7 置き物さんとチーム
僕を置いて急に始まった沈黙に、内心ビクビクと震えていると、レイト君がゆっくりと口を開いた。
「……じゃあ、最後に黒髪の自己紹介―――」
その言葉に僕が自己紹介をしようと口を開くと、それを遮るかのように、レイト君が続けて言葉を発した。
「―――の前に、このチームのリーダーを決めたいと思う」
その言葉に、僕は首を傾げた。
別に、僕の自己紹介が終わってからでもいいわけだし、たぶん、リーダーになるのはレイト君だろうし。
そう思って聞いていると、耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
「……俺は、この黒髪をリーダーに推したい」
……幻聴が聞こえてきた気がする……。
いや、嘘だよね、僕をリーダーに推すとか、総合成績で首席の人が、筆記でしか1番とれない人に、そんな事いうわけ……ないよね?
え、だって、そもそも魔法が使えない僕じゃあ、このチーム全体が相手になめられるだろうし、レイト君の方がそういうのには向いてると思うんですけど!!
「意義のある奴は申し立てろ」
はい!意義!意義あります!!
そうやって意義を申し立てようとしたところで、リリィさんがレイト君に尋ねた。
「意義なんて、誰一人ないわよ。むしろ、この場にいる全員が推薦しようと思ってたと思うけど?」
「だろうな。いるとすれば……この、物言いたげな視線を向けてくる、本人だけっていうことだな」
ええ向けてますよ、物言いたげな視線すっごい向けてますよ!!
僕がリーダーだなんて勤まるわけがないし、っていうか、なんか今この場にいる全員が僕を推薦しようと思ってたって聞こえたんだけど、幻聴だよね?
え、嘘だよね?
「……納得してないみたいね」
「顔に出やすいなこいつ」
「このまま抗議されるのも面倒だし、一気に畳み掛けるわ。一人ずつ、どうしてリーダーに推薦しようと思ったのか言ってって」
……どうしてこんな事になっているのでしょうか。
ほとんど司会進行役みたいになってるレイト君とリリィさんがリーダーと副リーダーで僕はいいと思うんだけど、それじゃダメなのかな!?
……いや、皆、なんとなく僕を選んだだけで、そんな理由なんかないんじゃないかな!
そうだよ、僕は希望を捨てないよ!
現実逃避をしている僕に、向けて、小さな声が聞こえた。
「じゃ、じゃあ、私から……なんで推薦したのか……」
「ん?あんな怖がってたアンセが積極的になるなんて、凄いわね。それ程リーダーになって欲しいって事ね。さ、どんどん言って」
いや、本人何にも言ってないし、そんな期待される事言われると逃げ場がなくなるから言わないでほしいんだけど……僕をリーダーにする気満々のリリィさんには、届かないだろうな……。
せめて、アンセさんだけでも、そう思わせるのを辞めよう。
1人でも嫌だって思う人が出れば、特に同じ女性であるリリィさんは、あんまり薦められなくなるだろう。
そんな僕の耳に、震えるような小さな声で、でも、しっかりと芯の籠った声が聞こえた。
「……私のあの魔法を破ったのは、あなたで2人目……です。しかも、1人目は結構力任せに破ったようなものだったので、何の魔力も使わずに破られたのは、あなたが初めてです……。それに、見つけたのはきっと偶然じゃなくて、私の行動、思考、魔力など、全てを推測して見つけた、必然。
……あの時私、見つけてもらえて、嬉しかったんです。魔力なんてなくて、私が暴走したら、真っ先に亡くなってしまいそうなあなたが、考えて、探して、見つけてくれたことが……」
そこまで言ってから、アンセさんは、小さく息をついた。
そして、大きく一回、深呼吸をしてから、静かな結界の部屋の中に、小さくも僅かに響く声で、僕へ言葉を向けた。
「最初の彼は、勇気をくれました。そしてあなたは、安心をくれました。……私は、最初に勇気をくれた彼に、恩返しをしたくてここに来ました。……あなたにも、恩返しをさせてください。このチームを引っ張るリーダーとなって、支えさせてください」
言い切ったらしい彼女は、大きく息をついて落ち着いた後、一拍してから、すぐにリリィさんの後ろへ隠れた。
それを見たリリィさんは、頑張ったと褒めるかのように、微笑みながら、アンセさんの頭をぽんぽんと柔らかく叩く。
その光景と先ほどの言葉に混乱していた僕は、後ろに誰かが立っているのに気が付かなかった。
「……本当に……リーダーに自分、は、向いてない……って、思ってる……?」
後ろから声がかけられたことと、その内容に、僕はビクリと跳ね上がる。
そろそろと後ろを振り返ると、そこには、口元のボタンを外した状態で佇んでいる、メレーテ君の姿が。
彼は、続けた。
「推測……できる、なら……相手も、仲間も、皆……推測……して、噛み合うよう、指示、出して…………円滑に、動かせる……。相手、を、最善の手……で、倒せる……。…………頭の、いい君、なら……向いてないか……わかる、よね?」
そういってから彼は、目深に被ったフードと前髪の下から、真剣な目つきで、僕を見ていた。
その目に、本当の彼の姿が見えた。
照れた思いをなくし、何もない、素の状態の彼の姿が。
「……僕は、照れ屋で弱気。だからこそ、無関心でいられる君が、羨ましいよ。……僕は、兄貴みたいになりたかった。けど、どれだけ頑張っても、僕の性格が邪魔して、思う様に動けない。仲間に、合わせられない。
……でも、君が居れば、君が相手の行動を先読みして仲間に伝え、そうして動く仲間の行動を伝えてくれれば、僕も、兄貴に近づけるかもしれない。……僕の目標の為に、利用するような言い方でごめんね。……でも、これが、僕の本心。まぎれもない、本当の事。だから……リーダーになってください」
そういってから、さらに深く被る様にフードを引っ張った彼は僕に背中を向けた。
背中を向ける直前に見えた彼の顔は、いったいいつ染まったのかと聞きたくなるくらい、真っ赤に染まっていた。
素の彼で言ってくれた事に、そして、その姿を恥ずかしいだろうに見せてくれた事に驚きながら、自分の心が揺れ動くのを感じた。
いや……僕じゃなくたって、他の人だってできるものなんだ。
僕がやらなくたって、いいんだから。
そんな暗示をかけながら、イージス君の方を見ると、こちらを、赤い、何を思っているかわからない瞳で見つめていた。
「俺の直感って、外れたことないんだ。ピンときたものにすると、俺にとって絶対何か良いことが起こるんだ。……俺は、君がリーダーになるのがいいと思うんだ。直感だけどさ。でも、俺は、何度も俺に幸運をもたらしてくれたこの直感を信じる事にするよ」
そういって爽やかに笑ったイージス君。
けれど、その瞳には、何故か狂気が映っていた。
「俺、君から感じるんだ。死にたい。こんな世界大嫌い。……でも、自分を好きでいてくれる人達のために、生きなきゃって。本当は生きたいって思ってるのに、どうして嘘をついているの?どうして、理由をつけなきゃ生きたいって思っちゃいけないって思ってるの?
……実際の所、直感ってのもあるけど、俺は君のこの気持ちが知りたい。だから、君の下で、君の思惑が一番感じられる立場に居たいんだ。だから、リーダーになってよ」
知りたいと、瞳の下にある狂気が、グルグルと弧を描いて蠢く。
その狂気と、自分の本心を、誰にも見つからないように隠してきた気持ちを見破られて、動揺して後ずさる。
背中に、何かがぶつかった。
後ろを振り返ると、アンス君がいた。
《リーダー!君にぴったりな役職だと思うよ?皆にどう動くのか指示を出す。敵の動きも予測できるんだろうし、簡単でしょ?皆が落ち込んだ時に鼓舞するのも、他の異常な優等生の皆よりは、君はちょっとやそっとの事じゃ動じないだろうし、簡単だと思うよ?僕の推測の域は出ないけれどね》
ニコリとほほ笑んでから、尻尾をゆらゆらと動かしながら、人差し指を立てた。
《そしてもう一つ。この、僕から見ても人間としては異常者集団とわかる連中の中で、唯一まともなのは、君だけだと僕は思うんだ。猫かぶりに対人恐怖症、狂人に赤面症に突発的昏睡。健康であり精神的に歪んでないのは君だけだと思うよ。それに、知識量もそれなりにあるみたいだし、何かあった時、咄嗟に判断できる判断力もあると思う。君に適任だと思うよ?》
そういって小首を傾げて最後を締めたアンス君は、すーっと空中を滑る様に飛んでいき、リリィさんの隣にとまった。
そのリリィさんが口を開いた。
「私、こんな力なんて持っていないあんたが羨ましい。異物であり、排除される存在として認識されているのに、揺らがない心を持っているあんたが羨ましい。…………他人に、期待を抱かなくてもいい、他人を、信じる気持ちを持たなくていい、あんたが、心の底から……私は、羨ましい」
そういったリリィさんは、俯いた顔を上げ、僕を睨み付けた。
人差し指を僕の顔に突き付け、はっきりと言い放つ。
「でも!それ以上に!私達の気持ちも知らないで平気でバカにする奴……才能がある奴を認めようとしない奴は、大っっっっ嫌い!!!知ってる?あんたが受ける虐めのほとんどは、あんたの優秀さを妬んでの事よ?確かに、魔力がないってのもある。けど、それ以上に、魔力がない奴に一つでも負けるものがあるのが悔しいのよ。あいつら。
……だから、私はあいつらを見返したい。あいつら、あんたに魔法も負けたら、どうなるのかしらね?チームでのものは、全員の成績に繋がるわ。……特に、指揮をするリーダーの実技の成績は、これで左右されるっていっても過言じゃない。これで成功したら、あいつらに一番悔しい思いをさせられるのよ!!……だから、ならない?リーダー。あいつらを、見返しましょう?」
意地悪そうに口角を片側だけ上げ、釣り目気味な目を細める。
その姿は、酷く楽しそうな姿だった。
「……最後は俺だな」
聞きたくない。
リーダーになんてなりたくない。
僕は、僕を虐めた奴等を見返そうなんて思ってないし、適任だなんて思ってないし、支えられたくもないし、知られたくもないし、この中で普通だとも思ってない。
僕はただ、独りで、平穏に、何の障害もなく、暮らしたいだけなんだ。
いいからほっといてくれよ。
……目を目蓋で、耳を手のひらで覆う……
「……俺が、お前がリーダーにいいと思った理由は、3つだ。
1つは、その頭。
1つは、その体質。
そして最後の1つは―――」
俯いて何も見ないようにしていた僕の顔を、彼はすらりと長い人差し指で顎を持ち上げて、上げさせた。
彼が小さく魔法を唱えると、僕の目蓋が無理やり、自分の意思と反して開かれ、目と鼻の先に彼の顔が見えた。
僕の耳を覆っていた両手を自身の両手で外し、囁くそうな声で、真剣な表情で、ぽつりと、零した。
「―――その、心だ」
僕の両手から手を離し、トントンと僕の体の真ん中を、軽く握った右の手で、叩く。
拒絶していた心が、ぽわりと、ほんのり暖かくなったような、不思議な感覚がした。
「俺らは、お前と違って元々“ある”存在だ。自分でいうのもなんだが、特大の奴をな。だがその分、叩きのめされるって事がほとんどない。つまり、一度壊されたら、立ち直れる可能性が低い。……全員が立ち直れなかったとき、俺らを引っ張り上げれるのは、元々“ない”存在である、お前しかいないと思う。……お前の、目に見えない『魔法』が、俺達を救うときが必ず来るって、俺は思う」
想わぬ言葉に、思わず目を見開く。
その顔が見たかったとでも言うかのように、彼は歯を見せて笑った。
「俺さ、小さい頃に隣の奴に聞いたことあんだよ。魔法ってのは、目に見えるものだけじゃないし、魔力があるからできるってわけじゃないって。……あいての記憶を消してまで、自分のストレスを発散してる奴がいうと矛盾してるだろうけど、俺は、魔法ってのは、人を幸せにするためのものだと思ってる。お前には、それができる。現に、緑髪……アンセだって、幸せだと、嬉しいのだと、感じた。魔力がなければ何もできない俺達よりも……お前の方がすごいんだよ。だから―――」
「―――皆を幸せにするために、リーダーにならないか?」
その聞き方は、ずるい。
そんな事言われたら、僕は、断れない。
頷く。
彼が目を見開いて、そして、その目が段々と細くなっていく。
その目がついている顔は、ゆっくりとほころんでいく。
周りを見ると、皆とってもいい笑顔で、僕もつられて、少しだけ、笑った。
レイト君が人差し指を空中に向けて、小さく魔法を唱えると、紙がヒラヒラと飛んできた。
それを掴み、その場に座り込み、いつの間にか持っていたペンで何かをサラサラと書いていく。
止まることなく書いていくレイト君のペン先が、ぴたりと止まり、僕を見上げた。
「……そーいや、この書類には欠落者って正式名称書くけど、呼び方もそれじゃなんか嫌だろ?生まれる前につけられるはずだった名前とか、なんかないか?」
そう聞かれて、僕は首を振る。
欠落者であるものは、戸籍に自分の名前を持つことなく、ただ1つ、『欠落者』とだけ書かれる。
欠落者は、自分自身を示す大事な役割を持つものも持たせてもらえず、家族にも認めてもらえず、世間からも冷たい目で見られる。
だから僕らは、“欠け落ちた者”なのだ。
「……モノ」
誰かの声が、小さく聞こえた。
とても、不思議な声が。
「……いい名前だな。モノ……お伽噺の、『幸せを運ぶ者』の名前だ。他の奴等は置き物の略称だと思ってくれるだろうし、丁度いいだろ」
周りの皆が頷くのを確認してから、レイト君は書類に名前を書き込んだ。
……僕だけの名前。
とっても嬉しくて、とっても暖かい。
自分の名前って、こんなに特別なんだって、初めて感じた。
自分を示す言葉が生まれただけで、ここまで心が跳ねあがるような気持ちになるだなんて、初めて知った。
誰がこの名前をくれたのかはわからないけど、その人はきっと、僕に本物の魔法をかけてくれたに違いない。
だって、今、こんなに幸せなんだもの。
「……さーて、最後に。リーダーの自己紹介がまだだぜ?」
ふと顔を向けると、ニヤリと笑ったレイト君、クスクスと肩を揺らすリリィさん、ニコニコと笑みを絶やさないイージス君、フフフと笑みを零すアンス君、ホワホワと和やかに微笑むアンセさん、ポゥっと顔を赤らめて口元を綻ばすメレーテ君。
彼らが、僕を見ている。
僕は、上着のポケットから小さな本を取り出した。
その本を薬指でトンッ、トトトンッ、と決まったリズムで叩くと、本が大きくなり、本についていた留め具がかちゃりと外れた。
本はひとりでにめくられ、とあるページで止まった。
・ドラゴン
ドラゴンとは、生物の中で最も強い生き物である。ほとんどは単独で様々な場所に住んでおり、その一匹一匹がとてつもない力を宿している。しかし、ドラゴンの性能は必ず偏っており、攻撃力は強いが、その分防御力が弱いなど、弱点が必ずある。そんなドラゴンだが、一度だけ、群れを成したことがあるという。歴史上には載っていないが、そのドラゴンの群れは、それぞれの弱点を互いに補い、助け合っていたそうだ。ドラゴンの群れこそ、この世で最も最強のものだと思われる。
「……ドラゴンの絵柄の奴を引いて集まったチームだから、弱点を補って、助け合って、ドラゴンの群れ……最強になろうってか?」
その言葉に、本をしまいながら頷く。
その頷きに、個人差はあるものの、皆、挑むような目で、僕を見つめた。
「……最強。いいじゃねぇか。なってやろうぜ。そんで、不思議な事に問題児しか集まらなかったこのチームを、笑うであろう奴らを、コテンパンにしてこっちから笑ってやろうぜ!」
「面白そうね。乗った」
「お姉さんが言うなら、僕も」
「ささ、最強!なります!」
「楽しそうだね。いいよ。やろうか!」
「…………やる」
「ってことだから、お前もリーダーとして、俺らを指揮して、引っ張り上げてくれよ?モノ」
僕は、微笑んだ。