2 置き物さんと金色
キンコンカンコンと、始業5分前の鐘がなる。
ハッとしながら本から顔を上げ、急いで本を棚に戻すと、扉を開けて少々小走りに図書室を出た。
途中、人がいない今だから使える近道を通りながら、やや早めに廊下を駆けると、この前発表された、僕の新しいクラスが見えた。
少し息を整えてから教室に入ると、外部受験で今年から新しく入ってきた生徒が、こちらを見て驚きに目を丸め、そして、気がついたかのように僕からバッと顔を背け、ひそひそと囁き始めた。
そんなことはお構いなしに、クラス替え初日から黒焦げになり、水浸しになった、倒れている無残な机を起こし、バッキバキに壊れている椅子を机の下にまとめ、手に持っていた鞄から今朝渡された明日までの課題を、正座をして床でやり始めた。
そんな悲惨な状態を気にするのは、まだこの学校に慣れていない外部生だけであり、そのほかの、もともと繰り上がりの人たちは僕の状態を無視しながら、先生の話を聞いていた。
「―――これで全員だな」
自己紹介と出席確認を終え、このクラスの新しい担任である先生は、出席名簿を閉じた。
僕だけ自己紹介をしていないが、忌み嫌われる僕はそれを求められることもないし、自己紹介をしなくたって、ちゃんと授業に出ていればきちんと出席欄に丸はつけてもらえるため、なくても別になんとも思わない。
最初の頃は、ちょっと悲しいと思っていたけれど。
頭で別のことを考えながら課題をやっていると、カランカランという缶の様な音が聞こえてきた。
不思議に思って顔を上げ、辺りを見回すと、コツンと何かが僕の頭に当たる音がした。
少し痛む頭に手をやりながら、僕の頭に当たって床に転がったものを見ると、それは確かに缶で、その中には上の部分が少し割れた棒が一本、入っていた。
その棒を見て僕は、ああ、今日はチーム決めの日かと思い至った。
僕らは、13歳を迎える年になると、1番最初に、3年間一緒に課題やテストなどを共に行う、6人1組のチームを作ることになっている。
そして、そのチーム決めは、公平を保つために6クラスから1人ずつ、くじ引きで決められることになっている。
僕の場合、上の部分が割れているため、公平とは言い難いかもしれないが、欠落者であり置き物であり忌み嫌われる存在であるため、このことを僕が告発しても、担任に処分はあるだろうけど軽い物だろうし、むしろ僕の方がさらに学校で居づらくなるだけだ。
ため息を吐きたくなる気持ちを抑えながら、最後の一本を引くと、棒の先には、小さな絵が描かれてあった。
……これは、ドラゴ―――っ!?
僕の意識は、吹っ飛んだ。
***
「ねぇ君、大丈夫?」
ゆっさゆさと揺さぶられた僕は、まだ閉じたままでいたいという目蓋を無理やり押し上げ、ゆっくりと目を開いた。
起きたばかりで僅かに霞む視界の中に映るのは、心配そうな顔をした、顔立ちの整った赤髪の少年。
大丈夫だという様に首を縦に振ると、にっこりと笑って僕の傍から少し離れた。
上半身だけを起こして周りを見ると、少しずつはっきりしてきた視界の中に、床の緑の芝生以外全面真っ白な壁と、その空間の中で思い思いに佇む4人の姿が見えた。
この国でもあまりいなさそうなカラフルすぎる髪の毛の人達を遠目に見ながら、赤髪の少年が「目ー覚ましたよー!!」と4人を呼ぶのをボンヤリ聞く。
赤髪の少年が4人を呼ぶと、思い思いに佇んでいた4人が一斉にこちらを向き、こちらに向かってきた。
そして、4人の中で一番近くにいた金髪の少年が、僕に声をかけ―――
「君、大丈夫だったかい?」
―――気持ちわるっ!!!
何これすごい鳥肌立った!!
いや、別に声と顔が合わないとか、口調と顔が合わないとか、僕が罵倒とか無視とかに慣れ過ぎたとかじゃなくて、なんだか違うんだよ!
なんかこう……そう、まるで自分を違う風に見せかけているみたいな……簡単に言うと、猫を被ってる僕の親戚に似てるんだ。
王子様みたいなすごいかっこいい人なのに、ここまでこの口調が合わないとか、なんか意味が分からなくて、僕が変になったみたいだ。
金髪の子の話を聞いている風に見せながらも腕を擦っていると、他の3人も僕らの元へと集まってきた。
6人集まった所で、金髪の子が話を止めた。
やっと終わった……と心の中で安堵していると、また金髪の子が話し始めた。
「じゃあ、6人揃ったことだし、自己紹介しようか」
何故自己紹介をしなければならないのだろうと首を捻っていると、最初に僕の傍にいて起こしてくれた赤髪の子が、不思議そうに質問をした。
その質問を聞いた金髪の子が、同じく不思議そうに首を傾げながら質問に答えた。
「あれ、聞いてない?ここに魔法で飛ばされる前に、3年間一緒のチームをくじでやったでしょ?被らないように6クラス1人ずつの6人チームになるように。ここは、僕らが自己紹介とか、親密を深めるために飛ばされた部屋だよ」
鳥肌を抑える様に腕をさすりながらも、そういえばそんなことが本にも書いてあったなと記憶の片隅にやっていた記憶を引っ張り出す。
あまりに興味がなかったためずっと忘れていたが、くじを引くと、そのくじと同じ絵柄の6人は、先生が作った異空間に飛ばされる。
普通だったらちょっと揺れを感じるくらいだけど、欠落者のため、雑に飛ばされたのと、魔法を使えないから魔法による耐性がついていなかった僕は、飛ばされた拍子に意識を飛ばしたのだろう。
皆の顔から、意識を飛ばしていた時間はそんなに長くはないとは思うけど。
そんなことを考えていると、金髪の子から自己紹介をし始めた。
「僕はレイト。苗字がない所から察してもらえるように、庶民の出だ。でも、ここには奨学金で通ってるから、最初……6歳から通ってる。得意な魔法は―――」
―――気持ち悪い……
あまりの気持ち悪さに思わず心の中で呟くと、今までしゃべっていた金髪の……レイト君の顔が引きつった表情のまま固まった。
あれ?と思いながら周りを見ると、他の人の目を、一斉にこっちを向いていた。
びっくりしながらレイト君を見ると、無理やり笑顔を作りながら、僕へ問いかけた。
「あー……、もしかして、まだ気持ち悪かったりする……のかな?転移の影響で」
あ、もしかして僕、心の中で言ったつもりが、口に出して言っちゃってたのかもしれない。
というか、絶対そうな気しかしなくなってきたんだけど。
いや、だって、さっきまで完璧な笑顔だったレイト君が、ここまで笑顔を崩すなんて、それしかないと思うけど……。
あれ、でも、そうすると、自分でもそれが気持ち悪いって思ってないと、そんな露骨に反応しないんじゃ……。
そこまで考えて、僕は思考を切った。
考えたってどうにもならないし、今はそれよりも、彼に返事をしないといけない。
そこでちょっと焦ってしまった僕は、思わず用意した建前と、逆の事を言ってしまった。
曰く、君のその口調が気持ち悪いという、本音を……。
あ、やばいと思いながら焦る僕、固まる周り。
いや、1人だけなんとも思わずにのほほーんとしてる赤髪の子がいるけど、たぶんあの子は例外。
焦り続ける僕を見て、レイト君の目は段々据わった目になっていき、面倒くさそうに溜め息を吐いて、綺麗に梳かれた髪の毛を片手で簡単に整えられる程度にくしゃくしゃとかき回した。
「……俺の猫かぶり見破ったの、お前で2人目だよ。どうやって見破った……いや、やっぱいい。面倒そうだし、大体予想つくから」
そういったレイト君は、さっき感じてた気持ち悪さなんて一切感じなくて、僕は安心して擦っていた腕から手を離した。
猫かぶりが見破られ、もう猫を被る必要もなくなったレイト君は、さっきの王子様のような印象から一変、普通の子の様に自己紹介を改めてし始めた。
「俺の名前はレイト。庶民の出。猫かぶりは……まぁ、一種の処世術みたいなもんだ。魔力は少な目だが、節約とか色々してるから、基本的になんでもできる。総合成績は学年トップだからな。
筆記はこの黒髪に負けてるが。さっき言った通り、得意魔法は特にない。イメージ保持のために、光魔法とかいってるけどな。けど、1番好きな魔法は闇魔法とか毒魔法とかの暗殺向きのやつ。他人に苦痛を味あわせて苦痛や恐怖とかの絶望的な表情をさせるのが生き甲斐。以上」
ごめん訂正。普通の子みたいな感じで自己紹介してなかった。
いや、途中までは普通って言ってもよかったんだけど、最後の文がどうしても普通じゃないと思うんだ……。
今度はこっちが固まっていると、唯一驚きを見せていなかった紫髪の子が反応した。
「他人に苦痛を味あわせて絶望的な表情をさせるのが生き甲斐なんでしょ?でも、猫かぶってたらできなくない?影でやるの?でも、見たところ権力とか嫌うタイプだと思ったんだけど」
「お前ら、『喪失王子』っていう皮肉の利いた俺の異名がつけられた元の話、知らねぇの?誰と試合する時にも、双方が対等とみなしたものを賭けるさいに、俺が勝ったら必ず、俺が敵とみなした相手の試合中の記憶を消すっていうのをつける話」
普段興味がないため、そんな話を僕は聞いたことがなかったが、他の人達が皆一様に頷いているため、本当の事なのだろう。
確かに、それならどれだけ相手を苦しめたって、わかることはない。
この世界の人々は、試合や誰かと戦う場合、事前に勝った場合の報酬を提示することがよくある。
ただし、それは物に限らず、双方が対等とみなしたものであればなんでもよく、戦闘終了後、絶対遵守するために神に誓うことが必要だ。
まぁ、この世界で唯一神であるカルマを信仰していないということはありえないし、その誓いを破ったならば実際に天罰が下るため、背くなんて人はいないけど。
ともかく、双方が対等とみなせば、記憶を消す……なんてことも実際に可能だ。
それに、これを提示することで、自分の手の内が漏れることはないし、「自分が敵とみなしたもの」と言っている通り、外から誰かが見ていたとしても、記憶を消せる。
だけど、この方法は本当にその人が信用されていないと、相手から卑怯と言われて呑まれない事がほとんどだし、公式戦などではこの条件は認められない可能性が高い。
猫かぶりだけで人に信用されてるなら、本当にすごい子だと思うと同時に、公式戦などではどうするのだろうと首を傾げていると、その疑問を持っているのに気が付いたのか、こちらに向けて言った。
「ああ、別に、この学校の奴らが大っっっっっっっ嫌いなだけでやってることだから、公式戦とか、外での他人との戦いでやるつもりはない。……まぁ、外なら俺は普通に後ろから奇襲かけるから、相手が苦しむのにかわりはないけどな。学校の奴らにやってる精神的苦痛を与えないだけだけど」
……とりあえず、私怨が関わってるのであって、無差別にやってるわけじゃないのなら、……しょうがないのかな。
猫かぶりも、そのための手段の一つなのかもしれない。
そう思うと、恨んでいるわけではないけれど、学校全体から酷い扱いを受けている僕としては、なんだか納得がいってしまった。
「たぶん、てか絶対、この学校の奴等に対してはそれをやめるつもりはないが、それでいいな。それを受け入れられないんだったら、悪いが、授業以外で俺に関わるのはやめろ」
そういったレイト君は、絶対に否定的な言葉がくるだろうと思っていたんだろう。
現に、僕も否定的な言葉が出てくると思っていた。
けれど、他の皆から出てきたのは、そんな言葉ではなかった。
「別に、そんなの気にしないわよ。むしろ、もっとやってもいいくらい。私、あいつら嫌いなのよね。あいつら、疫病神だ異端者だ悪魔堕ちだと騒いで……!ってことで、私はいいわ」
「え、えと、あの……私は、そういうのって個人の自由……だと思いますし、それに、人を殺さないなら……それで、レイトさんのモヤモヤが晴れるのなら、いいんじゃないでしょうか……」
「……気に……しない…………」
「俺、興味なーい!!」
そういいながら賛同していく彼らに、僕も頷く。
それを見たレイト君は、少々唖然とし、次第に顔を俯かせ肩を震わせ、しまいには大爆笑していた。
「ぷっ……くっくっく……あっははははははは!!!お前ら揃いも揃ってバカかよ!いやー、よくこんな奴等ピンポイントで集められたよなー!誰一人平均的な奴がいないってのは、もう、学校側の策略じゃねぇの?あはははははは!!!」
「ちょっと!あんたさっきから笑いすぎ!何がそんなに面白いのよ!」
「だって、普通こんなの偽善と上辺だけの奴等だったら、絶対呑めない事だぜ?それをお前らはあっさり呑んだ。しかも、嫌いやら興味ないやら、渋々って奴がいない所がますますおかしいぜ!あー!俺、ここのチーム選んで正解だったわー!」
最初の時の王子様の様な笑顔ではないけれど、こっちの方が、とても彼らしく感じたのは、きっと気のせいじゃないと思う。
庶民なのに成績優秀者で、総合成績で1位をとっていたら、それはそれは他の貴族たちに目をつけられる。
そして、それを助けようとしている貴族も、偽善と、周囲の目を気にしての行動だと、頭の良い彼にはわかってしまったのだろう。
それが、彼は嫌だった。
だからきっと、猫をかぶって優等生で人当たりのよい人物を演じていたのだろうし、こうして素直に笑える、仲間もいなかったのかもしれない。
でも、それじゃあいつか壊れてしまうのをわかっていて、万が一見つかってしまったら今まで以上に酷い仕打ちを受けてしまう可能性を秘めた、「学校の中の生徒に試合で苦痛を味あわせる」という暴挙にでたのかもしれない。
僕の勝手な妄想に過ぎないのだけれど。
ともかく、彼がこうして笑顔になってくれて、本当によかった。
まだ、心の内の1割しか出せていないのかもしれないけれど、こうして笑えるなら、きっと大丈夫だ。
僕らはうまくやっていける。
きっとこの中で1番性格に難があっただろう彼を見つめながら、そう思った。