12 白粉さんと友達
ルノ君と出会って、5年が経った。
その間、誰にも見つからないようにルノ君と魔法の練習をして、最初の頃よりは大分魔力を制御できるようになった。
まだ、完璧じゃないから感情の変化によって暴走してしまうこともあるけれど、それでも前みたいに我を失ったり、暴走してもそこまで大きいものではなくなった。
けれど、魔法の事を知っていくたびに、この力がどれだけ危険なものなのか、どれだけ恐ろしいものかを実感してしまい、ただでさえ他人が怖かったのに、私が暴走しても確実に止めてくれるルノ君以外の人が、さらに怖くなってしまった。
だけど、それでよかった。
だって、私はこれから先、私を怖がる人々と接したくはないし、向こうも嫌だろうから、ルノ君以外の人間とは関わる気はまったくなかったから。
……けど、ルノ君は、確かに魔力は多いけど、私程ではないし、きちんと制御もできる。
私みたいに家から出られないわけでもないし、魔法だって色々な魔法を使うことができる。
魔法の制御だってできなくて、その上、危険な程大量な魔力を持っている為、化け物と言われて、そのせいで家に軟禁されている私とは、大違いだ。
だから彼が、急にあんな事を言い出しても、しょうがなかった。
「俺、魔法学校に行こうと思ってる」
目の前が、真っ暗になるような感覚がした。
ずっとこのままって言うのは無理だってわかっていたし、私がこのまま軟禁された状態ならば、いつか別れるかもしれないとは、幼いながらにも、なんとなく感じ取っていた。
けれど、こんなに早く来るとは思っていなかったし、私にはルノ君しかいなかったから、急に足元がなくなったような感覚に襲われながら、ルノ君に震える声で尋ねた。
「きゅ、急に……どうした、の?」
「……この前、この街に魔物が襲ってきただろ。その時に、魔物退治と怪我人の治療を手伝ったんだよ。そしたら、魔法学校に来ないかって推薦状貰ったんだ」
そういって、小さなキラキラと光るバッジをポケットから取り出し、私に見せてきた。
そうしてから、1回そのバッジを指で真上に弾いてから、落ちてきたバッジを手で取り、再びポケットの中にしまった。
それを見つめながら私は、どんどんと視界が狭まっていくのを感じた。
嫌だ、行ってほしくない。
私を置いて、いかないで。
そんな私の内心も知らず、ルノ君は私に、ルノ君が推薦状を貰った魔法学校に事について話をし始めた。
「その魔法学校は、技術力が重視される学校で、魔法の技術が高い奴なら、一般人でも貴族と同じような条件で勉強できるらしい」
「……そ、うなん、だ……」
そう小さく呟くと、ルノ君が急に目を細めて、私を見つめた。
「……止めないんだ」
「……止めて、欲しいの?……」
「いや?ただ、フィヌリアなら止めるだろうと思ってた」
そう私に言うルノ君は、真剣な目をしながら、私に、問いかけた。
鋭い瞳が、さらに鋭く細められ、いつもならそれに安心するのに、今日はなんだかちょっと、怖く感じた。
「なぁ、本当は、どうなの」
「……何が……?」
「俺に、行ってほしいのか、ほしくないのか」
「なん、で……そんなこと……」
「……今のフィヌリア、凄く、泣きそうな顔してる。最後の日まで、……と、友達の…、悲しい顔なんて、見たくないし」
そういってから、照れたのか帽子を深く被り直し、それでも、私に向けた鋭い視線は、そらさなかった。
その言葉に、限界まで堪えていたものが、一気に溢れだした。
昔はよく泣いていたから、見慣れているのか、予想していたのかわからないけれど、私が突然泣き出したのに動揺することもなく、私を見つめている。
友達って言ってくれたことが嬉しくて、でも、どこへも行ってほしくなくて、私は、涙を流し続けた。
「泣くなよフィヌリア」
そういって、私の涙を拭おうと、手を伸ばしてくる。
けれど、その手が、先ほどバッジを握っていた右手だと気が付いて、なんだか嫌になって、反射的にその手を払った。
はっとしてルノ君を見ると、ほとんど表情は変わっていなかったが、僅かに傷ついた顔をしていた。
けれど、それに知らないふりをして、私は、目を背けて、口を開いた。
「……いい、よ」
「え?」
「いい、よ。ルノ君が、魔法学校に行っても。別に、なんとも思わないし。むしろ、そうしてくれた方が、ルノ君に振り回されなくってせいせいするもん!早く行っちゃえばいいよ!!」
違う。そういう事を言いたいんじゃない。
私は、ルノ君に行ってほしくなくて、でも、心配かけたくなくて。
ルノ君を見ると、わかりにくいけれど、寂しそうな顔をしていた。
そんな顔をさせたいんじゃない。
そんな気持ちとは裏腹に、私の口は、私が思っている事とまったく逆の言葉を、ルノ君に投げつける。
「いつもいつも、私を泣かせて楽しんで!かくれんぼの時、魔法は使わないって言ったのに、結局魔法使ってて、見つけられなくて、怖くて、寂しくて!」
「……ごめん」
「幻覚魔法の練習の時だって、私の嫌いなの見せてきて、怖くて、嫌で……」
「ごめん」
「いつも、泣かせて。いつも、怖がらせて。いつも……私1人、置いてく」
「……」
帽子を目深に被り、俯くルノ君の表情は見えないけれど、なんとなく、申し訳なさそうな顔をしているような気がした。
ルノ君への不満が、口から零れていく。
捜索魔法の練習、だなんて言ってかくれんぼを初めて、自分は魔法を使わないなんて言ったのに、実は魔法使って隠れてて、いくら捜索魔法使っても見つけられなくて、もしかしたらルノ君は帰っちゃったのかと思って泣いた。
幻覚魔法の練習の時、見本だと言って私に幻覚魔法かけて、私の嫌いな動物を見せられて、泣いた。
……でも、いつもそのあとに、少し笑いながらも謝ってくれたし、優しくしてくれた。
…………だけど、ルノ君はいつも、私を置いて行った。
魔法だって、自分だけどんどん上手になっていって、私を置いて行った。
いつも、自分は外に出て行って、私をこの場所に、置いて行った。
今だって、この場所に私1人だけ置いて行って……そして、簡単には戻ってこれないような場所に行こうとしている。
黙り込んだ私が、もう何も言わないと思ったのか、立ち上がり、背を向けて、帰ろうとする。
私の、手が届かない場所へ。
その時、私の内側から、何かが湧きあがってくるような感覚がした。
これは、初めて魔力を暴走させたときになんとなく感じていた、あの時の感覚と同じだった。
ルノ君の帰り道が、茨で塞がれる。
私の周りを、強風が吹き荒れる。
突如黒い雲が空を覆い、私の涙に呼応するかのように雨が降り始める。
「行かないで!!!」
雨がさらに激しくなり、ルノ君が見えにくそうに頭を振り、帽子から出ている髪の毛から垂れる雫を払い落とす。
強風が私の周りを覆う様にしているから、私に雨は降りかからないけれど。
私がいるところだけ無風で、まるで今の私のようだと、何故か冷静な頭の片隅で、そう思っていた。
けれど、やっぱり悲しみは、寂しさは変わらなくて、口を開くたびに、言葉が零れていく。
「行かないでよ……1人にしないでよぉ……。いじわるで、いつも、私を、泣かせてきて、私を、いつも置いてくルノ君なんて、大嫌い!!……でも、優しくて、かっこよくて、頭がよくて、努力家で、ちょっと不器用なルノ君の事……友達だって、ずっと思ってた」
「……」
「でも、ルノ君は外の世界にも友達がいて、でも、私にはルノ君しかいなくて!!……1人になるのは、もう怖いよ……!」
1人じゃない事に慣れてしまった私は、もう1人でいることに耐える事ができない。
外の世界に出られない私は、待つことしかできないのだから。
心の内を叫ぶ私に、ルノ君はいつもの鋭い目つきで私を見据えながら、私の周りを覆う強風に手を突っ込んだ。
途端、ルノ君の指の皮が風で切れ、僅かに血が飛び散った。
「こ、来ないで!!」
僅かだけでも飛び散った血に、また幼い頃の様に、あの時、人を傷つけた様に、ルノ君も傷つけてしまうという事実に、私は怖くなって叫んだ。
けれど、当の本人は、指先から流れる血を見つめながら、何かを考えていた。
そして再び、風に向かって手を伸ばした。
迷いのないその指先に、またルノ君の指の皮が、いや、今度は指自体が切れるかもしれないと思い、声をあげる。
けど、今度は指先の皮が切れることはなかった。
よくよく見てみると、ルノ君が自分の手に風をまとわせて、私の風を相殺していた。
ゆっくりと風の内側に入ってくるルノ君の指先。
それが怖くなって、私は無意識に、風の威力を強くした。
すると、ルノ君の指先が再び切れるが、纏う風の威力をさらに強くさせ、どんどんと風の中へと入ってくる。
私の心に反応して、さらに強くなっていく風の威力に、自身の纏う風を同じように強くさせながら、こちらへと近づいてくるルノ君。
その光景は、まるで最初に会った時に、私の魔法を弾き飛ばした時に似ていた。
「……いつかこうなるって、わかってたろ?それがちょっと早まっただけで」
「……う、ん」
「別に、フィヌリアをこのまま置き去りにするわけじゃない。あとで必ず、迎えに来るから」
「……でも、それでも、置いていくのは、変わらないでしょ?」
そういい続け、さらに風を強くさせ、ルノ君を風の外側にはじき出す。
茨の所まで飛ばされたルノ君は、茨に刺されないように防御魔法を唱えて防いでから、地面に着地した。
着地してから、私を、いや、正確には私の風を見据えながら舌打ちをして、立ち上がる。
「俺を弾き飛ばすなんて、最初に比べたら凄い成長したんだな」
そういって、両の掌から風を出し、その風を両手で挟み込むように、まるで圧縮するかのように抑える。
そうして出来た風の球を右手で弄びながら、ルノ君は、あの時の様に、ニヤリと笑って言った。
「でも、甘いよ?」
けれど、その時の顔は、どこか苦しそうだった。
***
「フィヌリア……知ってるか?お前の魔力、年々増えていってるんだ。……俺でも、抑えられない位に」
ぼんやりとした頭の片隅で、ルノ君の声が聞こえる。
その声は、なんだかいつもより悲しげに聞こえた。
「強がって見せないようにしてたけど、そのことが、ずっと悔しかった。俺は、友達として、あんたと対等で居たかった」
どこかに横たわっている私の髪の毛をさらりと撫でながら、私が寝ていると思っているのであろうルノ君は、私に心の内を零していく。
「でも、そんなとき、あんたと対等になれるチャンスが巡ってきた」
声に、喜びの色が混じる。
嬉しそうにするルノ君の声に、私まで嬉しくなりながらも、重くて開けられない目蓋にルノ君の声に耳を澄ませることしかできない事が、少し悲しかった。
「魔法学校に行けば、魔力をあげることが出来なくても、技術を学んで、あんたと対等になれる。……だから、あんたを置いていく気は、なかったんだ。ごめん」
頭を撫でで、私に謝ってくるルノ君。
いつものルノ君じゃないような気がして、ルノ君が撫でてくる手が少しくすぐったくて、少しだけ、笑ってしまった。
ルノ君の雰囲気が柔らかくなったのをなんとなく感じて、少し、嬉しくなる。
「……俺は、行くよ。あんたを置いていくことになっても、あんたを泣かせることになっても……。あんたと、友達で居たいから」
対等なんかじゃなくても、傍にいるだけで、一緒にいるだけで、友達なのに。
けど、それじゃあ、ルノ君は友達だとは、思えないのだろう。
そういうとルノ君は、私の手に何かを握らせてから、私の傍から離れた。
重たい目蓋を必死に持ち上げて、ルノ君を見ると、彼はもう立ち上がって、立ち去ろうとしていた。
声をかけたくても、喉が渇いて声を出せない。
行かないでと思っていると、ルノ君が、私に背を向けたまま、呟いた。
「……1人が嫌なら、魔法学校に来いよ。もう少し制御できるようになったら、全寮制の魔法学校くらいは、行かせてもらえると思うから。……だから、来てよ。待ってるから」
そういってから、ルノ君は少し笑った。
「……まぁ、寝てるあんたが聞いてるわけないけど」
笑ってから、ルノ君は小さく呟いた。
「……じゃあな。アンセ」
ルノ君はそれ以来、私の家に来なくなった。
私の手にスノードロップという花のブローチを残して。
***
ルノ君が私の家に来なくなってから、私は、必死で勉強して、魔力を制御できるように努力をした。
教えてくれる人を呼ぶなんてことは、両親に頼めない私には無理な話だったから、本を読んで、自力で勉強した。
本はほとんど読まなかったから、1ページ読むだけで大変だったけど。
……そのせいで、ちょっとだけ本が苦手になったのは、本が好きなルノ君には内緒にしなければいけないけれど。
けれど、頑張ったおかげで、暴走することも少なくなったし、暴走しても、外に力が出ないようになった。
やっぱり、魔力が大きすぎるせいか、完璧には制御しきれないけれど。
私が他の人が苦手なのだって、治らないし。
でも、ほとんど大丈夫になったのだからと、両親に魔法学校に行かせてくれと頼んだ。
最初は、私を外に出すのを渋っていたのだけれど、魔法学校なのだから私の魔力を抑えられる人もいるという事と、全寮制という事を伝えると、それならばと許可を貰う事が出来た。
ルノ君の行った魔法学校は、技術を重視している為、制御が難しい私では入れないけれど、リザイクラントリック学校ならば、魔力を持っている人なら誰でも入れる有名な学校であるため、その学校へ行くことにした。
その学校は、ルノ君の行った魔法学校とも交流があるらしく、そこで会えるかもしれないという期待も込めて、この学校の編入試験を受けた。
魔力試験の時に、結界の部屋が壊れたりしたのは驚いたけれど、筆記もきちんとできたから、なんなく合格することができた。
こうして私は、この学校に入る事が出来たのだ。