3 置き物さんと紫色
和やかな雰囲気が、少しずつ落ち着いてくると、紫髪の少女が口を開いた。
「じゃ、自己紹介の続きやりましょ?次は私。私の名前はリリィ・エレリット。苗字でわかるとおり、召喚の名門、エレリット家の人間よ。異端者だけど。土魔法と火魔法と遠距離攻撃系の魔法及び攻撃が得意よ。でも、専門は召喚。結構色んなの召喚できるんだけど、契約してる……1体?……1人?が、許してくれなくて……。
召喚した魔物と一緒に殺される覚悟があるなら、頼まれたらやるわよ。あと、人間と妖精のクォーターで、急に眠気に襲われてその場で昏睡する病気を持ってるわ。これくらいかしら?」
……いや、ひとまずいいとして……まず、2、3個ツッコませてほしいね!!
他の魔物を召喚すると、契約してる1体に魔物とその魔物を出す様に頼んだ人が死ぬってどういうことなの!?
目を白黒させていると、1人ぼーっとしていた赤髪の子が、僕らが今一番気になっていて、そして、怖くて聞き出せない事を聞いた。
「ねぇ、その契約してる子って、どんな子?」
「どんな子って言われるとねぇ……。……実際に見た方が早いわね。アンス!!」
《はーい!何ー?お姉さんー!!》
僕らが止めるよりも早く紫髪の少女が誰かの名前を呼ぶと、黒い穴が突然地面に空いて、その中から声が聞こえてきた。
自分と紫髪の少女との間に空いた穴を恐る恐る見つめると、中は空洞のようだけれど、穴を覆うかのように漂っている黒い靄のせいで、見えなくなっていた。
なんだかそのまま何かに引きづりこまれそうだったため見るのをやめて少し離れると、それと同時に黒い靄が一気に量を増し、溢れ出てきた。
何かと思ってみていると、ゆっくりと、誰かが穴の中から靄とともに浮かび上がってきた。
「……悪魔……!!」
誰かが、小さくそう呟いた。
その少年は、真っ白な髪の毛を持ち、その髪の毛と同じくらい白い肌をしていた。
けれど、その少年の頭と体には、まぎれもなく悪魔の翼と角と尻尾……黒い鬼の様な小さな角と、蝙蝠の様な黒い羽、そしてライオンの様な形をした黒い尻尾が生えていた。
浮かび上がってきた悪魔の目を瞑っている姿は、人形のような白さを持っていながら、人間の様な儚さと……そして、存在だけで感じ取れるほどの『恐怖の様なナニカ』があった。
悪魔は、その閉じていた目蓋を、ゆっくりと開いた。
その瞳は、幼い頃絵本で見た、妖精の様に、水晶玉の様に、真っ白に透き通っていた。
悪魔が、口を開いた。
《お姉さんー!呼んだー?》
……あれは本当に悪魔なんだろうか。
満面の笑みでリリィさんにくっつく姿は、まるで犬のよ……いや、ここは友達の様だと言っておこう……。
とにもかくにも、正直言ってあれを悪魔だとは思えない。
他の人達も、同じような顔を……いや、赤髪の子だけなんとも思っていない顔で、どこかを見ている。
マイペースだな……本当に。
「……そいつが、契約してるって奴か?」
「そう。……って言っても、私の義理の弟なんだけど」
「はぁ!?」
レイト君が思わず叫ぶと、リリィさんがうるさそうに耳を手でふさぎ、悪魔の子は叫んだレイト君を睨んでいた。
悪魔の子をちらりと見たレイト君は、特にそれに反応することもなく、なおも言葉を募ろうとしたところで、耳をふさぐのをやめたリリィさんに手で静止をかけられた。
止めさせられて不満そうな顔をしながらも口をつぐむレイト君を見て、その次に自身の義理の弟と言った悪魔の子を見て、疲れたかのように溜め息を吐いた。
「簡単に言うと、人間と妖精のハーフである私の母さんが、召喚魔法士の名門であるエレリット家の人に無理やり嫁入りさせられて産まれたのが私。で、父親が悪魔堕ち……悪魔と契約して自分の魂を売ってそのまま死んだんだけど、人間と妖精のハーフは貴重って事で母さんは無理やり家の人に引き止められた。
それを助けてくれたのが、今の私達の父さんで、アンス……私の弟の実の父親で、私の実の父親と契約した悪魔。そのうち私の母さんは悪魔と心を通わせ、めでたく、二人は結婚。私の弟が産まれたわけ」
「……すごいお話ですね……」
「でも、それじゃあなんで紫髪のあんたは、エレリット家なんだ?母親が逃げれたんなら、その娘のあんたも、逃げれたんじゃないのか?」
「……その、はずだったんだけどね……。なんでも、私にはすごい上の位の婚約者がいて、私に逃げられたら、その上の位の人との婚約が解消されて、相手側との繋がりがなくなる事態を恐れたらしくて、私が召喚魔法を使えるから、そいつは家の物だってごり押しされて……。母さんの親族の妖精が召喚されて護衛にされてたから、父さんも抵抗できなくって。
でも、父さんが最後にバレない様に弟と契約させてくれたの。だから、私の義理の弟が、私の契約者。……まさか、他の魔物を召喚したらその魔物を殺しちゃうなんて思わなかったけど。まぁ、無理やり連れてきたくせに悪魔堕ちやら異端者やら言うのはイラつくけど、あいつらの思惑通りにはなんなくてよかったって思ってるわ!」
笑顔で言い放つリリィさんに、なんだか戸惑いを隠しきれない僕ら。
……この際、赤髪の子が入っていないのは、もう慣れてきてしまったけれど。
複雑で重いその家族関係に、僕は魔法が使えないから、そういうのに巻き込まれなくてよかったのかもしれないと、初めて自分の体質を少しだけ嬉しく思ってしまった。
そんなことを思っていると、リリィさんがいきなり空中でふよふよとのんきそうに漂っていた弟君の尻尾を掴み……あろうことか、自分の傍へと引っ張った。
《ふみゃっ!?お、お姉さん!?きゅきゅ、急に尻尾握って引っ張らないでよ……》
「触られると気持ちいいだけでしょ?あと、頬染めて内股でもじもじするのは……似合ってるけど、やめなさい。厄介な奴らしか引き寄せないから」
《え?そーなの?》
その言葉に、赤髪の子を除く三人の男子は、一斉に視線を逸らした。
いや、だってですね……人形の様に綺麗で、かつらとか被ったら、絶対女の子にしか見えない中性的な容姿でしてねぇ……?
……正直に言おう、同性らしいが、それを超えるほどの色気があったと……。
それに、リリィさんの隣の緑髪の子もちょっと頬染めてて、指摘された時に我に返ってそっぽ向いたの、見てたからね!
確か、本だと色欲の悪魔はその場にいるだけでも自分に好意を持つ人々を魅了させるらしいから、違う悪魔だとは思うんだけど……さすが悪魔、末恐ろしい……!!
それに、髪や目の色も、普通の悪魔は黒に近い色ばかりなんだけど、白っていう悪魔には絶対ない色だから、さらにそれが助長している感じがするよ……。
「じゃあ、これから一緒に過ごすんだから、挨拶」
《…………は?》
突然、鋭い殺気が、僕らを襲った。
怖かった。これが、悪魔なのかと思った。
何がなんだかわからなくて固まる僕ら。
唯一、レイト君だけはその殺気をなんでもないように受け流して、弟君を睨み付けているけれど、よくよく見ると彼を結構必死みたいだった。
喉の奥にこみあげてくる何かと、ツーンとする鼻、今にも溢れそうな涙を堪え、懸命に彼らの言葉を待つ。
それは、きっと数秒だったにも関わらず、僕らには数時間にも感じられた。
それは、始まるのも突然だったら、終わるのも突然だった。
すっと、弟君が殺気を収めたのだ。
《んー……、前にお姉さんを襲った奴等に比べたら、皆度胸も根性もあるし、何より、お姉さんの悪口言わないし、及第点ってとこ……ふみゅっ》
「……あんた、なーに勝手に姉ちゃんの仲間になる人達に殺気向けてんのよ!あんたが私に巧妙に殺気を隠すから、殺気を相手に向けられても私じゃわかんないのよ!!だから!あれ程!!私に許可とってからやんなさいって言ったのにーーー!!!」
《ふえぇぇー!おねえひゃんごみぇんなはいー!ひゃからほっへはふねりゃにゃいでー!!》
「急に!皆が!!固まって!!!私が!!!!内心どんだけ焦ったことかー!!!!!」
《ふみゅぅぅぅぅぅぅぅううう!!!》
頬を抓られて涙目になりながら空中で足をバタバタと動かす弟君。
……本でも見たことあるけど、どこでも、姉というものは強い……のかもしれない。
姉であるリリィさん完全優勢の姉弟喧嘩……というよりお仕置きは、怒りが僅かではあるが納まったリリィさんが頬を抓っていた手を離したことで終わった。
弟君は、少し赤く染まり、涙目になりつつ頬を自身の手でさすっていたのだけど、笑顔で《えへへー》といいながら花を飛ばしているので、弟君にとってこれはご褒美なんだろう。
……もう、色々と手遅れだね……。
「ほら、ちゃんと謝って!それで、挨拶する!!」
《うぅ~……。はぁーい》
そうこう考えているうちに、互いしか見ていなかった二人がこっちを向く。
さっき浴びた殺気を思い出して、思わず逃げそうになるが、なんとか理性でそれを抑えて弟君に向き直る。
《えっと、あの……さっきは……ごめんね?この学校の人達、皆お姉さんをバカにする奴等ばっかだから、君たちはそんなことしないのか、試したくなっちゃって……》
それについては、本当に反省しているのか、はたまた悪魔の嘘がつけないという性質の所為なのかはわからないけど、それでも、殺気を僕らに放ってきた相手とは思えない程しおらしい姿で、僕らに謝ってきた。
だが、それも一瞬だったようで。
《でもでもでも!君たちほんとすごいよ!子供の僕の殺気と魔力とはいえ、泣く人が1人もいなかったんだよ!特にそこの金髪のー……えーっと……?》
「レイトだ」
《そう!レイト君!この中で、魔力を感じ取れない黒髪の子を除いて、1番魔力が少なくて、その分伝わる威力もすごかっただろうに、耐えた上に僕に殺気返してくるなんて!すごいよ!
あっ、僕はアンス。知識の悪魔だよ。普通は何の悪魔かとか、名前とか、容易に教えちゃいけないんだけど、僕の殺気と魔力に耐えきったのと、これから仲間になるから、特別だよ?》
急に元気になったアンス君に少々驚きながらも、僕だけ他の人達より周りを見る余裕があったのは、魔力の分を感じ取れなかったからなのかと、少し納得した。
だって、他の人が欠片も動けないのに、僕だけほんの少しだけど周りが見れるのは、おかしい。
なるほどと1人でいろいろ考え込んでいると、少し和やかになり、脱線しそうな自己紹介を終わらせようと、レイト君が声をあげた。
「で、アンスも紹介も終わったし、次、誰やる?」
そういうと、和やかだった雰囲気が、一気に氷ついた。
さすがに、悪魔のアンス君の次にやるというのは、皆気が乗らないのかもしれない。
僕は自己紹介しようにもできないし、どうしたものかなーと考えていると、1つの手が、すっとその人の真上に上がった。
上にあがったその手のひらを見つめ、そこから視線を段々降ろしていくと……今まで、全然関わってこなかった、彼だった。
「次、俺やるよ」
そう、赤髪の彼だ。