王宮へ連れて行かれました
「何でわたしなんですか? さっぱり意図が分からないんですけど」
「俺は剣も政治もからっきしだが、鑑定眼はそこそこある。アンタの手腕を持ってすれば宮廷が一気に住みよい環境に改善されると見込んだ。俺のパートナーとして宮廷の家事一切を切り盛りしてくれ」
「ちょっと待った。そこまで環境酷いんですか、宮廷なのに」
「宮廷なのに、だ。やんごとなき身分から奉公に来てるのがほとんどでなあ、微妙に、微妙に! 行き届いてないんだよ。ひょっとするとアンタの家族に勝るとも劣らないんじゃないかな?」
うわ、さすがのわたしも予想外でした。上には上がいるってヤツですか。我が家がキャベツとレタスだから――塩と砂糖なんてベタなオチですか?
って、王太子、何故にそんな暗い表情で目を逸らすんです。大抵のことには耐性のあるわたしでも不安になるじゃないですか。
「とにかく一度宮廷を見てくれ。それから決めてほしい。もちろん無理強いはできないが、叶うなら弟の嫁と協力して宮廷を改革してくれると嬉しい」
弟君の奥様?
――はあ!? お師匠さんが舞踏会に行かせた娘さんですか。
何とも皮肉といいますか、運命的といいますか。別の意味でしっかり魔法ですね。
「先に断っておきますけど、わたし、王太子のこと好きでも何でもありませんよ?」
「それは大丈夫。俺もアンタを好きとか愛してるとかそういうのはないから」
それなら安心ですね。よかったよかった。
『ちっともよくなーいっ!!』
おお、いきなりの三重奏。息ぴったりですね、義母さんと義姉さんたち。
義母さんは王太子の前に身を乗り出し、義姉さんたちはわたしを両脇から抱き締めます。
「お願いします、娘を連れて行かないでください。この子がいないと家のことが一切ままならないんです」
「そうです王太子。妹がいないと、わたしたち竈に火を入れることもできないんです。それどころか竈が大破して修理にお金を取られてしまうんです!」
「小麦粉と重曹の見分けがつくの、この子しかいないんです。この子がいないとパンも食べられないんです」
あー、家臣団の皆々さま。何だこのベタベタの不器用は、って顔しないでください。義母さんも義姉さんも素でやってますから。
「……えーと皆さん。とりあえず彼女には宮廷を見学してもらうだけですから、そんなに騒がなくて大丈夫ですよ。お嬢さんは今日明日にお返ししますから」
今日中に帰ります。この人たちに家のことを任せると、最悪の場合、出火します。
王太子に手を取られて馬車を降りると、呆れるくらい広大かつ荘厳な宮廷が目の前に佇んでいました。
信じられません、途方のない幅と高さの建物が門なのです。
空を映すたくさんの窓。壁には天使や花のレリーフ。入り口の両脇には国の歴史的な人物らしき彫像があります。
「外は至って普通ですけど……そんなに大変な環境なんですか?」
「中はな。まあ直接見れば分かる」
わたしは王太子を追って、左右対称で真ん中に黄色い宝石の嵌った城壁の門を潜りました。
妙にボサボサの生垣が並んだ長ーい道を通り抜けると、これまた仰け反らないと天井が見えないくらい高いエントランスに入りました。
「今更なんですけど、王太子、わたしは結婚したら王太子妃で王后になるから、家事なんてとてもできないんじゃないですか? そんな生活、一日で実家に帰らせていただきますですよ」
「結婚してくれれば宮廷内でならいくらでも働いていいさ。結婚してからの身分は、気配りと知恵の足りない宮仕えのヤツらをビシッと教育してもらうためでもあるんだから」