変われるとしても、そのきっかけがこのセリフなのは格好つかないけど。


 それでも、せっかく神様ミコトが与えてくれた機会だ。

 ここでやらなきゃ男じゃない、よな!


「ミコトーーーっ、よく聞けよーーー!!」


 すぅっと息を吸って、大きな声で天井に向かって叫んだ。


「僕は変態モグラです! ゴリラが大、大、大好きでーーーす!!」


 ルールを見たときから、絶対に言うもんかと心に誓っていた。

 だけどヒントを貰うためだ、しょうがないだろ……?


『…………え、マジで……? 自分から変態とかゴリラが大好きとか、ひくわー……』


 ふ・ざ・け・ん・なよこらああぁぁ!!



 ――現在6時間経過



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