9:「ボールを追いかけて見つけたものは」
毎日4人で遊んでいた。毎日4人で一緒に帰っていた。
出会ったころから仲の良い4人の幼なじみ。
「たっちゃん!」
そのころ香澄は僕をそう呼んでいた。
「5年生は同じクラスだねっ、えへへ♪」
「うんっ! 2人とははなれちゃったけど、香澄といっしょで僕もうれしい!」
5年生になったとき、クラス変えがあった。
1学年3クラスだった小学校。
紅葉や舞とは違うクラスだ。でも香澄が一緒だったので僕は嬉しかったのを覚えている。
「今日は何してあそぼーか?」
4人にクラスの違いなんか関係なかった。
だって毎日一緒に帰って、毎日一緒に遊んでいたから。
毎日が新鮮で、輝かしかった。
ただあのとき、もし僕以外のどちらか2人が香澄と一緒のクラスだったなら。
あのとき「あいつ」を見つけたのが僕たちじゃなかったなら。
あんな結果にはならなかったんじゃないか。
そんなことを僕は時々思い出すように考えてしまい、眠れなくなるんだ。
「今日はサッカーやろうぜ!」
「うんいいよ!」
そのときは公園が毎日の遊び場だった。
近所の公園だ。
自然をいっぱいに使った広い公園で、木々がたくさん植えられていた。
サイクリングコース、木で作られたたくさんの遊具。スポーツが出来るような広場。
――そして公園の真ん中にある、広い池。
その日は公園の広場で遊んでいた。
「えーやだよー、舞はかくれんぼがしたい!」
「う、うん……。わたしもそっちがいいな」
「昨日もやったじゃんそれ! 今日はサッカー!」
舞と香澄はしぶったが、紅葉は断固として意見を変えない。
「昨日は2人が決めたよね、今日は僕たちが決める番だよ」
僕も正直サッカーのほうがしたかった。
だってつまんないんだもん、かくれんぼ。
「む――……、しょーがないなぁ、わかった、サッカーね!」
舞がそう言ったのを聞いて香澄も、
「じゃあ……わたしもそれでいい」
とまごまごと小さく言った。
サッカーといっても人数は4人だ。
ボールを持った人が取られないように逃げ回り、他3人はボールを奪おうと追いかける。
そんな単純な遊びだった。
「うわぁっ」
「そっちいったぞー!」
舞が持っていたボールを紅葉が蹴飛ばし、そう言った。
「わっ、ど、どうしよ……」
ボールが飛んだ方向に香澄がいた。
拾ったボールどうしたらいいのか分からずおろおろしている。
「もらいっ!」
紅葉が香澄のボールを奪い取ろうと突っ込んでくる。
「やらせないっ!」
僕も負けじとダッシュする。
そして――3人がボールを奪い合い膠着状態になったとき――舞が、
「わたしもっ! え――い‼」
隙を見て3人につっこんできて、ボールを遠くに蹴飛ばした。
「おっ」
「あっ、あ―――……」
「……いっちゃった」
あまりにも力強く蹴飛ばしたため、ボールは林の向こうまで飛んでいってしまった。
「ごめんっ、舞探しにいってくるねっ」
「わ、わたしもいっしょにいく……」
舞と香澄は飛んでいって見えなくなったボールを探しに走っていってしまった。
「僕たちも行こうか」
「そうだな」
少し遅れて紅葉と僕も2人が走っていったほうに歩き出した。
そして先にいった2人が見つけて持ってきたものは。
――ボールではなかった。
「うぉぉっ! なんだそのイヌ!」
「その子犬どうしたの?」
ダンボールに入って震えている子犬だった。
「あのねっ、飛んでいったボールの近くに捨てられていたの」
「かわいそう……」
舞はダンボールを抱えながら、香澄がボールを抱えてしゅんとする。
「か、かわいそうったって……、どうするんだよ?」
紅葉が慌てながらそう言う。
「そうだね……ペットにするにもお父さんとお母さんに聞いてこなくちゃ」
僕はそう言ってダンボールの中で震える子犬を見る。
くぅん、と子犬は寒いのか人に囲まれて脅えているのか、震えながら少し鳴いた。
「かわいーーっ!」
「うん……かわいい……」
舞と香澄はすっかり子犬が持つ魔力に魅入られていた。
「そりゃかわいいけどよ。おれんちはもう猫を飼っているんだ。多分むずかしいぜ」
紅葉の家ではすでにペットを飼っていた。
猫と犬では確かに相性は悪いかもしれない。
「まいんち、ペット禁止なんだ……」
「わたしの家も……」
舞と香澄はマンションに住んでいた。ペット禁止にしているところは多いだろう。
自分の家の事情を話した3人は、まだ話していない僕に目線を集める。
僕の家は一軒家だ、幸いペットも飼っていない。
「ぼくのうちなら飼えるかもしれない。お父さんとお母さんに聞いてみるよ」
ぱぁっと目を輝かせる舞。
こくこく、と嬉しそうに何度もうなずく香澄。
へへ、と少し嬉しそうに鼻をこする紅葉。
子犬を僕が預かって、結局その日の遊びはそれで終了した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ダメだって、お父さんが……」
次の日、学校に行く途中で皆にそう伝えた。
「えーーーっ、なんでさー!!」
と舞が怒ったように詰め寄ってくる。
同調するように、こくこく、と頷きながら真剣な眼差しで僕を見る香澄。
ペットを飼っている紅葉はなんとなく察したのか、なにも言わず黙っていた。
「お母さんが……」
動物アレルギーだと申し訳なさそうに説明されたこと。
動物を育てるにはお金がかかるとのこと。
両親が共働きのウチでは、世話をするのが大変とのこと。
そして捨てられていた動物は、病気にかかっている可能性が高い、ということ。
僕は親に言われた理由をみんなに話した。
「1日だけ家に泊めてもいいけど、明日元の場所に返してきなさいって……」
僕は表情を暗くしながら、そうつぶやくしかなかった。
「わけわかんないよ! 病気ならなおさら助けてあげなきゃ!」
舞が僕の言葉に憤る。
少し目が潤んでいる、優しい女の子なのだ。
「子犬さん、かわいそう……」
香澄も少し泣きそうな顔で僕の服を少しつまんできた。
「…………」
紅葉はそのときなにも言わなかった。
親の言った事情も理解出来るのだろう。
結局4人は親の決定には逆うことができず、子犬を元の場所に置いてくることになった。
学校が終わったあと、僕は家から子犬を連れてみんなが待っている公園に急ぐ。
竜也が公園に着いたとき、幼なじみ3人は2人の男子小学生と対峙していた。
あいつらは……、僕のクラスの……?
「あっちへいけよ!」
「そーだそーだ! 公園はみんなのものだよ!」
紅葉と舞がクラスメイト2人に対して怒鳴っている。
香澄は2人の背中に隠れていた。
「どうしたのっ?」
走って皆と合流する。
少し急いだので息が切れた。
「あいつらがここはオレたちのなわばりだって言ってきたんだ! 公園は誰のものでもないってのによ!」
紅葉はがるるる、と今にも噛み付きそうに相手を睨んでいる。
僕が合流したことでこちらは4人。
男2人対男女4人じゃ相手が悪いと思ったのか。行くぞ、と2人のクラスメイトは僕の方を一瞥して去っていった。
「なんだあいつら! 今度あったら殴ってやろうか!」
「べ――っだ!」
紅葉はまだ怒りが消えず去っていった2人を睨みながら啖呵を切り、
舞は2人に向かって舌を出して気持ちを表にし、
香澄は紅葉と舞の後ろで、どうしたらいいのかわからないのか、おろおろしていた。
「もういいじゃんっ、それよりホラ! こっちのほうが大事でしょ」
嫌な予感がしたが今はそれより大事なことがある。
僕は預かっていた子犬を皆に差し出した。
「おぉ……そういやそうだな!」
僕のほうを見た紅葉は、やっと怖い顔じゃなくなった。
「どうしよっか……」
舞も子犬を見て怒りをおさめ、今度は逆におろおろしだした。
2人の後ろに隠れていた香澄がおずおずと手を上げて、
「こ、ここで、みんなで飼えばいいと思う……」
そう香澄が提案した。香澄が積極的に意見を出すのは珍しかったので3人は顔を見合わせた。
香澄の言葉を聞いた僕ら3人は、
「おぉ、そりゃいいぜ! それなら誰にも迷惑かけない!」
「うんっ! それいいよ! かすみちゃんナイスー‼」
「……うん、それでいこう!」
その提案に子供心で素直に賛同した。
してしまったのだ。
その行動が、後にあの事件が起こるきっかけになるとは思いもせずに。
「まず住むところ作らなきゃだよな! おれ家から毛布持ってくる!」
紅葉はそう言って、自分の家に勢いよく駆けていった。
「じゃあ舞はご飯! お菓子と飲み物持ってくる!」
舞も紅葉と同じく自分の家に慌てて駆けていった。
「ぼくたちは……、待ってよっか」
僕が香澄にそう言うと。
香澄は嬉しそうにこく、と頷いて子犬に手を伸ばした。
ぺろっ。
子犬が香澄の手をなめた。
びっくりして香澄は尻もちをついた。
それを見て、はは、と僕が笑う。
すべてが順調にいっている。
この時は本当に……そう思えたのだ。




