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置き物さんの魔法  作者: 榎本あきな
白粉さん、「待雪草」
11/16

11 白粉さんと恩人


 その日は、私の誕生日だった。


 お父さんやお母さんや使用人の人たちが、嬉しそうに、にこやかに笑いながら、私にお祝いの言葉を投げかけていく。

 少し時間がたつと、お父さんやお母さんがこの日の為に招いた偉い人や、私ともよく遊んでくれるおじさん、そのほか、見知った顔や全然知らない人達が、口々にお祝いの言葉を告げながら、笑顔で扉の奥へと入っていく。

 その扉を開くと、明るい日差しと照明によって照らされた、様々な飾り付けが施されている広い部屋。


 両親に手を繋いでもらって、2人のエスコートで、上座へと腰を落ち着ける。

 両親が、魔法でケーキの上のろうそくに火をつけると、カーテンが閉められ、照明が落とされ、暗い室内の中、ろうそくの上の火だけが、私達を赤々と照らしていた。

 その火に、ふぅっと息を吹きかける。


 辺りが、暗闇に包まれた。






 誰かの、叫び声が聞こえた。


 何が何だかよくわからなくて、なんだか、暖かいモノが、私に、降りかかった。






 誰かが、カーテンを破った。

 部屋の中が急に明るくなり、思わず目を細める。

 けれど、細めた目も、すぐに開くことになる。


 赤いモノに包まれて、地面に横たわっている両親。

 赤いモノを流して、苦しそうに壁に寄りかかっている人。

 赤いモノをつけて、目の前で鋭いモノを振り上げている誰か。





 痛い 怖い 苦しい   痛い 怖い 苦しい  痛い 怖い 苦しい






 そこから先の事は、覚えていない。

 けれど、後から聞いた話では、私は突如錯乱したように叫びだし、私を殺そうとした人物を吹き飛ばし、さらにはあらゆる魔法を使ってその人物を瀕死にまで叩きのめし、死ぬ前に回復魔法で回復させ、また瀕死状態にまで陥らせるという、今の私では考え付かないような悪魔のような方法を行い、その人物を懲らしめたらしい。

 そんなこんなで、犯人を懲らしめ、一件落着……とは、ならなかった。


 私の魔力は、暴走していた。


 犯人を懲らしめていた時は周りの人達も、もちろん、私自身も気が付いていなかったけれど、どうやらその時、私は魔力を暴走させていたらしい。

 まぁ、普通だったら自分の体の奥深くに眠る魔力に、少しずつ気が付いていくのに、命の危機と血を見たことによる衝撃でいきなり魔力を自覚してしまったのだから、当たり前だ。


 それに加え、私は普通より魔力が多かったらしく、それも含めて、さらに暴走を悪化させていた。

 騒ぎを聞きつけた他の人たちが私を取り押さえ、なんとか魔力の暴走を止め、両親も一命を取り留めたが、その事件は、私と、そして周囲に多大な心の傷を残していった。





私はその日から、『化け物』と呼ばれるようになった。


***


 一年がたち、私はまた、誕生日を迎えた。


 けれど、廊下にいて笑顔で私に「おめでとう」と言ってくれる人は1人もいない。

 誰かが廊下にいても、その人は怯えた様な瞳で私を見るだけだ。

 お父さんとお母さんも、仕事が忙しいなんて言って、私に会いに来ようともしなくなった。

 前に会ったのなんて、前過ぎて忘れちゃったけど、半年は確実に前だった気がする。


 移動できる所だって、前は両親と三人で街に買い物に行ったりしたのに、今では屋敷から出る事もなくなり、ほとんどを庭で過ごしている。

 私だって外に出たいし、普通の子みたいに遊びたいけど、私は化け物で、それで、そんな風にみられるのが、一番怖い。

 だから私は、お父さんとお母さんの言いつけどおり、屋敷から一歩も外に出ることなく、日々を過ごしていた。

 唯一空を見上げる事ができるその庭で、いつかこの空の下で、いろいろな場所を見て回りたいと、微かな願いを胸に秘めながら。



 今日も、そんな日々になるはずだった。



 それを壊したのは、1人の男の子だった。

 帽子を目深に被り、その帽子の隙間からは、鋭く黒い目つきがちらりとのぞく。

 突如草の影からガサガサと現れた彼に、私は声がでなくて、ただただ、庭の隅で震えていた。


「へぇ……結界もしっかりしてるし、ここなら俺が練習するのにちょうどいいね……。警備が門の所にしかいないのが謎なんだけど。門番か誰かいるの?」


 そういって首を傾げる男の子。

 何を練習するのか、もしかして、前に侵入してきた人みたいに、皆を傷つけるために侵入してきた人なのではないかと思い、震えが止まらなかった。


 その時、私は体勢を崩してしまった。

 周りの草をひっかけ、ガサガサという大きな音を立てながら、私は盛大に転んだ。


「!?……なんだ子供か……。あんた、何してんの?」


 そういって私を見る彼の瞳は、真っ黒で、何を考えてるかわからなくて……吸い込まれそうだった。

 その黒い瞳と鋭い目つきが相まって、私は、なんだか怖くなった。


 彼が段々私に近づいてくる。

 何も思っていないような黒い瞳で、私を見つめながら、近づいてくる。

 そしてそれは、今までを、思い起こさせた。



 化け物


 近づかないで欲しい……気持ち悪い。


 あの子は無傷でご当主様はお怪我をして……まるで、疫病神だ。


 こっちに来るな!化け物!!



「あ……あぁ……怖い。怖いよぉ……やだよ、ごめんなさい、もう、しないから。だから……来ないで……」

「……何言ってるのあんた?なんで俺に謝って……」

「こっちに来ないでぇぇぇええええええええ!!!」

「っ!?」


 突然聞こえてきた、甲高い叫び声。

 あれは誰だったのか……ああ、あれは私の叫び声だ。

 ぼんやりとした意識のまま、何が何だかわからないまま、感情のままに私の中にある『モノ』を、私を化け物にした『モノ』を使って、私はその子に何かをした。


 何をしたのかは、私ですらまったくわからなかったけれど。

 けれど、そんな大きな『モノ』を目の当たりにした彼は、怯えることなく、むしろ舌なめずりでもしそうな顔で、私を好戦的に睨み付けていた。


「やっぱ門番いたんだ……。まさか、こんな子供だとは思わなかったけどね。でも、この歳で採用されるってことは、それだけつかえるんだろうな……。……楽しくなってきたじゃん……!!」


 そういってからその子は、右手を前に突き出した。

 そして、私が使っている『モノ』と同じくらい……いや、それ以上の『モノ』をその右手に集めながら、その子は、ニヤリと笑った。





「……でも、甘いよ?」





 私の意識は、そこで途切れた。


***


 最初はおぼろげな視界。

 けれど、段々その視界が鮮明になっていくと、目の前に、黒い瞳が見えた。

 その黒い瞳の持ち主は、私の目が覚めたのに気が付くと、覗き込むのをやめて、そっぽを向いて私が寝ているベッドの脇に座った。


「……フィヌリア家のご令嬢なら、先に言えよ……」


 そういって、私をチラリと横目で見てから、帽子を深く被り直した。

 どうやら、私のあの力を破り、私が気絶した後で、私がこの家の子だということに気が付いたらしい。


 けれど、私の両親やこの家で働いている人にとっては、むしろその調子で私を消してほしいって思ってるだろうし、その程度ではほとんどお叱りもなしだろう。

 現に、私を気絶させた元凶である彼が、私の傍にいることができている事実が、それを物語っていた。

 私は、今しかないと思って、彼に向けて、言葉を発した。

 もう恐怖は、湧いていなかった。


「……ねぇ、そういや、あんたの家って……」



「私を殺して」



「…………は?」

「私を、殺して!!」

「……いや、なんで急にそんなこと……」

「私は、邪魔ものなの!私の中にある『モノ』が、皆を傷つけるから、邪魔ものなの。いらない子なの。……化け物、なの……。だから!私の中の『モノ』をなんとかしたあなたなら、なんとかできるでしょ?お願いだから、殺して!!!」

「……もしかして、1年前に魔力を暴走させた化け物って、あんたの事?」


 彼にそういわれて、私は俯いた。

 化け物というのは、きっと私の事だろうから。

 魔力というのも、私が『モノ』と呼んでいる、体の奥深くにある、この力の事なのだろう。

 けれど、化け物という単語がチクチクと針の様に私の胸を刺して、痛かった。


「……ねぇ、魔法、習えば?」

「へ?」


 突然彼から発せられたその言葉に、私は何がなんだかわからなかった。

 そもそも、言葉の意味がわからなかった。


「魔法ってのは、あんたの中にある『モノ』……魔力を使って生み出す、不思議な力。あんたも、無意識のうちに使ってたやつ」

「あ、あれが……でも……」

「魔力ってのは、使い方を間違えなければ、なんにでも役に立つ便利な力。でも、あんたはその力が大きすぎて、うまく使いこなせてない。宝の持ち腐れってやつだね。使いこなせなくて無駄に消費するなんてもったいない使い方するくらいなら、魔法、習いなよ」


 そういって彼は、私に魔力を有効的に仕える、魔法というものを習わせようと言葉を連ねる。

 あの力の暴走がなくなるなら、習いたいとこだけど、それには1つ、問題がある。


「……でも、教えてくれる人、いない……」

「あんたの親に頼めばいいんじゃないの?一般人より金持ってるんだから」

「……私なんかにお金を使うのなんて無駄だと思われるだろうし、そもそも、私に関わりたくないと思う……」

「……あー……、確かに、自分の娘を気絶させたやつだってのに、あんたの親“そうか”しか言ってなかったし……」


 嫌われているのを自覚していても、いざ他の人の口から事実を聞くと、やはり悲しい。

 私が俯いていると、彼が俯いている私の上から、声をかけた。


「……俺が、教えてやろうか?」

「っ!!いいの!?」


 まさかの言葉に思わず顔を上げると、びっくりしたように彼は少しベッドの上を後ずさった。

 けれど、彼はそのまま言葉をつづけた。


「別にいいよ。それくらい。ここに侵入したのだって、自分の魔法の練習するために結界貼ってあるとこに来たかっただけだし。それのついででいいなら」

「いいよ!ついででいい!!」

「なら教えてやるよ。……あ、俺の事、誰にもいうなよ?今回の件で出入りが規制されて、今後あんたに会っちゃいけないことになってるから、またここに侵入するつもりだってばれたら、俺専用の結界貼られて、俺だけ弾かれるようになるから」

「うん!あなたの事は、誰にも言わない」


 そういうと、彼は初めて笑みを浮かべ、鋭い目を和らげた。

 その表情を見て私は、彼に言葉をかけようとして……名前を知らないことに気が付いた。


「そういえば、あなたの名前は?」

「俺はルノ。ちょっと魔力が多いだけの一般人だよ。フィヌリア」


 ルノ……それが、これから私に魔法を教えてくれる、彼の名前。

 けれど、私は、フィヌリアと家名で呼ばれたのが、嫌だった。

 私にはちゃんと名前があるし、お父さんやお母さんも同じだから、同じ人間だと言われているみたいで、なんだか嫌だった。


「……私の名前、フィヌリアじゃないよ」

「知ってる。でも、名前で呼ぶとか面倒だし。第一、あんたが嫌がってるのって、あんたの親も同じ家名だからだろ?」


 図星をつかれて、私は黙った。

 けれど、やっぱり、彼には名前で呼んでもらいたくて、彼をじっと見つめていると、諦めた様に、呆れた様にため息をつきながら、仕方ないという様に微笑んだ。




「……俺がこの先『フィヌリア』って呼ぶのは、あんただけだから」




 その言葉に、私は笑顔で頷いた。


 これが、私と私の恩人『ルノ』との出会いだった。


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