4 置き物さんと赤色
今までどんな事があっても、自分のペースを崩さず、常にマイペース……簡単に言うと、周りの事をこれっぽっちも気にしなかった赤髪の子の自己紹介。
僕を含め、この場にいた全員が息を呑んだ……気がした。
きっとこの子も、今までと同様、なんか普通じゃないんだろうなと、薄々僕らは感じていた。
「俺、イージス・クライア。クライア家の三男で、元々、王家に仕える騎士の家系だから、武器、特に剣とかは一通り使えるよ。一番好きなのは双剣かな。得意な魔法……ってか、使える魔法がこれしかないんだけど、回復魔法が得意なんだ。それ以外はダメダメなんだけどね。あはは」
そういって笑った彼は、とても爽やかな普通の少年で……内容も普通で、思わずほっと息を吐いてしまった。
どこからどうみても、ほんと、普通の内容だ。
ちょっとマイペースなだけで、別に変な人ってわけじゃ―――
「あ、でも一番好きなのは、魔力がなくなって苦しくて死にそうなときが一番『生きてるっ!』って感じるときかなー!!」
―――やっぱ変人でしたね!!
魔力なくなると僕ら死んじゃうのわかってるのかなイージス君!
たぶん、直感的にわかってるけどやめられない中毒者状態なんじゃないかなぁ……!!
……だって、「感じるとき」って言った時の顔、完全に色々とまずいというか、心底陶酔してるような顔してたし……。
「……なんで、そんな事やって生きてるって思えるのよ……。わけわかんないわね、あんた」
「うーん。俺も何でなのかよくわかんないんだけどさ、似てるんだよね」
「何が?」
「病気で死にかけたときに」
場が、静寂に包まれた。
そんなことも気にしないイージス君は、まるで今日の天気でも話すかのように……笑顔を浮かべながら、その話をし始めた。
けど、どうにも僕らには、その爽やかな笑顔は、狂った笑顔に見えた。
「俺、昔は病弱でさ、ほとんど寝たきりの状態だったんだよね。毎日がつまらなくて、毎日が灰色だった。でもさ、ある日流行り病にかかって、生死の境を彷徨ったんだ。途切れ途切れな意識の中で、体中が熱くて、苦しくて、痛くて、死にそうだった。……でも、その時、俺は初めて“生きてる”って思ったんだ。熱さを感じれるのは生きてるから。苦しさを感じれるのは生きてるから。痛みを感じれるのは生きてるから。……死にそうだって感じれるのは、俺が、生きてるから。
でも、その日以来、何故か俺の体は今までと比べ物にならない程元気になって、風邪1つひかなくなった。また、あの時の気持ちを感じたい。そう思いながら、何も感じない俺は、どんどん“死んでいった”んだ。
だけどある日、家庭教師に魔法を教えてもらっている最中、配分を間違えたのか、魔法を使いすぎて、魔力が切れかけたんだ。魔力は生命力と共に、俺達を支える重要な要素。もちろん、死にかけた。でも、熱くて、苦しくて、痛くて……まるで、あの時みたいで、そう、“生きてる”って感じたんだ」
そういってニコニコと笑みを浮かべながらイージス君が話しているその話は、なんだか気味が悪くなるくらい狂ってて、なんだか寒気がするくらいに、真っ直ぐだった。
きっと、僕らが幸せなんて遠回しなやり方よりも、直接的な……痛み、苦しみ、熱さ、冷たさ……そんな、体に直接訴えるそのやり方の方が、自分はここに生きているという気持ちを、それこそ真正面から感じ取れるのだから。
僕らとやり方が違うだけで、イージス君のやり方は、自分がここにいることの証明の、列記とした方法なんだろう。
……だから、狂ってると思っても、僕らは彼のその気持ちを、そして気持ちの感じ方を、否定することはできなかった。
誰しもが黙っている中、ふよふよと空中に浮いていたアンス君が、少し驚いた様子でイージス君に近づいていった。
《ねぇねぇ、イージス君って悪魔とか邪神とかに会ったことない?》
「え?いや、悪魔系統に会ったのは君が初めてだけど……?」
《へぇ!じゃあ、イージス君の友達の名前は?》
「友達はアイギス君かなぁ……」
《やっぱり!!》
イージス君が「アイギス」君という子の名前を出すと、予想が当たったみたいにくるくると空中に浮かびながら回るアンス君。
……というか、僕的には友達“は”って言葉が非常に気になるんだけど……“は”ってどういう意味なんだろう……すごい心配になってきたよ……。
そんなことを思っていると、アンス君がイージス君に“やっぱり”と言った意味を話し始めた。
《普通だったら、イージス君みたいに狂ってる人は、悪魔とか邪神とかの玩具とか駒とかにされちゃうんだけど、そのアイギス君が守ってくれてるからイージス君は、悪魔とか邪神とかに精神を奪われてないんだよ》
「そうなんだ!やっぱりアイギス君はすごいなぁ!!」
誰もが思っても言ってはいけないと思って言わなかった“狂ってる”という言葉をさらっと言ったアンス君と、その言葉をなんでもないかのようにさらっと流し普通に話し始めたイージス君を見ながら、ぼんやりと頭の片隅で今の話をなんとなく考えていた。
イージス君の様に、何かを求め狂った人は、悪魔や邪神などに心を付け込まれやすいと何かの本で読んだことがある。
そして、その逆、付け込まれにくい人は、同じ悪魔や邪神、妖精、強い信念や精神を持っている人、……名前に、意味を持つ人。
昔々のお話で、精神を悪魔に乗っ取られた恋人を救うため、精神だけになって悪魔と直接戦い、見事勝利して恋人を取り戻した青年の話がある。
確か、そのお話の青年の名前が「アイギス」という名前だったような気がする。
アイギス君は、その青年の名前と同じ名前だからこそ、恋人ではないが、大切な友人であるイージス君を守る役目を果たしていたのだと思う。
無意識だろうけどね。
考えに一段落ついたところで、未だ話し続けているアンス君とイージス君を見ると、アンス君は悪魔や邪神の事を、イージス君をアイギス君の事を話し続けており、はた目から見ても会話が全然噛み合っていなかった。
まぁ、二人が笑顔で話しているし、互いにとってはいいのかな?と小首を傾げたところで、アンス君の口が急にピタリと止まり、真剣な眼差しをイージス君に向けた。
会話が止まったことに気が付いたのか、イージス君も口を閉ざし、アンス君の瞳を不思議そうにじっと見つめ返す。
アンス君が、言い聞かせるように、ゆっくりと、言った。
《イージス君。……アイギス君を、大切にしてね?》
その言葉に、まだ何も知らない幼い子供の様な視線を返し、イージス君の口はにっこりと弧を描きながら、ゆっくりと、その言葉を確かめる様に口にした。
「……当たり前だよ。だって……アイギス君は友達だから」
その時に見たイージス君の狂った時と同じ様な、けれどまったく違う純情な瞳は、その言葉が嘘か本当か、不安にさせるような何かがあった。
彼が本当に狂っているのか、少し前まで思っていた僕の思考までもを、不安にさせるような何かが。