9 置き物さんと秘密の庭
他のペアが思い思いの場所へ移動していく中、僕らのペアだけは、動かなかった。
アンセさんは、止まったままの僕が気になるのか怯えているのか、僕の方をチラチラと見ながら、挙動不審な動きをしている。
……とりあえず、どうすればいいのだろうか……。
魔法の練習って言っても、魔法が使えない僕が相手じゃ、どっちにとってもロクな練習にならないと思う。
それに、見ず知らずの人よりは仲良くなったと思うけれど、それでもあれだけ僕に怯えているんだ。
2人で協力して他のペアを倒さなければいけないのに、そもそも協力する相手とコミュニケーションが取れないんじゃ、本末転倒だ。
不安そうにこちらを見るアンセさんを見て、とりあえず、仲良くなるために話し合う、あるいは交流を深められる場所を脳内で上げていく。
寮の自室は、そもそも男性寮には女性、女性寮には男性を入れてはいけない事になっているからできないし、僕の部屋は貴族寮にあるため、臆病なアンセさんでは、食堂に入るのも委縮してしまうだろう。
そして、庶民寮にあり男女兼用となっている食堂も、食事処であるため、落ち着いて話すには合わないと思う。
他の人が練習しているであろう講堂、中庭、屋外、庭園、屋上は、魔法が飛んでくる可能性があるため、落ち着いて話すことなんてできない。
空き教室はあるだろうけど、アンセさんが1人で使うならともかく、僕も一緒に使うとなると、鍵を貸してくれる可能性は低い。
……と、なると、あとは僕が普段から行っている図書館しかないわけだけれど、今の時間は利用者が多いだろうし、最初の課題のために、調べものをしに来ている人も増えているだろうから、あまり行きたくない。
あ、でも、近道から行けば見られることもないし、庭園を通るから少し不安だけど、外から見た時は中に何もあるようには見えなかったから、きっと大丈夫だろう。
それに、あの場所なら交流を深めるのに最適だろうと思うし。
交流場所が決まった僕は、秘密の道へと足を進め……未だにキョロキョロと挙動不審に辺りを見回しているアンセさんを手招きして、僕の方へ向かってきたのを見計らい、近道へ向かった。
***
「ここ……は、階段……の一番下にある行き止まり……ですよね?ここの扉は確か開かずの扉の1つだったと聞いたような……あっ、口答えしてすいませんすいません!!!」
すごい勢いで謝り始めるアンセさんを苦笑しながら宥めつつ、扉を見やる。
上へと続く階段の一番下は、本来行き止まりであるが、階段の影に隠れる様に、ひっそりと普通では開かない扉がある。
ようやく謝るのを止めたアンセさんを見てほっとしながら、辺りをキョロキョロと見回して、誰もいない事を確認する。
誰かいたら、中に入られて、あの秘密の場所がバレてしまうかも知れないから……まぁ、扉の奥にあるものをきちんと起動させないと来れないから、そこまで来れるとはあまり思っていないけど。
扉の前まで歩き、扉の持ち手を掴み、上へと少し持つ上げながら引くと……扉はいつもの様に開いた。
それを見ていたアンセさんは、目を丸くしていた。
「え……えっ!?開かずの扉が!?どれだけ開錠魔法が得意な方が挑んでも、決して開かなかったのに!?」
あぁ……確か、入学したての人が、そんな事やっていたような記憶がぼんやりと……。
まぁ、僕が行ったら忌避されるし、興味だって欠片もなかったからあんまり覚えてないけど、アンセさんはその野次馬の中に混じっていたようだ。
扉を開け、見つからないうちにと急いでアンセさんの手を握る。
驚いて手を離そうとしたアンセさんの手をしっかりと握り、扉の中へと入り扉を素早く閉めた。
手からも伝わってくる同様に少し微笑みながらも、アンセさんに、使ってもそんな危険はないだろう、光の魔法を頼む。
「ミゥ・サィ・イェ・ロァ、ノァ・ヨァ・エォ」
暴走してもそんなに危険はないと思ったのか、少し短めに呪文を唱え、実際に習った光の魔法よりも、数倍大きい光の球が出現し、宙に浮きながら真っ暗なこの場所を照らす。
やっぱり、魔法が使える人がいると、辺りの様子も見れて楽になるなーと思いながら、辺りを見回す。
といっても、茶色い煉瓦に包まれているから、特に見るところもないのだけれど。
興味津々に辺りを見回し、空いている右手でペタペタと触るアンセさんを見て微笑ましい気持ちになりながら、いつもの煉瓦をいつもの順番で押す。
そうすると、扉が横に動き、道が出来た。
突然の事態に飛び上がって驚くアンセさんに苦笑を零しながら、固まっているアンセさんの手を引っ張って道を歩いて行く。
少し歩いて、前方に光が見えてきたため、光の魔法の解除呪文を唱えると、光の魔法が一瞬にして消え失せた。
突然消えた光の魔法に、またもやビックリして固まっているアンセさんを見て、これから先、まだまだ驚くことがたくさんあるのに、今こんなに驚いて、心臓が持つのだろうかと心配になりながらも、アンセさんの手を引いて光が漏れている出口へと進んだ。
花に囲まれた、緑のトンネル。
葉っぱの隙間からは、空から注がれる光が零れ、とても明るい。
季節関係なしに、一年中花を咲かせる真っ赤なラバダの花は、見ている僕たちの心も元気にしてくれる。
たくさんのラバダの花を見たアンセさんは、喜色満面の笑みで歓声を上げようとして……視線を少しずらした先に見える、隙間の奥の人に気付いて、顔を真っ青にして悲鳴を上げようとした。
その声がでる寸前で口を押え、なんとか悲鳴が相手に聞こえるのを防ぐ。
僕を見つけたら確実に何か文句をつけてきそうなその人は、確実に僕の方向を向いているというのに、僕に気付いた気配はない。
……それもそのはず、この緑のトンネルは、魔法鏡の魔法が張られているのだから。
魔法鏡の魔法というのは、表から見ると普通の鏡だけれど、裏から見ると向こう側が見える魔法である。
何故この魔法が張ってあるのかは、詳しくは知らないけれど、ここがトンネルの様になっていることから、鏡の反射で通常よりも緑が多い様に見せて景観を良くし、中は非常用として隠すため……とかじゃないかと僕は思っている。
まぁ、あの扉を動かせる人がこの学校にいるんなら、非常用になるんだろうけど、あいにくと、知っていそうな人を僕は見たことがないけれど。
アンセさんの口元から手を離し、人差し指を自身の口につけて静かにという合図をする。
その合図を見たアンセさんは、ものすごい速さで首を縦に振って肯定してきた。
それを見て頷いてから、僕はアンセさんの手を引いて緑のトンネルを真っ直ぐ歩いて行く。
左側の庭園から、魔法の練習をしているのか、魔法が飛んでくることが多々あるが、このトンネルにぶつかる前に、右側にある貴族寮へ行かないように張られている防御壁の魔法が防いでくれる。
ただ、ここには防音の魔法はかかっていないため、魔法が飛んでくるたびにいちいち驚いて声を張り上げそうになるアンセさんの口を塞がなければいけなかったのは、ちょっと大変だったけど。
庭園を囲むようにして作られているトンネルを歩き、曲がり、左と真っ直ぐに分かれている道を真っ直ぐ行く。
庭園の外側にそって行くものだと思っていたらしいアンセさんが、僅かに不安そうな表情をしている。
それもそうだろう。だってここは―――
今の季節に一番美しい姿を見せる花々たちが、まるで互いを高めあっているかのように並ぶ。
周りを緑の壁が取り囲み、それが舞台となってさらに花々を強調している。
一番奥の、唯一屋根があるところには、そんな花々たちを観賞するために、しかし、邪魔をしないようにひっそりと日陰の中に、机と、椅子が一脚置かれ、使われていない椅子は脇へと寄せられていた。
左右を見ると、他よりも一段と高くそびえたつ、緑の壁。
―――ここは、庭園の隣にある、誰も見たことがない緑の壁の、先。
庭園は、先ほどの緑のトンネルに囲まれており、その隣には図書館が立っている。
図書館の前方部分は学校とつながっているが、図書館の後方部分は、学校の案内図を見ても丸わかりな程、不自然はスペースが描かれている。
けれど、迷路の様になっている図書館で探すなんてことはできないし、開かずの扉が多すぎるし、そもそも、ここに繋がる扉は図書館にはない。
横から見ようとしたって、緑の壁が邪魔して見えないし、飛翔の魔法を使って上から見たって、認識阻害の魔法がかかっているのか、うまく見えないらしい。
そのうえ、強引に入ろうとしたって、庭園と隣接している図書館を守るための防御壁の魔法が、ここも含めて張られているため、入ることなどできない。
唯一、防御壁の中を通る事になるトンネルだけが、ここの入り口である。
いや、図書館の中にも、扉じゃないけどここに来るすべはあるから、唯一ではないか。
そんなことを思いながら、未だに唖然としながらも目をキラキラと輝かせているアンセさんを見て、少し嬉しい気持ちになる。
なんせ、最初は見るも無残な姿だったここを、少しづつ花を持ってきて整えたのは、僕なのだから。
僕の居場所は、図書館の中にあるあの開かずの扉だけだけれど、本を読むのに都合の良い場所は、ここを含めて数か所ある。
けれど、そんな場所が荒れ果てていたら、居心地が悪いため、僕が心置きなく本を読むためにここを整えた。
僕には知識だけしかないため、最初は何回も失敗したけれど、何回もやるうちに段々慣れてきて、ここまで見栄えが良くなった。
自分の為だけにやったものだったけれど、こんなに喜んでもらえるなんて、思っていなかった。
けれど、今回はここを見せるために来たのではなく、交流を深めるために来たのだ。
……まぁ、今の段階じゃあ、僕は何の話題を振っていいかもわからないから、先人たちの知識の詰め合わせに頼るけれど。
アンセさんの手を引いて、机と椅子が置いてある……さらに奥の、壁の所へと向かう。
そこでアンセさんの手を離し、しゃがみこみ、一見、ただの壁に見える部分を、コンコンと手で叩く。
不思議そうな顔で見つめるアンセさんの視線に気づきながらも、壁を叩き……一部分だけ、カンカンという音が鳴ったのを、聞き逃さなかった。
もう一度叩いて音を確かめ、そのあたりを手探りで探ると、すぐにはわからない、小さな凹みを見つけた。
そこに指をかけて横に引くと……大人がしゃがんで通れるくらいの、小さな穴が開いた。
驚きに目を丸くアンセさんを見て、声を出さないように人差し指で静かにと合図してから、小さな穴を通った。
僕が通り、続いて、アンセさんも穴を通ってきたところで、穴を音が鳴らないように静かに閉めた。
そして、呆然とした様子で立っているアンセさんの横に、僕も立った。
四方八方を木製の棚に囲まれ、出入口は1つだけある、棚と棚との小さな隙間のみ。
その棚の中には、所狭しと本が並べ立てられ、棚の外側の一番上には、棚の番号を示す『桔梗 457』という番号が書かれた金属プレートがつけられていた。
よく知っている紙の匂いに、なんだか心が落ち着くのを感じながらも、小さな隙間を潜り抜けた。
そこから出ると、先ほどとはけた違いの本が目に飛び込んでくる。
大量の本を入れた本棚が、魔法で自動的に空中を飛び回り、壁には、隙間なんてまったくないほどに本がある。
図書館は高くそびえたち、それに乗じて階数も多いが、足場は壁の周りに子供10人が横に並んでも大丈夫ぐらいの幅の足場があるくらいで、吹き抜けになっているためか上の様子がよく見える。
初めて来たらしいアンセさんは、口をポカンと開けて、固まっていた。
そういえば、僕が最初にここに来た時も、あまりの広さに唖然としてしまったのを思い出して、僅かに微笑む。
けれど、唖然としている時間はないと、気を引き締める。
時間は有限であり、僕が今からアンセさんとの交流の為に探す本は、結構面倒くさい手順を踏まなければいけない。
自分1人の為だったのなら、どれだけ時間をかけてもいいけれど、今回はアンセさんへの本を探すのだから、交流する前から少しでも悪印象は与えたくない。
……そのためにも、僕が知る中で1番効率よく動かなければいけないだろう。
これは久々に頭をフル活用する時が来たと思い、気合を入れた。