王太子が訪ねてきました
舞踏会から三日が過ぎました。
実はあれから市場で聞いたのですが、舞踏会以来、王太子が何やら参加した娘さんたちの家々を訪ねて歩いているそうです。
誰かお探しなのでしょうか。そもそもそれをやっている王太子は、わたしが会った兄君か、会場にいた弟君か、どちらなんでしょう?
玄関前を掃いていた時です。
いかにもお偉いさんな馬車が我が家の前に停まりました。
とてつもなく嫌な予感です……
「おーい、どしたー?」
「お客さん?」
義姉さんたちが野次馬よろしく外に出てきました。
何かいかにも「○○様のおな~り~」てな感じでヒゲを蓄えたおじさんたちが整列すると、馬車から多分一番お偉いさんだろう「その人」が降りてきました。
――あの魔法使いもどきの王太子ですよ。
しかも今日はきっちり正装でいらっしゃいますよ、ええ。そうやって黙って立ってれば王族らしく見えるんですから、好き好んであんな黒ミサな服なんて着なければよろしいのに。魔法使いのファッションセンスって謎です。
『お、王太子!? え!? 何でウチに!?』
義姉さんズの二重奏。息ぴったりですね。
わたしが何とも言えない心持で王太子を見てると、王太子は笑って「入っていいか?」と小さく尋ねました。
まるで長年の友だちのように言うものですから、すっかり毒気を抜かれてしまいました。
下の義姉さんに義母さんに伝えるように頼んで、真っ赤になって固まった上の義姉さんを揺すって正気に戻して、わたしは王太子と家臣団の皆さんを家の中に招き入れました。
人が大勢いる時って、ぞろぞろって擬音を使いますけど、何故なのかがやっと分かりました。
王太子ご一行を客間にお通しして義母さんに対応をタッチしてから、わたしは厨房に向かいました。
何故なら先にお茶の用意をするからと下の義姉さんが入ってしまったから!
今まさにお茶を運んでいた下の義姉さんを止めて、ティーポットの中を覗くと、案の定、琥珀色とは天地がひっくり返っても言えないような色の液体が。香りは紅茶っぽいだけ恐ろしゅうございます。
「えーと……やっぱりダメかな?」
ああ、その困ったちゃんな笑顔が眩しいですわ、お義姉さま(泣)。
「これをお出ししたら不敬罪ですって。わたしが淹れ直しますから、義姉さんは客間に行っててください」
「うん、ごめんねー」
厨房に入ると、そこかしこに惨事の爪痕が。カップが割れてたり茶葉が床に散らばってたりは序の口ですね。その他諸々は時間がないので説明は省いて、お茶を淹れなければ。
人数分の紅茶を淹れて(十の位まで淹れたのって初めてです)客間に戻ると、かーなーり困った表情の王太子と、渋面の家臣団の皆様。
……義母さん、何を話したんですか?
「お茶をお持ちしました。粗茶ですが、よろしければお召し上がりください」
王太子の手前、座ることもできなかった家臣団の皆様には、アイスティーは喜んでいただけたようです。
(義母さん、ご用向きは聞いたんですか?)
(それが「末娘が戻ってから話す」って仰るから世間話でもと思ってねえ)
……本当に何を話したんですか?
あら? わたしが王太子の正面に座るんですか。
こういう場合の接待は義母さんがやるものだと思うんですけど。娘に頼り過ぎるのも些か問題ですよ。今に始まったことじゃありませんが。
「えー……お久しぶりです、でいいんですかね?」
「いいんじゃないか? たった三日だけどな」
「ご用向きをお伺いしても?」
「アンタに会いに来たんだ」
後ろで義姉さんたちが「きゃーっ」と黄色い声を上げました。横に座った義母さんを見ると、首を傾げて「まあ、何かしら」という顔でした。
「まさか今まで街の友だちの家々を訪ね歩いてらしたのは、わたしを探してですか」
「ご名答。師匠に空から突き落とされたんで、道順なんて分からなくてな、家の外観とアンタの特徴から地道に探すしかなかったんだよ」
過激な師匠ですね。やっぱり箒から突き落としたんでしょうか。
というか! 魔法使い見習い中のエピソードを聞けば聞くほど、わたしの中で王太子の株が大恐慌なんですけど。
「で、物は相談なんだが」
王太子はわたしの手を握って真正面から言いました。
「俺と結婚してくれないか?」
義母さんと義姉さんたちがすっっっごく驚きましたが、家臣団の皆さんは至って平静です。事前に知っていたためと思われます。
ですが……王太子、急にそんなこと仰られても……
「嫌です」
「そこを何とか頼みますよお嬢さん!」
王太子は物凄い形相で詰め寄ってきました。