14 白粉さんとチーム内戦
カーテンに遮られた光が、明るさを弱めながらも私に降り注いでいる。
その光に目を細めながら、私は暖かい布団から冷たい床へと足を下ろした。
両手をまっすぐ上にあげて、1回だけ大きく伸びをすると、昨日枕元に置いた服に手を伸ばした。
寝巻きからいつもの服装に着替えてから、私の部屋から出る。
リビングに出ると、机の上には何もなかったから、同室の子はまだ起きていないのだろう。
リビングの一角にあるキッチンに向かい、不格好ながらも軽く朝食を作る。
普通だったら、私たち貴族はお手伝いさんがやってくれるのだけれど、私は実家からお手伝いさんを連れてきていないし、食堂もあるにはあるが、そもそも人が苦手な私には、大勢の人がいる食堂にはなるべく行きたくない。
朝食を食べ終えたら、水道でお皿を洗ってから、自分の部屋へ一旦もどる。
皆との集合時間に遅れていないか時間を確認してから、布団の横にある小棚の引き出しを開け、中からブローチを取り出す。
スノードロップ……別名、待雪草の名前を持つ花の形を象ったこのブローチは、ルノ君から貰った大切なもの。
いつもは失くすと困るから置いていっているけど、今日だけは特別。
今日は、チームの皆に私の今の状態を見せると共に、私自身が、どれだけルノ君に近づけたかを、確認する日でもあるから。
どうか、ルノ君に少しでも近づけていますように。
そう願いを込めながら、いつもだったらネクタイのように縛っているスカーフを、縛る代わりにブローチで止める。
スカーフがずれていないかを鏡で確認してから、私の部屋を出た。
そして、この部屋……115号室の扉に手をかけた。
少し扉を開けてから、振り向いて、私は小さく言った。
「……行ってきます」
返事をする人は、今も昔もいないけれど。
***
少し小走りで中庭の方へ行くと、イージスさん以外の人たちがすでに集まっていた。
息を切らしながら、彼らが集まっている場所へとたどり着く。
「す、すいま、せ……遅れ、まし、た……」
「いや、遅れてねーからな。俺らが早かっただけだから」
「そんなに急がなくても、時間はまだあったんだから、ゆっくりこればよかったのに」
そういって私を気遣わしげに見てくる皆さん。
でも、こんな風に私に優しくしてくれる皆さんを、私を化物だと言わない皆さんを、待たせるわけにいかないじゃないですか。
……私が皆さんに、早く会いたかったのもありますけど。
なにせ、今までの期間、モノさん以外の方とろくに喋っていないのだから。
チーム内戦なのだから、しゃべることで気を許し、全力が出せなかったり、取引をしてわざと負ける……なんてことがある可能性があるみたいで、そのせいでチーム内戦準備期間中は、自分のチームと話すことは事務的な会話以外は禁止されている。
私たちのチームは2人1組だったから、まだモノさんと話せたけれど、これでほかのチームだったら、準備期間中、誰とも話せないという辛いことになっていただろう。
……まぁ、そもそもこのチームの人以外の人とは、全然話さないのだけれど。
「おーい」
そんなことを考えていたら、上から声が聞こえてきた。
その声は、まだこの場にいないイージスさんの声なのだけれど……周りを見回しても、イージスさんの姿はみえない。
他の人を見ると、リリィさんとメレーテさんは私と同じように周りを見回してたけれど、モノさんとレイトさんの2人は、揃って真上……私たちの頭上を覆う1本の木を見つめていた。
「…………何やってんだよ、イージス」
驚きながら頭上を見上げると、結構な高さにある木の枝に、イージスさんが座っていた。
ニコニコと笑顔を見せたまま、降りる様子を見せないイージスさんに、呆れたように声をかけるレイトさん。
けれど、それに答えないまま、ただニコニコと笑っているだけ。
レイトさんが再び声をかけようとしたのか、もう一度口を開いて……そして、小さく「……あ」と呟いて、疲れたように頭を片手で抑えた。
何かに気がついたのだろうかと思ってレイトさんを見ていると、レイトさんはイージスさんをもう一度見上げた。
「……今行くから、なんもすんなよ」
「はーい」
「重」
レイトさんが一言そう言うと、それと同時に、まるで何かに跳ね返されたかのように勢いよく垂直に飛び、イージスさんを越し、その上の木の枝を掴んでから、イージスさんがいる木の枝に飛び乗った。
突然のことに驚いていると、レイトさんがイージスさんの腕を掴み、先ほどと同じ言葉を唱えたあと、ゆっくりと下へ降りてきた。
きちんと着地すると、レイトさんはイージスさんの腕を放して、向き直った。
「助けてくれてありがとー」
「……で、なんであんなとこにいたんだ?」
「いや、実は、集合時間の大分前に目が覚めちゃって、散歩してたらこの木があったから、なんとなく上ってみたんだ。そしたら、あそこまで案外上れちゃってさ。でも、上るときに使った枝が何本か折れたから、降りるに降りれなくなっちゃって」
「馬鹿か」
「いてっ」
イージスさんに短く文句を言ってから、イージスさんの頭を叩いて、私たちが自然に作っていた輪の中に戻ってくるレイトさん。
そんなレイトさんと共に、叩かれた頭を痛そうにさすりながらも、イージスさんも輪の中に入ってきた。
開始時間よりも少し早い時間に集まった私たちを見て、レイトさんとモノさんが2人で頷きあったあと、レイトさんが話し始めた。
「とりあえず、全員集まったってわけで……先生が来る前に、話しておきたいことがある」
真剣そうな表情で、レイトさんが皆にいう。
その表情に、知らず知らずのうちに、息を呑む。
レイトさんは、皆の顔をゆっくりと見回して……そして、一言、言った。
「勝利したチームの、報酬についてだ」
その言葉に、ニヤリと、ニコニコと、ジーッと、そして、ポカンと、皆がそれぞれまったく違う反応を見せた。
報酬と聞いたリリィさんは、待ってましたとばかりに口角を上げ、イージスさんは、まるでそれが言われるのをわかっていたかのように、笑みをたたえたまま。
メレーテさんは、早く続きを促すかのようにレイトさんを見つめ、先ほど、2人して見つめ合って頷いたモノさんは、このことについて知らなかったのか、唖然とした表情をしている。
そういう私は、慌てていた。
「で、でも、今回の勝負は、そういうの、やっちゃ、ダメだって……」
「バレなきゃいいんだよ」
「優等生の発言だとは思えないわね……」
「そりゃ、根は優等生じゃねぇからな。それに……報酬で、誰かに頼みたいこととか、言いたいこととかあんじゃねぇのか?」
その言葉に、息が止まった。
確かに私は、言いたいことがある人がいる。
けれど、それは、神に誓ってまで叶えたいことなのか……ううん、叶えたいことなの。
だって……仲間なのだから。
「あの、モノさん……報酬の事、私が決めていいでしょうか?」
私が恐る恐るモノさんに尋ねると、少し不思議そうな顔をしたものの、微笑みながら頷いてくれた。
その表情に、本当に優しい人だと思いながらも、私は手を挙げて言った。
「報酬、決めました」
「お、1番渋りそうなアンセからとは……意外だな。で、なんだよ?」
「私たちが勝ったら、モノさんにもっとご飯を食べさせてあげてください」
私の言葉に、皆は深刻そうな表情になり、モノさんを見つめる。
一方のモノさんは、突然自分のことを言われてびっくりしたのか、皆を見て、私を見て、を繰り返している。
私は、今のモノさんの食生活を……仲間として、放っておけない今の現状を、伝えた。
「本で見たんですけど、モノさんの体重、モノさんから聞いた身長にまったく釣り合ってないんです。平均体重よりも、大分低かったです。それに、何回か食堂で一緒にご飯を頂いたんですけど、私が食べる量よりも少なくて、少し脂っこいものを食べると、すぐに顔色を悪くして席を立ってしまいます」
「……モノ君、そんなのでよく今まで生きてこれたね」
「女、の子の、アンセさん、より、少ない……のは、まずい」
「これは、早急に改善が必要ね」
「おい、モノ。なんで言わなかった」
威圧感たっぷりに、私たち以外に向ける笑顔をモノさんに向けるレイトさん。
それだけでも、大分怒っているのが伝わってくる。
それを直に受けているモノさんは、ビクリと肩を揺らしたあと、気まずそうな表情で顔を背けた。
……この人、絶対、別に言う必要はないと思ってた……とか思ってそう……。
そんなことを思っていると、レイトさんも同じことを感じ取ったのか、疲れたように息を吐いた。
「……アンセ、モノチームが勝ったら、モノにもっとご飯を食べるように、強制的にさせる。俺らが勝ったら、強制じゃないが、ゆっくりと慣れさせていく」
「それだと、わざと負けようとするんじゃない?」
「手抜きしたら、どこが勝っても無理やり食わせる。それに……」
そう言葉を切ったレイトさんは、悪い笑みを浮かべながらイージスさんの方を見る。
視線を送られたイージスさんは、一瞬、なんのことかわからないかのようにきょとんとした顔をしたが、すぐに納得したかのような表情になり、頷いた。
その表情に、レイトさんはさらに笑みを深くした。
「それに、俺らのとこの報酬は……俺らドラゴンチーム以外の奴への対応を、俺の素の時と同じにすることだ」
……レイトさんって、本当に意地悪というか、性格悪いというか……いや、知ってましたけどね。
だって、見た目からして優しそうなモノさんに、素のレイトさんと同じ反応しろって言ってるんですよ。
だから、今まで貴族の方とぶつかったら「すいません」って言ってたのを、「なんだよ」って睨みつけたりしなくちゃいけないってことで……ご愁傷様です。
ポカンとしていたモノさんだけれど、段々と報酬の恐ろしさを認識したのか、僅かに青ざめている。
それを見たレイトさんは、面白そうにニヤニヤと笑っている。
……というか、それを提案するレイトさんもどうかと思うけど、了承するイージスさんもどうかと思うな……たぶんあの人は、面白いからっていうのと、これをやれば本気出さざるを得なくなるみたいな感じで、口車に乗せられたような気がするけれど。
「……ほんと、性格悪いわね。あんた」
「知ってる」
リリィさんのなんとも言えない微妙な視線もどこ吹く風なレイトさん。
そんな風にして私たちからの視線を受け流していたレイトさんが、今気がついたように小さく声を上げ、リリィさんの方を向く。
「そういや、お前たちのチームは何にすんだ?」
「……?何が?」
「報酬」
「「……あ」」
忘れていたらしい2人は、同時に声を上げたあと、2人で集まってこそこそと話し始めた。
私とレイトさんのところがモノさん関連だったからか、リリィさんのところも自分関連なんじゃないかと戦々恐々としているモノさん。
そんなモノさんを気にもしないで相談していた2人は、少ししてから、決まったのか話すのをやめた。
その様子を見ていたレイトさんが、2人に尋ねる。
「で、何に決まったんだ?」
「なんか、メレーテが、皆をデッサンしたいみたいよ」
リリィさんの後ろに隠れてしまったメレーテさんの代わりにリリィさんが言うと、その後ろでメレーテさんが、頷いた。
それを聞いてレイトさんが、関心したように声をあげた。
「へー……!絵なんて描くんだな。どんなの描くんだ?」
「そ、そんな……凄いの、じゃない。人、物だけど、デフォ、ルメだし……静止画、で、動き、ない、し……立ち絵、だし……」
「いや、それでも描けるだけ凄いと思うぜ?」
そういって話すレイトさんとメレーテさんを見つつ、チラリとモノさんを見ると、自分だけのものじゃなくてほっとしたのか、安堵した表情をしていた。
そんなモノさんに、「手を抜くなよ」というように、視線だけで釘をさすレイトさん、流石です。
リリィさんのチームの報酬に、皆大丈夫と了承をとったところで、レイトさんがもっと小さく輪を作るように私たちを手招く。
何をするのか、さすがにもうわかってきた私たちは、さっきよりも小さく輪を作り、右手を挙げた。
「唯一神カルマに誓って」
「アンセ・フィヌリアとモノが勝利したときの願いは、モノさんにチームの皆がご飯を強制的に食べれるようにすること」
「イージス・クライアとレイトが勝利したときの願いは、モノ君がドラゴンチーム以外の人への対応を、レイト君の素のときにする対応と同じにすること」
「リリィ・エレリットとメレーテが勝利したときの願いは、メレーテに皆のデッサンをさせること」
「以上の願いを、勝利者に与えることを、誓います」
勝ったときの報酬を互いに約束し終えた私たちは、右手を降ろした。
いつもはやらないから、合ってるかちょっと不安だったけれど、あっていたみたいでよかった……レイトさんが聖者役をやってくれたから、本当に助かった。
そう思っていると、先生がこちらに駆けてきた。
……もうすぐ始まると緊張してくるけど、準備期間中、モノさんと頑張って練習してきたんだ、大丈夫。
私は、小さく、あの言葉を呟いた。
諦めなけりゃ、なんとかなる。
***
「では、ルール説明をします」
「今から、結界の部屋を貼ります。その中に、あなた方3チームをランダムに飛ばします。そこからチーム内戦を始めてください」
「勝敗は、チームの2人がどちらとも戦闘不能になったら敗北です。戦闘不能かどうかは、中に入った時に出現する、頭上に浮かぶ赤い横線を見てください。その赤い横線がなくなると、戦闘不能とみなされ、結界の部屋の外にはじき出されます」
「また、痛覚の大部分は排除されていますが、完全ではありません。それと、急所に当てると、赤い横線を大幅に削ることができます。あと、怪我はすぐに回復できるので、心配はいりません」
「それでは皆さん、頑張ってください」