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ガラスのラボラトリー(実験室)  作者: けせらせら
18/22

18

 展示会最終日。

 午後5時、展示会も無事に終了し、それぞれが後片付けをはじめている。

 早苗も自分の作品を丁寧に梱包して、箱に詰めていた。

 今年の来客は予想以上で、早苗の作品も昨日までに20点全てに販売予約が入っている。

 予約の入っている作品は後日、それぞれがお客様に向けて発送することになっている。

「中里さん」

 その声に顔をあげると、そこに加奈子の姿があった。「全部、売れたんですね。もし残ったら私が譲って貰おうと思ってたのに」

「嬉しい。必要ならいつでも言ってください」

「ありがとうございます。あの……今日、御鏡さんは来てないんですか?」

「……そうみたいですね」

 御鏡のことを聞かれることに少し躊躇いを感じた。

「御鏡さんって不思議な人ですね」

「不思議っていうか、厚かましいって感じじゃないですか」

 笑いながら早苗は答えた。

「でも、私、御鏡さんに感謝してるんです」

「感謝?」

「実は……私たち結婚することにしたんです」

 その突然の告白に早苗はキョトンとして加奈子の顔を見つめた。

 一瞬の間があった後――

「本当?」

「はい。父が亡くなってすぐに中西さんはプロポーズしてくれました。でも、私、ずっと迷ってました。大阪に帰ることも考えてました。でも、先日の御鏡さんの話を聞いて気持ちが決まりました。父が私と中西さんのことを応援してくれていたんだってことを知って、中西さんと結婚することに決めたんです」

 少し頬を赤らめながら加奈子は言った。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます。御鏡さんにもお礼を言っておいてください」

 照れたように笑って、加奈子は離れていった。


   *   *   *


 展示会から二日が過ぎた。

 早苗の元に警察から電話が入ったのは昼になってからだった。

――藤永さんの遺書が届きました。筆跡を確認したいので、お時間いただけませんか?

 倉田からの電話を受け、早苗は御鏡に連絡を取った。

 御鏡は陽子の事件について調べているはずだ。御鏡がどう考えているのかも聞いてみたかった。

 御鏡とはすぐに連絡が取れた。

 早苗は県警前で御鏡と落ち合い、二人で倉田を訪ねた。

 御鏡が一緒なことに倉田は少し驚いたようだったが、それでも何も言わずに二人を会議室に通すとビニール袋に入った便箋と封筒を差し出した。

 早苗はそっと便箋に手を伸ばした。

 その文面は短いものだった。


『私にはもう進む道が見えません。

 私は自殺することに決めました    藤永陽子』


 たったそれだけの文章だった。

「どう思いますか?」

 倉田は早苗に向って問いかけた。「それは本当に藤永さんの書いたものでしょうか?」

「はい……たぶん」

 と早苗が答える。

「筆跡鑑定はもうされたんでしょう?」

 すぐに御鏡が聞き返す。

「ええ。藤永さん本人のものに間違いはなさそうです。手紙から指紋も見つかっています。これが本物だとなれば、あなたの想像通りといったことになりますね」

 苦々しく倉田が言った。

「見たところ普通の郵便ですね。どうして今頃届いたんでしょう?」

 御鏡が封筒のほうを手に取る。

「わかりません。確かに普通に投函されていれば、もっと早く届いたはずです。消印は昨日の日付です。考えられるのは、誰かが藤永さんの遺書を預かっていて、昨日になって投函したということです」

「今日は26日でしたね」

 御鏡はポケットから携帯電話を取り出し、日付を確認した。

「それが何か?」

「いいえ」

 御鏡はそれ以上何も言おうとはしなかった。

「遺書であることは間違いないのかもしれませんが、気になるのは自殺する具体的な理由も何も書かれていないことです」

 倉田は再び早苗に言った。

「私には……よくわかりません。遺書なんて……今まで見たことないですし。こういうのって必ず自殺する理由とかって書いてあるものなんですか?」

「いえ、そういうわけじゃありません。遺書なのかどうかわからないことが書き残されていることだってあります。ただ、どういう理由かわかりませんが、このような形で遺書を送ってくるような人です。もっとしっかりとした自殺理由が書かれていてもおかしくない気がするんですがね」

 その疑問に、早苗は答えることは出来なかった。

「自殺ではないと?」

「いえ、そういうわけではありません。実はもともと我々は藤永さんの死が自殺ではないのかと疑っていたところがあります。検視の結果、わずかですが床に傷が見つかりました」

「床?」

「つまりこうです」

 倉田は胸ポケットにいれていたボールペンを取り出すと自らの胸に当ててみせた。「ナイフをこのようにして、このまま真っ直ぐ倒れこむ。それによってナイフは深く突き刺さることになる。その時、ナイフの柄が床に傷をつけた。ただ、床にはトレーナーがあったため、傷は小さなもので自殺と判断する決め手にはならななかったため、自他殺不明として捜査を続けていたんです」

「これで事件は解決とういことになるんですか?」

 おそるおそる早苗が訊く。

「そうですね。まだわからないことはありますが、これが藤永陽子の本物の遺書ということになれば自殺ということで解決ということになるでしょう」

 そう言ってから倉田は奥歯をぐっと噛み締めた。倉田もどこか、この事件の結末に納得していないように見えた。

「ところで加藤さんは?」

「もう帰りましたよ。それこそ怒り心頭といった顔してましたよ」


   *   *  *


「行ってみましょうか」

 警察署を出ると御鏡は早苗に声をかけた。

「どこに?」

「加藤さんのところです」

 当然というような顔で御鏡は答えた。

「何のために?」

「藤永さんのことを聞くためです」

「どうして? 陽子さんのことはもうハッキリしたじゃありませんか」

「そうでしょうか? 私にはまだ納得出来ないことがいくつも残っています」

「でも警察は自殺だって」

「前にも言ったように、私は犯人探しのために調べているわけじゃありません。あくまでも真実を知るために調べているんです」

 御鏡が何を考えているのか、早苗にはわからなかった。

「納得出来ないことって何ですか?」

「一つはあのカレンダーに書かれた予定です。自殺したのだとしたら、彼女は何のためにあんな予定を書き込んでいたんでしょう。いくつか私も調べてみました。美容院にも旅行会社にも彼女は実際に予約していました」

「それのどこがおかしいんですか? その後で自殺しようと思ったってことじゃないですか?」

「彼女が予定をいれたのは全て同じ日なんです。なぜその日に限って、いくつもの予定をいれたんでしょう。自殺しようとしている人の行動とはとても思えないんです。それに加藤さんのことがあります」

「加藤さんのことって?」

「藤永さんは何のために加藤さんを呼びだしたのでしょう? 聞いてみたいと思いませんか?」

「加藤さんは知らないって……」

「本当でしょうか? 真夜中に用件も言われないままに呼び出され、それに従ってわざわざ出向いたってことですか。二人はどういう関係だったんでしょう?」

「それは……わかりません。でも、それは事件とは直接関係ないんじゃないでしょうか?」

「あなたはそれで良いんですか?」

「……でも、これ以上何を?」

「私はちゃんとした真実を知りたいんです」

 御鏡の言葉に何も言い返せなかった。「あなたはどうですか?」

「……私も知りたいです」

「じゃあ、行ってみましょう」

「でも、会ってもらえないんじゃないですか?」

「とりあえず行くだけ行ってみましょう。事件の日のこと、彼が何を知っているか聞いてみたいと思いませんか?」


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