12
翌日からまたいつものように工房に篭るようになった。
陽子の死から5日が過ぎ、気持ちもだいぶ落ち着いてきている。バーナーの炎を見つめ、作品作りに取り掛かる。
だが、頭のなかにはすぐに陽子のことが浮かび上がる。
一つ気になっていることがあった。
先日、御鏡の工房へ行く途中、『デザインパーツ』に寄って、そこで働く友人と話をしたのだが、その時に陽子について一つの話を聞いたからだ。
陽子は亡くなる二日前、『デザインパーツ』で桐の箱を一つ買っていったというのだ。おそらく御鏡の工房に行く途中に寄ったのだろう。
それは高級感を演出するため、お客様へ渡す作品を入れる時に使うものだ。箱そのものの金額は200円程度だが、それでも桐の箱に入れることで高級感の演出には絶大な威力がある。早苗もこれまでに何度か使うことはあった。
だが、陽子は普段、展示会や販売をやっていないはずだ。なぜ、その陽子が桐の箱を購入していったのだろう。
早苗は思いを断ち切るかのように目を閉じて頭を振った。
(こんなんじゃダメだわ)
早苗は大きく息を吐き、目の前の作品へと神経を集中させた。
作品を一つ仕上げた頃、御鏡が再び早苗の工房へと現れた。
「御鏡さん……まさか今日も事件の調査に? ずいぶん仕事熱心なんですね」
早苗は精一杯の皮肉をこめて言った。
「今日は私一人で大丈夫です」
「何をするつもりですか?」
「もう少し調べてみたいことがあります」
「もうこれ以上は警察に任せたほうがいいんじゃありませんか?」
「そうも言っていられません」
「私があなたを疑ったからですか? そのことなら謝ります」
「違います。最初はそれも理由のひとつでした。でも、それだけじゃないんです。私はすごくやっかいな性格でしてね。自分自身が納得出来ない限り、それを忘れて過ごすなんてことが出来ない。気持ち悪いんです。ワガママなんでしょうね」
そう言って御鏡は笑ってみせた。
「でも、調べるって言っても……何を?」
「陽子さんが行っていた美容院は知ってますか?」
「ええ、知ってますけど……」
以前、一度だけ陽子からその話を聞いて、自分も行ったことがあったからだ。その後、別の美容院に行くようになったが、今でも携帯にはその名前と場所が残っているはずだ。
「どうするんですか?」
「陽子さんの部屋にかかっていたカレンダーを覚えてますよね?」
「ええ」
「美容院はそこに書かれていた予定の一つです」
御鏡はポケットから写真を取り出し、早苗のほうへ向けた。そこには陽子の工房の壁にかけられたカレンダーが写されていた。
「どうしてこんなものを?」
驚いて御鏡の顔を見る。警察が情報提供してくれるはずがない。
「私は第一発見者です。警察に連絡して待っている間少し時間がありましたから」
「じゃあ、その間に写真を撮ってたんですか?」
早苗は改めて御鏡という男に驚いていた。
亡くなっている人間を見つけ、そんな時に写真を撮るなどと普通の人間なら考えることもしないだろう。
「ええ。それよりもこれを見ておかしいとは思いませんか?」
「何がですか?」
「予定が詰まっているのは亡くなられた日の後がほとんどということです。それ以前はあまり予定が入っていない」
「書かれていないだけじゃないですか?」
「そうでしょうか。あなたはあの日、藤永さんに電話をいれることなく工房に行かれました。確か、いつもそうだと言ってましたね」
御鏡は確認するように言った。
「……ええ」
「それはつまり事前に在宅を確認する必要なく、藤永さんが常に工房にいたからではないですか? 彼女が外を出歩くことはほとんどなかった。常に工房に篭り、常に仕事に向き合っていた。それはあなたや三村先生も言っていたことです。それなのにカレンダーには多くのスケジュールが書かれている。美容院、旅行、そして、私との二人展までも考えていた。違和感があると思いませんか? 藤永さんの足取りを確認したみたいんです」
御鏡の言うことに早苗は頷くしかなかった。
「……わかりました。ちょっと待ってください」
早苗はバッグに手を伸ばすと、携帯電話を取り出してアドレス帳を検索する。
その時――
「中里さん、25日に何かあるんですか?」
御鏡の声に振り返った。御鏡は壁にかけられたカレンダーを見つめている。25日のところに小さく赤いペンで星印が書かれている。
「あ……それは予定じゃありません」
「じゃあ、何です?」
御鏡が何を気にしているのかはすぐにわかった。
「あ……それは……陽子さんの工房のカレンダーの印が気になったので、何かあるのかと思って……」
「そうですか、やっぱりあなたも気になってたんですね」
「ええ……」
「来週は展示会があるんですね」
カレンダーに視線を向けたままで御鏡は言った。
「ええ、もし良かったら見に来てください。あ、これが藤永さんが通っていた美容院です」
早苗はそう言って携帯電話のアドレス帳に書かれた美容院の名前と住所をメモに書いて御鏡に差し出した。
早苗から陽子が行っていた美容院の場所を聞いて御鏡は帰っていった。
御鏡のSUVが去っていくのを見送ってから、手のひらに汗が滲んでいることに気がついた。
御鏡は何かを見つけ出すのかもしれない。
そう思うと、少し怖くなっていた。




