ハザマ
やっと辿りついた。周りはもう真っ暗だけどここなら大丈夫であろう。それにしてもここはなんだか居心地がいい。
ジメジメしていて少し汚いがそう悪く感じない。長旅の間に感覚が麻痺してしまったのだろうか。そして私はそこに腰を下ろして目を綴ってしまった。
「お前さん、お前さん、ここで何してるんだい?」
という声が聞こえたのでぼんやり目を開く。
「ああ、いつの間にか寝てしまっていたようですね。あまりに居心地がよくて」
「変わった人だ。ここじゃあれだから私について来なさい」
私はなんの迷いもなしに50過ぎだろう男性に言われるがままについて行く。真っ暗でジメジメした道を歩いて行く。すると脇道が見えてきた。
「こんな真っ暗なところ行くんですか?」
「こことそうそう変わらない暗さだよ。でもあともう少し進めばちょっと明るくなる」
と言って歩いて行くのでついて行く。
見えるのは薄っすら現れるおじさんの肩。他は全く何も見えず、水たまりや瓦礫などを踏む音を耳にしながら進んで行く。
しばらくするとナトリウム灯の灯りが視界に入って来た。
そして静かな灯りが続く中にはトンネル型の横丁が広がっていた。
道の両側には軒並ではなく、扉がまばらに並んでいて看板や文字が扉に示されていたりする。
おじさんのあとに続きながら不思議なドアを見ていると居酒屋の看板だったり、バーだったり、スーパーだったり、時折内装の見えるレストランの窓が申し訳なさそうに張ってあったり、道端には屋台ラーメンが停まっていたり。
横丁には少しの人が歩いていたり。それでも薄暗さや陰鬱な雰囲気は何処からともなく漂っている。でもなぜだろうか、私自身そんなに気味悪く思ったりしないのは。
「なんか面白い町ですね」
「まあな、ここにみんなで住んでんだ。騒がしい連中も多くはないからゆっくり暮らせると思うよ」
「そうなんですか」
「で、君はどこに住む?」
「え?すむ?」
「そうだよ、どこに住むか決めてもらわないと」
「いやいや、私、ちゃんと家もありますし、ここに家を買うほどの持ち合わせもありませんよ」
「金なんかいらないよ。まあ、もうちょっとここらを案内しようか。気にいってくれるかもしれん」
彼がなんのことを言っているのかわからなかったがついて行くことにした。
足元にはヒルやゲジゲジ、ネズミなどがカサカサと音を響かせたまに通る。
町にはゆっくり歩いている人や、うな垂れている人、何かを唸っている人もいる。大丈夫なのだろうか。
私は唸っている人を指差した。
「あの人、大丈夫ですかね?」
「あー大丈夫、こないだ入った新入りさん。最初はあーなる人もいるんだ」
私は近づいていって話しかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
すると大きな声で、
「あっちいけ!もういいんだ!俺にはなしかけんな!」
そういったあとも何やらブツブツ口にしている。話にならなそうだったので身を引いた。
「ああいう人に絡まない方がいい。とばっちりを喰らうよ」
「そうですね、そうっとしておきましょう」
「じゃあ、そこの喫茶店に入るとしようか」
「はい」
と言われて壁に並んでいる扉を開く。なかは小綺麗にされていて外とは打って変わって違う雰囲気だ。コーヒーを二つ頼んだ。
「そういえば、なぜ貴方はあそこに?」
おじさんはコーヒーに角砂糖を一個いれて、もう一つ手にとって口に放り込んだ。
「ああ、私はあそこを歩いていて...あれ?」
思い出せない。
「普通あんなところに寝ている人なんていないぞ、よほどの物好きなのかな?」
「多分歩き疲れていて、あの場に留まるとなんだか気持ちよくなって寝てしまいました。でもなぜあそこにいたかは思い出せません」
「私が見つけて良かった。あんなところにいたら危ない」
「危ない?」
「あそこにはここにもわずかにいる騒がしい連中が溜まる場所だから絡まれたりしたらもうー」
「どんな奴らなんですか?」
「うーん、危ないことをいろいろする奴らだよ。年齢層はバラバラだけどよく集まる」
「へー、一番年上の方は幾つなんですか?」
「765歳とかかな」
「は?」
それ以上でも以下でもない。この言葉意外に思いつかなった。
「多分それくらいだったと」
「どういうことですか?」
765歳って何年生まれの人だ。と考えた。
「あれ?気づかなかったか?今歩いてきた道の人たち、服装に統一感がないのを」
思い返してみれば確かに。着物だったり、80年代風だったりと人それぞれ違った気がする。
「ちょっと出るか、私について来て」
そう言ってまた私はおじさんのあとをついて行く。
「そういえばお勘定は?」
「そういうのここではいらねぇんだ」
「え?なんでですか?」
「マスターご馳走様、また来るな」
マスターは黙って頷くと私達の飲んだカップをシンクに持って行った。
そのまま喫茶店を後にしてついて行く。
なんだかさっき来た道を戻っているような気がした。
「これって戻ってます?」
「お前さんに見せたいものがある」
それから黙ったまま歩いた。そして私が居眠りしていたところについた。
「ここから少し進むぞ」
私が寝ていた真っ暗で大きな通りを進んでいく。すると風が吹いてくるのを感じた。爽やかな匂いもする。
「どこに向かってるんですか?」
「着いた。あれをみてみろ」
白地に赤い線が入ったワゴン車、救急車が来ていた。
何をしているのか気になったのでさらに近づいてみた。
「うわぁ、ひどい」
そこには誰かもわからないくらいに潰されたバックパックを背負った人が救急隊員の人に運ばれていた。
「お前さんだよ」
「え?」
後ろからおじさんがそう言い放った。
「やっぱり覚えてなかったか。お前さん死んでんだよ」
「そんな、馬鹿なー。だって、ここにいるじゃないか」
「普通この距離で救急隊員の近くにいたら彼ら気づくでしょう」
確かに彼らは我々を無視しているかのように作業を進めている。というか気づいていない。そしてパトカーの警音も聴こえてきた。
「あ、思い出した」
私は歩いて旅をしていたんだった。自分の足だけでどこまでも行こうとしていた。
「お気の毒にな。お前さんは多分トラックに轢かれてしまったんだな。こんな通りの少ない道を選んだばっかりに」
「でも死んだのになんでここに?成仏とかは?あの世とかは?」
「ここは幽霊の出るトンネルで有名なのを知らないんか?ここは冥界と現世が繋がっている。だからここで死んでも死神や魂の審判をする者は気づかない。だから我々はここを住処に成仏せずに暮らしている」
「じゃあ私は?」
「ようこそ、この冥界と現世の狭間の町に、と言ったところかな?」
「じゃあさっき唸ってた男は?」
「彼もこないだここに迷い込んで、成仏出来ないことをずっと葛藤しているよ。そしてやることもなくて楽しみもなく絶望した奴らはこのトンネルに現れては現世の人を驚かして遊んでいる。そいつらが危険な奴ら。あばよくば仲間にしようと危ないこともする。新入り来ると彼ら喜ぶからね」
「そんな...」
「そんな気を落とさずに、さあ住むところを決めようか、新生活が待ってるぞー、楽しくなるなー」
そう言ってまた彼の後ろをついて行く私であった。