これがわたしの家族です
権力者が魔の力に頼るのは、どの国どの時代でも普通ですから驚きませんが、まさか自ら魔法使いになろうとする王太子がいようとは。
こんな王位継承者のいる国に納税している国民が憐れに思えてきました。
あ、わたしも国民でした。
「で、今は宮廷で舞踏会に参加されているはずの王太子が、何故かような市井のあばら屋にお越しなのですか?」
「笑顔が黒いぞ、話せば分かるきっと分かり合える、だからどこから出したかも分からんモップを大上段に振り上げるな!」
王族なら剣の嗜みくらいおありでしょう。ちょうどいいですからそのトレッキング・ステッキで華麗に防いでくださいよ。
「俺に双子の弟がいるのは国民周知だろう。今夜は弟に頼んで宮廷で王太子のフリをしてもらってるんだ」
「敏腕政治家と名高いあの弟君ですね。ご年配は分かるそうですが、わたしは王太子をすぐ近くで見たのだって今日が初めてです。兄君が武断、弟君が文治、兄弟助け合っていい時代を作ってくださるんだと国民全体が期待を寄せていたのに、王太子がこの体たらくなんて、庶民の夢を盛大にブチ壊してくださいましたね」
王太子は何度も口を挟もうとなさいましたが、わたしが口八丁に色々と批評を並べると段々と抵抗力を削がれ、ついにはキレてしまわれました。
「そうだよ俺は単なる見習い魔法使いなんだ! 王太子なんて言われても俺には統率力もカリスマもないんだ。なのに一番に産まれたってだけでやれ国だの民だの俺にどーしろってんだ。あーこんなことならあの時、弟の頭を踏んづけてまで先に出て来なきゃよかったぁ――っ!!」
誕生時の記憶があるなんて凄いですねえ。
まあ、そんな責任転嫁な未成年の主張は置いといて(王太子は十七歳なのです)。
「それが魔法使いになった理由ですか」
「ああそうだよ。俺は弟みたいに政治の才が高くない、つーか、ない。剣を学んではみたが華々しく見えるだけで実戦じゃ役に立たん。だから即位した暁には弟を摂政にして、俺は魔法で国を支える形で行こうと思ったんだ。幸いにして魔法のほうは素質があったし、色々あったが国内屈指の魔女に弟子入りすることもできた。今回の課題をクリアすれば、晴れて本修行に入れるはずだったんだ。それなのにこんな庶民派を極めた庶民に当たるなんて……」
庶民で悪うございましたね。わたしは今の生活が気に入ってるんですよ。
王太子は不意に立ち上がって居間から出て行きました。
つい追いかけると、王太子はまっすぐ玄関に向かっています。お帰りのようです。
「本当に邪魔したな。夕飯、ご馳走様」
「これからどうされるんです? わたしが舞踏会に行かないなら課題は失格でしょう」
「本修行は延期になるだろうな。仕方ないさ。今回ばかりは師匠の見立てが悪かったんだ」
ちょっとだけ良心の呵責。考えようによっては、わたしのせいって目算が高いですし。それでも舞踏会には行きたくありませんし……
何とも言えない間に、「じゃあな」と力ない笑顔で帰って行った王太子に、わたしは何も言えませんでした。
『ただいまーっ』
魔法使い、もとい王太子が去ってからしばらく、我が家の女性たちが帰ってきました。
黒、青、ピンクのドレスまで心なしか、くたっとして見えます。
「ただいま、可愛い妹よ! お腹空いたー」
「宮廷料理のくせに全っ然おいしくなくってさ、ほとんど手つけずに帰って来ちゃった」
「お帰りなさい。そう言うと思って夜食作っておきましたよ。今出しますから」
義姉さんたちは顔を輝かせました。
「悪いわねえ。何か手伝いましょうか?」
「いいえ、義母さん。座って待っててください」
義母さんがお皿を出そうとしたら、多分お皿を落とすでしょうし。
わたしは厨房に入って食器棚からお皿を出して、竈の余熱で暖かい三人分のチキンピラフを盛って居間に戻りました。
「はい、召し上がれ」
『いただきまーす!』
義姉さんたちはすぐに食べ始めました。よほどお腹が減っていたようです。いい食べっぷりです。
義母さんは義姉さんたちより静かですが、終始ニコニコしていました。
「舞踏会はどうでした?」
「うん、身分のある方に話しかけられたりしちゃったよ。宮仕えの方とかもいたんだけどね、これが変なことばっかり訊かれてさあ」
上の義姉さんが言いました。
「世間話だったのに、なーんか少しずつ、おばあちゃんの知恵袋的な話になってね」
今度は下の義姉さんが言います。
「あたしたちもアンタが色々やってるの見てるから、それ見たまんま答えたんだけど。高い場所の埃の落とし方とか、蜘蛛退治とか、やたら気持ち悪くて」
「最後のほうは王太子自らいらしたんだけど、もーダメって」
ああ、あの魔法使いもどきの王太子の弟君ですね。
「それで帰ってきたんですか」
まーね、と義姉さんたちは肩を竦めました。
「貴女のほうはどうだったの? 変わったこととかなかった?」
義母さんが訊いたので、わたしはつい、
「………………変質者が」
『え!?』
「ああいえ、ちょっと変わったお客さんでしたけど、悪い人じゃなかったです。家のこと色々手伝ってくださって」
言い直すと、義姉さんたちは安心したようでした。
深く追求しないのが義姉さんたちの長所ですね。
「だからいつもは働いてるのに、今日の貴女は机でふて寝してたのね」
「義母さん、ふて寝じゃないです。ふて腐れてませんし、寝るならベッドに行きますって」
「ああ、それもそうね。だから今日はお部屋が綺麗なのね」
義母さんはおっとり首を傾げました。むー、いつまでもマイペースな方です。
まあ、そんな性格だからこそ、わたしを拾って連れ帰ったんでしょうが。
「ご馳走様っ。おいしかった。お皿、洗っとくわね」
上の義姉さんが一番に席を立ちました。
「あ、わたしが」
「いいっていって。たまには自分でやるわよ」
止める間もあらばこそ。上の義姉さんは厨房に入って行き――程なくしてガラスが砕ける音が聞こえました。
だから言ったのに。
お願いですから、わたしが駆けつけるまでじっとしていてくださいよ――という願いも空しく、二度目の破砕音。
本日は厄日なのでしょうか?