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加藤が持つビーズアクセサリーの店『PLANETS』は仙台東口から歩いて3分のところにある小さなビルの1階にあった。
高級感あふれる店内にはショーケースが並べられ、シックな黒いスーツを着た女性店員たちが来客の応対をしている。
ビーズアクセサリーとはいいながらも、そのショーケースにはとんぼ玉以上に加工された宝石などが置かれている。
一人の若い女性店員が静かな笑顔を作って二人に近づいてくる。
「何かお求めですか?」
店員は早苗のほうを見て――「奥様へのプレゼントですか?」
「え? ち……違います」
すぐに早苗が否定する。「この人は別にそういう人じゃありません」
「じゃあ、カレシさん?」
慌ててさらに否定しようとする早苗より先に御剣が口を開いた。
「失礼ですが、社長の加藤さんにお会いしたいんですが」
普通の客ではなさそうだということに気づいて、店員の顔が少し引き締まる。
「社長ですか? 何か?」
「仕事のことでお話がしたいんです」
御鏡がそう言うと――
「少々お待ちください」
店員は一礼して、少し早足で店の奥のほうへと姿を消す。
「ビーズアクセサリーというより宝石店のようですね」
御鏡が店内を見回しながら呟く。
早苗も同じように感じていた。とんぼ玉を使ったアクセサリーは置かれているが、それ以上に宝石をメインにしたものが多い。
やがて店の奥から別の女性が急ぎ足で姿を現した。
歳は30歳前後、スラリと背が高く、一見モデルのように見える。
「加藤に何か御用でしょうか? 申し訳ありませんが、加藤は本日、こちらにはおりません。私がここの責任者ですが、何か?」
そう訊きながら、少し警戒するような眼差しで早苗たちを見比べる。
「そうですか。ちょっと加藤さんに教えていただきたいことがあったんですが……」
「どういうことでしょうか?」
「加藤さんが昔いた工房についてです。あ、私は御鏡といいます」
「御鏡? あ、ひょっとして作家の御鏡なおさんですか?」
「そうです」
「そうでしたか」
御鏡の名前を聞いて店員の警戒が少し緩んだように見える。「私は佐竹ゆかりと言います。ここの主任をさせてもらってます」
佐竹は丁寧に頭を下げ、二人に名刺を差し出した。
「今日、加藤さんはどちらに?」
「本日、社長は自宅のほうにいると思います」
佐竹は丁寧な口調で答えた。
「お休みですか?」
「いいえ、そういうわけではありません。ここでは一階のフロアでは販売を、2階の作業場のほうでアクセサリー品の製作をやっております。それはあくまでもアクセサリー品であって、社長が作品を作るのはご自宅のほうです」
「加藤さんはこちらでは作業されないんですね」
「そうです」
「こちらには来ることはないんですか?」
「社長が来るのは月に数回です。作業に使うための工具や材料などはこちらでまとめて購入してるので、そういうものを必要になった時に受け取りにくることが多いです」
「ここの経営は加藤さんがやられてるんじゃないんですか?」
「ここだけの話ですが、社長は最近、経営にはタッチしておりません。ここは私たちに任されているんです。どうです? せっかくですから2階の作業場のほうを見学していきませんか?」
「良いんですか?」
「ぜひ」
佐竹はそう言ってニッコリと微笑んでみせた。
早苗たちは佐竹に案内されながら店の奥の階段から2階のほうへと上がっていった。扉を開けると、大きな作業場があるテーブルがいくつも置かれている。そして、その上には小皿に分けられた細かなビーズが入れられている。それを囲むようにベージュの作業着を着た女性たちが座り、細かな作業をしているのが見えた。
「バーナーワークはしていないんですか?」
「日によって作業内容を変えています。今日はアクセサリーの組み立て作業です。ですからバーナーワークもすることはありますよ。ただ、皆、お二人のような作家ではないので、アクセサリーの一部として使う単純なものしか作りません」
御鏡が作業場の隅に置かれた棚の上に置かれた一冊の冊子を手にした。
「これは?」
「社長の過去の作品集です。どうぞご覧ください」
「拝見します」
御鏡は興味深そうに冊子を捲っていく。早苗もその脇からその作品の写真を覗きこんだ。そこには写真とその脇にそれを作った年月が書かれていた。
もっとも古いもので加藤が独立する以前のものがトップに載せられている。小さく細かな点で刻まれた紫陽花の玉。だが、独立後には作風がガラリと変っている。様々な色を組み合わせて作られたと思える幻想的な玉。
その違いに御鏡も気づいたようだ。
「昔のものと今のものとはかなり違っていますね」
「そうですね。昔はモザイクを使った模様を。今は独創的なガラスの屈折を表現するようなものが多くなっています」
「なかなか特徴的な作品ですね」
「正直、私にはよくわかりませんが、ガラスでこういう作品を作るってかなり大変らしいですね」
「ええ、加藤さんの作品は他の作家でも作るのは難しい」
「やっぱりそうなんですか」
佐竹は少し嬉しそうに微笑んだ。自らの店の社長の技術が高いと認められたことは、やはり誇らしいのかもしれない。
「特徴のあるものは売れますか?」
「そりゃあもう。御鏡先生の作品も結構、特徴的じゃないですか。先生の作品は、先月の雑誌で見せていただきました。いつかこちらから連絡させていただきたいと思っていたんです。どうでしょう? ウチで販売してみませんか?」
「他にはどのような方の作品を扱ってるんですか?」
「これまでは社長の作品だけです」
「あれ? 確か藤永陽子さんの作品は置いていないんですか? それともデザインだけの仕事ですか?」
「デザイン? いえ、藤永さんのは作家作品というよりアクセサリー品として扱ってます」
それは早苗にとっては意外な言葉だった。
「アクセサリー品?」
「ええ、アクセサリーのメインにするにはちょうどいいものだったので」
「どのくらいの量を扱われてたんでしょう?」
「藤永さんの作品ですか? 年に数回の納品で一回に10点から20点ってところでしたね」
「たったそれだけですか?」
「ええ、ですから今後はもっとさまざまな種類の作家さんのものを扱えればと考えているところです」
「方針を変えられるんですか」
「そういうことも含めて検討しているところです」
「それは加藤さんの考えですか?」
「いえ、これは私の考えです。来月上旬に社長と松宮豊先生との二人展を企画しています。実はその後、社長は東京進出をする予定でいます」
松宮豊、バーナーワーカーでその名前を知らない者はいないだろう。地元の東京だけでなく、世界各地で展示会を開き、ワークショップを開けば多くのファンが集まる人気作家だ。
その松宮豊との二人展は加藤祐樹にとって大きなステップアップになるに違いない。
「松宮先生との二人展ですか、それは凄いですね。ですが、松宮先生は展示会へのパートナーに対してもかなり厳しい注文を出すという噂がありますが」
「仰るとおりです」
佐竹は大きく頷いた。「ここだけの話ですが、社長も松宮先生からかなり細かく指示を受けているようです」
「参考までにどういう注文を出されるんです?」
御鏡は少し声を潜めて佐竹に訊いた。それは同じ作家として早苗も知りたいことだ。
「社長の場合、最近は一般的なとんぼ玉のデザインのものではなく、ガラスの質を大切にした抽象的な作品を作っています。松宮先生はそれをもう少しわかりやすいデザインのものを増やせと言われているようです」
「わかりやすいデザインですか?」
「かつて社長が作られていたような幾何学模様であったり、一般的な花玉であったり、そういうもののなかに独創的なものがあるのが良いと言われてるらしいです。そのために社長は今、自宅に篭って製作を続けているところなんです」
「しかし、加藤さんが東京進出となると、それだけで十分PLANETSにとって目玉となるでしょう。それならば他の作家を扱う必要がないんじゃありませんか?」
「いいえ、逆です。社長は東京進出にあたり、PLANETSとはまったく違うブランドを作っていくことを考えていられるようです」
「どうして?」
「とんぼ玉は結局、個人の技術力によって作られているので大量に作ることが出来ません。どんなに社長が素晴らしいものを作ることが出来ても、それは他の職人が作ることは不可能です。社長は作家としてではなく、アーティストとしてとんぼ玉やアクセサリーをプロデュースしたいんだと思います。あ、この話は社長にはナイショにしてくださいね」
「加藤さんが東京に行かれた後、ここはどうなるんですか?」
「その後は残されたスタッフがここを買い取る形で営業する方向で考えています。ですから、いずれPLANETSが社長の手を離れてもやっていけるようにするためにも、今から他の作家さんとの関係を作っていきたいんです」
「なるほど、さらに幅広くということですか」
「もし良かったら、うちで作品を販売してみませんか?」
「考えてみます」
「ぜひ、よろしくお願いします」
佐竹はニッコリと笑顔を見せて早苗のほうにも頭を下げた。「中里さんもお願いします」
「ええ……いずれ」
早苗も小さく頷く。
「では、私たちは加藤さんの自宅のほうにお伺いしてみます」
と御鏡が言うと、佐竹は――
「行っても会えないと思いますよ」
「留守ということですか?」
「いえ、たぶん社長はいらっしゃると思います。ですが、社長は一見さんの人は会ってくれないでしょう」
「一見さん?」
「自分が用事がある時には誰にでも会いますけど、社長は他人の用事で時間を作るなんてことはしない方ですから」
「佐竹さんからの紹介と言ってもダメでしょうか?」
「私なんかの名前を出しても、たぶん無理でしょうね」
といって佐竹は明るく笑った。
「とりあえず試してみます」
「会えるといいですね」
「ありがとう」
「いつでもご連絡お待ちしております」
佐竹は最後まで丁寧に、店を出て行く早苗たちに向けて頭を下げた。




