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あれから2日が過ぎようとしている。
『やませの会』が主催する『東北とんぼ玉展』が明日に迫ってきている。
東北6県の作家および、東京、大阪などからの招待作家も含めた総勢50人の作品が並ぶ『やませの会』にとって年に一度行われる最も大切な展示会だ。
早苗もこれまではサポーターとして協力するのみだったが、今回は初めて『四季工房』として参加し、20点ほどの作品を並べさせてもらうことになっている。
展示会は一番町はずれにあるギャラリー『Muto-Muto』で行われることになっていた。
陽子の死を知った時、展示会への参加を辞退しようと考えもしたが、そんなことをしても陽子が喜んでくれるはずもないだろう。
あれからはずっと工房に篭って創作活動を続けた甲斐あって、展示する作品もなんとか間に合い、今日、搬入することになっていた。
一つ一つを丁寧に梱包剤でくるんでから箱に詰める。実際に展示するのは、各作家が行うことになっているが、遠方に住む招待作家の作品については『やませの会』の会員に任されている。早苗も自分の展示を早めに終わらせ、他の展示を手伝わなければいけない。
携帯電話を開いて時間を確認する。11時までに会場に入って、昼前までに自分の展示は終わらせてしまいたい。
その時、工房の前に一台の車が止まる音が聞こえた。
黒いSUV。それが御鏡の車だということにすぐに気づいた。
御鏡は車から降りてくると、当たり前のように工房に入ってきた。
「御鏡さん、どうしたんですか?」
「どうしてるかと思いまして」
「ごめんなさい。ちょっと今日は忙しいんです」
早苗はあえてそっけなく答えた。
「そうか、明日から展示会でしたね。じゃあ、これから作品の搬入ですか」
「ええ」
これならきっとすぐに帰ってくれるだろうと早苗はホッとした。
ところが――
「じゃあ、お供しましょうか」
「え?」
「会場まで車でお送りしますよ。まさかバイクで行くつもりじゃないんですよね?」
確かに大切な作品をスクーターで運ぶつもりはない。ただ、御鏡と一緒に会場入りするのも何か抵抗があった。
「でも、電車でも間に合いますから」
やんわりと断ろうとする早苗に対し、御鏡は――
「大丈夫。気にしないでください」
まるで早苗の気持ちなど察する様子はない。
やはりサイコパスだ……と早苗は心のなかで呟く。
この様子では素直に帰りはしないだろう。早苗は仕方なく御鏡に送ってもらうことにした。
* * *
多くのスタッフたちが展示準備に汗を流している中、御鏡だけが何をするでもなくウロウロと会場のなかをうろつきまわっている。
いったい御鏡の目的は何なのだろう?
自分がここまで送ってもらったこともあり、さすがに帰れというわけにもいかず、早苗は展示作業を続けながら困ったようにその姿を眺めていた。
その背後から加奈子が声をかけた。
「御鏡さん、『やませの会』に入られたら良いのに」
「そうですね……」
とは答えたものの、早苗は内心、御鏡とこれ以上関わることに抵抗があった。何よりも御鏡が団体行動を取れるタイプには見えない。
「あ、これ綺麗ですね」
加奈子が早苗の作ったチョーカーをそっと手に取る。赤いガラスをベースにして、そこに白い百合の花を埋め込んでいる。早苗自身、好きなタイプの花玉の一つだ。
「ありがとうございます」
そう言いながら早苗は加奈子の胸元に光るネックレスに視線を向けた。「加奈子さん、そのネックレスは?」
そこにはレースで作られたとんぼ玉と宝石がつなげられていた。
「え?」
加奈子が思わず胸元を押える。
「誰かからのプレゼントですか?」
「……ええ」
加奈子はそっと手に持ったネックレスを見つめる。そのネックレスのとんぼ玉に早苗は少し違和感を覚えた。ある程度形は整ってはいるものの、まだ熟練した作家の作ったもののように見えない。
「それはオパールですか?」
その声に早苗も加奈子も驚いて肩を震わせた。振り返るといつの間にか御鏡が背後に立っていた。
「ええ……そうです」
「じゃあ誕生日は……10月ですか?」
「そうです」
「何日ですか?」
「18日ですけど」
少し警戒するような表情で加奈子は答えた。
「じゃあ高野先生が亡くなった――」
「3日後でした」
「高野先生が亡くなったのは何曜日でした?」
「……えっと……確か水曜日だったと思います」
加奈子は少し思い出すようにしてから答えた。
「当時、教室は毎日やっていましたか?」
「いえ……確か週に二日は休みだったと思います」
「教室で教えていたのは先生だけですか? スタッフの人も一緒に?」
御鏡は矢継ぎ早に質問を続けた。御鏡が再び事件について訊こうとしているのは明らかだった。
「さあ、それは……どうだったか……中西さんならわかると思います」
「今日は中西さんはいらしてないんですか?」
「まだ作業があるみたいです。たぶんもうしばらくしたら来ると思います。何か中西さんに用が?」
と加奈子が答える。
「いいえ」
御鏡は否定してからさらに口を開いた。「確か『やませの会』はお父さんが作られたんですよね」
御鏡は加奈子に声をかけた。
「……ええ、そうらしいですね」
「高野先生が仙台に来た時、加奈子さんは学生さんでしたか?」
「16歳でした」
「じゃあ高校を辞めて一緒に来られたんですか?」
「そうです。もともと父は一人で来るつもりでいたみたいですが、家は母が幼い頃に亡くなって以来、父と二人で暮らしてきました。父は一人じゃ家のなかのことは何も出来ない人ですから」
「仲が良かったんですね」
「――というよりも、家族ですから父一人来させるのは心配で」
「先生が宮城にこられたのはおいくつでしたか?」
「あの頃は……60歳を過ぎたばかりだったと思います」
「60歳か……じゃあ、加奈子さんが生まれた時は44歳ですね。遅くなって生まれた子は可愛いといいますよね。可愛がられたでしょう」
「そうですね」
加奈子は否定しなかった。「父はいつも私のことを第一に考えてくれました」
「それにしても60歳になって新天地での仕事ですか。なかなか度胸がありますね」
「昔、60歳を越えるとかなり歳を取るようなイメージでしたが、不思議と父に対してはそういう感じはしませんでした。好きな仕事をしていたからかもしれませんね。作家の皆さんを見てると、皆、お若いように感じます」
「好きなことを仕事に出来るのは幸せなことですね。ただ、そのぶん仕事とプライベートの区切りがなくなってしまいますけどね。先生はお休みの時には何をされてました?」
「休み?……父が休んでる姿はあまり記憶にないです。ずっと仕事ばかりでしたから」
少し昔を懐かしむように加奈子は言った。
「いつも帰りは遅かったんですか?」
「いつもってわけじゃありません。教室のある日は少し遅くなることがありましたし、イベントが近くなってくると、作品作りなどで遅くなることがありました」
「亡くなる前も?」
「ええ、展示会のための作品作りがあると言ってました。展示会前の忙しいときは教室も夜の部はスケジュールを調整して休みにしていました」
「だから高野先生だけが残ったんですか。ちなみに何の展示会かは聞いてませんでしたか? 定期的なイベントだったんでしょうか?」
「いえ、定期的なものではなかったので、工房では父だけが参加するという話しだったように記憶してます。確か……古い知り合いが展示会を開くからって」
「では遅くなることは事前にわかっていたんですね?」
「はい、それでも夕方には工房から電話をくれました。いつも私が食事の支度をしてるので、その準備の必要があるのかどうか、遅くなるときは電話してほしいと頼んでいたので」
「そうですか……高野先生は自宅でも仕事の話はされましたか?」
「あまり多くはしませんでした」
「じゃあ、先生がどこの展示会に参加する予定だったかはわからないんですか?」
「はい。相手先にご迷惑にならないように連絡したいと思っていろいろ調べてみたんですが、結局、わかりませんでした」
「相手先から連絡は?」
「いえ、それもなかったと思います」
「仕事の話はあまりしなかったと言いましたが、加奈子さんは当時、工房に行くようなことはなかったんですか?」
「時々は」
「じゃあ、中西さんたちのことは知っていたんですよね」
「もちろんです」
「皆さんがいつ弟子になったかは覚えてますか?」
「ええ、だいたいなら。最初に弟子になった加藤さんは私が高校3年の頃だったから……仙台で工房を開いて2年経った頃ですね。その一年後に藤永さんと三村さん。それから2年経って中西さんが弟子になられました」
「ちなみに先生は皆さんのことをどう話されてました?」
「どうっていうのは……?」
少し警戒しながら聞き返す。
「誰が上手とかヘタとか、誰の作品が好きとか嫌いとか、そういうことは聞いてませんか?」
「父が誰かの悪口を言ってるのは聞いた憶えはありません。皆、それぞれ良いところがあると言ってました。もっとも器用なのは加藤さん、もっとも緻密なのは三村さん、そして、もっとも独創的なのは藤永さんと言われてました」
「独創的か……やはり誰しも藤永さんのことをそう見ていたんですね」
「藤永さんは教室に入った頃から、自分の好きなものを作っていたようです。『アイツはいつも好き勝手やってる』って父が笑ってました。父が教えもしないのに吹きガラスもやってたようです」
「中西さんは?」
「もっとも指導者に向いていると言ってました。父は中西さんのことを一番、信頼していたと思います」
「一番……ですか?」
「何か?」
「いえ、中西さんは当時いたお弟子さんのなかではもっとも若かったですよね?」
「御鏡さんは中西さんを疑っているんですか?」
「そういうわけじゃありません」
「父の事件の真相を調べようとしていただけるのはありがたいですが、中西さんはそんな人じゃありません。誤解しないでください」
「失礼しました。私はただ、当時のことをちゃんと把握しておきたいんです。事実、高野先生は殺されたんです。その前に何か原因があったと考えるのが一番自然なんです。何か心当たりは無いんですか?」
「また、その話ですか?」
加奈子にとって、父親が誰かに恨まれていたのではないかという話が心地良いはずもない。
「誤解しないでください。高野先生が素晴らしい方だというのは私も否定しません。ただ、影響力のある方というのは、どこかで知らないうちにトラブルに巻き込まれるものです。私はそれが知りたいんです」
「トラブルといっても……別に何も……」
そう言いかけてから加奈子は一度言葉を切った。
「何か?」
「トラブルというようなことではないんですが……亡くなる前にコンテストの審査について少し問題が出たといって大阪に行ったことがあります」
「問題というのは?」
「一つの作品が誰か他の人の作品に似てるのではないかという話が出て、その件で父に連絡があったみたいです」
「高野先生は審査する側でしたよね?」
「いえ、父が実際に審査をしていたのはその前年までです。ただ、あの年は事務局のほうから最終選考に残ったものについて参考として写真が送られていたんです」
「わざわざ高野先生が行かれたのはどうしてでしょうか?」
「さあ……」
「ひょっとして、その作品が高野先生の身近な人間のものだったというようなことでは?」
「わかりません」
加奈子は首を捻った。「でも、それは父が亡くなる一ヶ月も前のことで、その後は何も変なことはありませんでした。
「そうですか」
御鏡は考え込むように腕を組んだ。
「いい加減にしてください」
ついに我慢出来なくなった早苗が話しに割って入った。「もういいじゃないですか。これ以上、邪魔をしないでください」
「邪魔?」
「私たちは明日からの展示会の準備がまだまだあるんです」
「あぁ、これはすいません」
そう言いながらショーケースの中を覗きこむ。「やっぱり中里さんの作品は素晴らしいですね」
「そんなお世辞はいりません」
「お世辞なんかじゃありませんよ。でも、少し中里さんらしくないですね」
一瞬、その言葉に身が竦む。
「何がですか?」
「中里さんの作品はいつもその季節に合ったものが多いじゃないですか。今回は桜に梅に……ちょっと季節がズレてますね。この季節なら菊、コスモス、桔梗、そういうデザインのものが並ぶかと思ってました」
御鏡はそう言って早苗の顔を見つめた。
その全てを見透かすような目に、早苗は思わず視線をそらした。




