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ガラスのラボラトリー(実験室)  作者: けせらせら
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 陽子の葬儀は、実家がある名取市の葬儀会館で行われた。

 早苗は真紀の運転する車に乗せてもらって葬儀場へと向った。

 親族席には陽子の両親が二人座っているのが見えた。わりと体の大きな父親はどこを見るでもなくぼんやりと前方を見つめ、その隣で白髪のかなり目立つ母親が小さく背中を丸めて座っていた。

 参列者はそう多くはなかった。その多くは実家近所の人たちのようだった。同年代の友人らしき姿はそう多くは見つけられなかった。

 大学の頃も陽子と親しくしていたのは真紀だけだったようだ。

「昔から陽子は人との付き合いが下手だったから」

 と真紀が早苗にそっと囁いた。

 それは早苗も気づいていた。知り合ったばかりの頃の陽子はどこか接しにくい雰囲気があった。真紀のところによく遊びに来ていたが、生徒である早苗たちに自分から話しかけてくることはなかった。だが、早苗が技術のことで悩んでいるのに気づき、誰よりも親身に相談に乗ってくれたのが陽子だった。

「彼女ほど繊細に他人のことを気遣える人はいなかった。ただ、それが人には伝わらないの」

 真紀の言葉に早苗も頷いた。

 焼香を済ませ帰ろうとした時、一人の参列者が真紀に声をかけてきた。どうやら大学時代の友人たちのようだ。

 早苗は真紀が彼女たちと話をしているのを邪魔しないようにと、そっと離れて待つことにした。

 早苗が一人で葬儀場の隅に立っていると、一つのひそひそ話が耳に飛び込んできた。

「陽子さんって前に警察に捕まったことがあるんでしょ?」

 ドキリとして視線を向ける。

 喪服を着た中年の女性二人が小さな声で話している。

「そうそう。そんな問題起こすような子に見えなかったのにね」

「妹さんも自殺されてるんでしょ? 親御さんも大変よね」

 小声で話しながら早苗の横を通り過ぎていく。

 思わず声をかけそうになる早苗の腕が背後からグイと引き戻された。

 振り返ると真紀が立っていた。

「帰りましょう」

「あの……今の話って……」

「うん、あとで話すから」

 真紀にも今の話は聞こえていたようだ。

 会場の入り口近辺に目つきの険しい男たちが数人立っているのが見えた。

 その中に見知った顔の男がいた。

 倉田だった。その隣には根津の姿もあった。

 当然、目的は事件捜査のためだろう。おそらく陽子の人間関係を把握するためにやって来たのだ。そして、それは警察がいよいよ陽子の死を他殺と疑っていることを意味しているように思えた。

 倉田が早苗たちに歩み寄ってきた。

「仕事熱心ですね」

 少しの皮肉をこめて早苗が言った。

「ええ、お二人はご一緒に来られたんですか? お二人だけで?」

「そうです」

「お二人は他の参列者の方とはお知り合いですか?」

「いいえ、私と陽子とは同じ大学だったので、大学時代の友人は数人いましたが、他に知人はいませんわ」

 真紀が相変わらず上品に答える。早苗は隣にいて、一緒に頷いてみせた。

「じゃあ仕事関係の人は他にはいないということですね。そういえば中西さんは?」

「今日は仕事の都合でどうしても来ることが出来ないということでしたので、私にお香典を託されました。ついでに言えば加藤さんは来られていないみたいね。他に知りたいことはあります?」

 その言葉に倉田は首を振ると、道を譲るかのように一歩下がった。

 真紀は軽く会釈してから、その脇を通って会場を出て駐車場に向って歩き出した。その後を早苗が続く。

「こんな時まで捜査だなんて無粋だわ」

 珍しく真紀が怒ったような口調で言った。それでも言葉遣いが丁寧なところが真紀らしい。

「捜査がどうなってるか聞いてみればよかったですね」

「そんなこと聞いたってあの人たちは答えてくれないわよ」

 確かに真紀の言うとおりかもしれない。

 真紀は駐車場まで来ると、ビートルのドアを開けて乗り込んだ。

「あの……先生、さっきの話ですけど……」

 助手席に座った早苗は真紀に声をかけた。

 真紀は一瞬、黙った後に大きく息を吸い込んでから口を開いた。

「陽子が逮捕された話ね? 本当よ。就職してすぐだったかしら」

「陽子さんは何をしたんですか?」

「陽子には妹さんがいたの。夏美ちゃんって名前で陽子よりも7歳年下だった。私も会ったことがあるけど、すごく素直でとても良い子だった。その夏美ちゃんが自殺したのよ」

 その右手が左手首にかけられた数珠に落ち着きなく触れている。

「……自殺」

「夏美ちゃんは子供の頃から漫画家になるのが夢で、ネットでも発表してたし、中学生の頃から雑誌にも投稿してた。ある時、彼女の書いた漫画が雑誌のコンテストで受賞したの。彼女凄く喜んでいたし、皆も彼女が漫画家に一歩近づけたと思っていたわ。ところが、その後すぐにネット上でその漫画が自分の書いたものの盗作だという書き込みが現れたの。くだらない中傷だからって無視していたら、その噂は一気に流れて、夏美ちゃんが書いていたブログにまで非難するような書き込みが相次いだ。当然、夏美ちゃんはずっと否定し続けていたけれど、反論すればするほど周りは騒ぎたてることになって……結局、夏美ちゃんは精神的に追い詰められて自殺したの」

「……酷い」

「そう。酷い話よ。後になって実はその盗作されたといった人こそが、彼女の漫画を真似て作品を書いて、それをデータ化する時に日付などを改ざんして、自分の作品のほうが先に書いたものだと嘘をついたのだということがわかったんだけどね」

「その人はどうなったんですか?」

「何も」

「何も? でも、その人のせいで夏美さんは自殺したんですよね?」

「そうよ。陽子は怒って警察にも訴えた。でも、法律上、その行為を犯罪として取り締まることは出来ないって言われたの。でも、陽子はその人物の行為を許せなかった。そして、その人物が誰なのかを特定して追い続けた」

「それで逮捕ですか」

「家を見張る、職場に電話をかける、嫌がらせ行為を続けたことは間違いなかったから。でも、誰よりも陽子自身が傷ついてた。軽い鬱状態だったわ。でも、夏美ちゃんを自殺に追い込むようなことをした人間は無罪で、それを咎めた陽子が逮捕なんて……世の中間違ってることが多すぎるわ」

 真紀は悔しそうに呟いた。


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