5 置き物さんと緑色
イージス君の自己紹介が終わり、僕らの間にまた新たに沈黙が訪れた。
そのことに面倒くさそうにレイト君が一つ、ため息を吐き、自己紹介をしていない残る三人……僕と、青髪の子、緑髪の子を見た。
「……で、次は誰がやるんだ?いないんなら、時計回りに行って、青髪のお前に番が回ってくるけど……いいのか?」
レイト君がそういうと、青髪の子はビクリと肩を震わせ、目深にかぶっていたフードをさらに深く被り、レイト君の視線から逃げる様に縮こまった。
青髪の子も嫌がってるみたいだし、僕がやろうかな……と手を上げようとしたところで、役目は終わったとばかりにこちらに何の関心も抱いていなかったイージス君が、こちらを振り向いてキョロキョロとしていた。
「あれ?まだ自己紹介終わってなかったの?」
「……次にやる奴で揉めてんだよ」
説明するのが心底億劫そうに言ったレイト君の事なんか見向きもしないで、呑気そうな顔で聞いたイージス君は、ぱっと手をだし、人差し指で緑髪の子を指示した。
「じゃあ、次君ね」
「ふぇっ、えっと、あの……?」
「次、誰やるかで揉めてたんでしょ?だったら、誰かが指名した方が早いよね!ってことで、次、君よろしくね」
それだけ言って、今度こそ本当に自分の役目は終わったとばかりに、また辺りをキョロキョロと見回して楽しんでいるイージス君。
そして、イージス君に指名された当の本人は、最初は唖然と、しかし、状況が呑み込めたのか次第にワタワタと慌てながら、何故か姿勢を正した。
「え、えっと、ご指名、承りました!アアア、アンセと申します……。あの、えっと、……あっ、アンセ・フィニュッ…………アンセ・フィヌリアです……。ええっと……、外部受験組、です。こま、細かい魔法が苦手で、あの、力任せな事とかが多々あって……。基本的に、どの魔法でも……、魔力、任せです……うぅ……。…………えと、威力が高い魔法は得意なので、ひ、必要になったら言ってくださいねっ!?」
一通り言い終わったようで、真っ青を通り越して真っ白になりそうだった顔を俯かせ、小さな声で「怖い怖い怖い」と呟きガタガタと震えているアンセさん。
今までは普通だったのに、自分の番になった途端恐ろしそうに震えているアンセさんに首を傾げていると、レイト君が何かに気が付いたような顔をし、アンセさんに向かって口を開いた。
「……そういや、今年入学してきた外部受験組に、先生が能力測定の為に作った結界部屋を壊した、壊滅魔法士候補の緑髪の生徒がいるって……。……お前か?」
確かめるようにレイト君が問いかけると、アンセさんの呟きと震えが納まり、止まった……と安堵したのも束の間、ばっと顔を上げ、その場から姿を消した。
その時のアンセさんの瞳は……今にも零れ落ちそうなほどのたくさんの雫を湛えていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい私が悪いんです魔力の制御できない私が悪いんです壊しちゃってごめんなさい怯えさせちゃってごめんなさい怒らせちゃってごめんなさいだから許して何回でも謝るから許してください私の命は差し上げられないですけどその代りなんでもしますから許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
四方八方から聞こえてくる永遠に続きそうなごめんなさいの言葉に、胸が痛くなる。
……自己紹介と、レイト君の言葉、そしてアンセさんの言葉を聞くに、元々壊滅魔法士……国の切り札と呼ばれる、魔力がとても多く、強力な魔法を1人で発動する事が出来る魔法士並に、魔力があるのだろう。
だから、自己紹介の時細かい魔法が苦手、威力が高い魔法が得意と言ったのだろう。
魔力が多いと、その分繊細な魔法を使うのが難しくなり、単純な魔法でも威力がとてつもなく高いものになってしまう事が多いから。
アンセさんがどうしてあんなに他人を怖がる……というより、迷惑をかけるのに怖がっているのかはまだよくわからないけど、根は優しそうな子だし、もしかしたら魔力が暴走して人を傷つけてしまったりとか、そういうトラウマになるような事があったのかもしれない。
それにしても……さすが壊滅魔法士候補って言われてるだけある……たぶん光の魔法で最初に習う、光に紛れる魔法を使っているんだと思う。
普通だったらぼんやりと紛れる程度で、よく探せば見つける事が出来るんだけど、魔法に込められている魔力が多いせいか、見つけることがまったくと言っていいほどできない。
そういうのが得意そうなレイト君でさえ、見つける事が出来ていない。
悪魔であるアンス君はもう見つけていそうだけど、興味がないのか探すそぶりすらまったく感じない。
ちなみに、イージス君も興味がないようで、辺りを見回すことすらしていない。
……いや、もしかしたら僕と同じく、アンセさんの居場所がわかっているのかもしれないけど。
そう、僕はアンセさんの居場所がわかっている。
彼女の心情を考えれば、この結界の部屋の中、どこにいるのか簡単にわかる。
アンセ君とイージス君以外の皆が探している中、今まで座っていた僕は立ち上がり、アンセさんがいる場所へとゆっくり歩いた。
なんだか皆の視線を感じるような気がするけど、今まで動かなかったうちの1人である僕が急に立ち上がったからだろう。
そう勝手に納得してから、歩みを止めた。
アンセさんは、僕らを含めた他人に対して、臆病だ。
さらに、僕らが今いるこの部屋は、外部受験の時に先生が作ったものと同じ、結界の部屋。
魔力が上手く制御できない彼女ならば、部屋の隅や壁際に触れたときに膨大な魔力が伝わってしまい、同じように結界の部屋を壊してしまう可能性がある。
魔力が多いと壊してしまうのは、受験の時に壊してしまったことで分かっているだろうから、隅や壁際はないだろう。
そして、他人に対して臆病な彼女は、自分が動くことで人々が恐れることが、今までの経験で十分に理解していると思う。
そんな彼女がいるとしたら、答えは1つしかないだろう。
右の指を、パチンと鳴らす。
視線を感じるが、構うものかと思いながら、もう一つ、パチン。
1つ目の音は、頭の中を真っ白にしたとき。
2つ目の音は、記憶を奥底から引っ張り出したとき。
3つ目の音は―――
パチン
―――答えを見つけたとき。
解除の呪文を、声に出さず口だけを動かして唱えると、パリンという音がして、中にいた緑髪の少女が見えた。
少女は、うずくまっていた体を起こし、真っ青になった顔色と対象的になってしまった、真っ赤な目で僕を見上げた。
……そして、瞳に先ほどの比にならない程の大量の雫を湛えた。
***
「あんたらねぇ!何してんのよ!!こんな可愛い女の子泣かせて!!男として最低ね!そもそも!キンピカだって自己紹介の時にこの子が威力高い魔法しか出せないって言った時すごい悲しそうだったのわかってたでしょ!?なのに壊滅魔法士がどうのこうのって、気にしてるとこをついて……!!デリカシーってもんがないの!?」
「……キンピカじゃなくてレイト―――」
「あ゛ぁ!?なんか言った!?」
「―――イエナンデモナイデス……」
「クロスケもそうよ!見つけたのはお手柄だったけど、何も言わないで見下ろしたら、怖がるのは当たり前でしょ!他人が怖いですってオーラ全開なんだから、無表情で見下ろすんじゃなくて、もっとにっこりしながら膝ついて手でも差し伸べなさいよ!!そこらへんあんたも女心わかってないわねー!!」
置き物よりマシだけど、クロスケってなんなのさ……。
ちなみに今は、アンセさんを泣かせてしまったレイト君と僕が正座をしており、リリィさんがそんな僕らを叱っている所だ。
ついでに言うと、アンセさんはリリィさんの後ろにおり、時折リリィさんのお叱りを止めようとしてくれる。
イージス君とアンス君はいつもどおり興味なさそうにしており、もう一人の青髪の子は足を抱えて座っている。
同じ男子なんだからもうちょっと助けようとしてくれてもいいんじゃないかな……?
そう思ってしまう程度には、この3人にはまったくもって僕ら2人を助けようとする気配がない。
僕らの味方はアンセさんだけか……。
「あ、あの……もう私は大丈夫ですし、この方達にも、あなたにも迷惑ですし……」
「……誰が迷惑だって?」
「へ?あの……この方達とあなたに……ひゅっ!!」
本日何度目かの静止をアンセさんがしようとしたとき、何かがリリィさんの琴線に触れたのか、急にアンセさんの頬を両手で包み込み、そのまま押した。
アンセさんの頬を押しながら、リリィさんは言った。
「私がいつ迷惑って言った?こいつらがいつ迷惑って言った?言ってないでしょ?周りもそうだけど、あんたもあんたよ。迷惑って思ってない事を勝手に自分で迷惑だと思って、怖がって……。いい?他人が怖い、他人の迷惑になるのが怖いってのは、しょうがないわよ。
でもね、その他人が迷惑って思ってない事を迷惑だって思い込むのは、“自分勝手”って言うのよ。だからね、勝手に思い込まないで。他人が怖いのだってそう。あんたが思い込んでるからそう思うのよ。……その思い込みをなくして、もう少し、自分から歩み寄ってみなさい。ちゃんとあなたをわかってくれる人だって、いるんだから」
そういってからアンセさんの頬を放し、自分の後ろに隠れていたアンセさんを、僕らの方へと突きだした。
「それを踏まえて、もう一回、この2人に自己紹介してみなさい」
そういわれたアンセさんは、ストンと僕らの前に腰をおろし、俯いた。
……少ししてばっと顔を上げたアンセさんは、もう、雫を湛えてはいなかった。
吹っ切れたような笑顔で僕らに微笑んだアンセさんは、本当に、可愛かった。
「……アンセ・フィヌリアです。今年からこの学校に入学した、壊滅魔法士です。……臆病だけど、よろしくお願いします!」