雪景色
「私、雪景色って好きよ。と言うより白色が好きなのね。純白、ヴァージン・スノー、なんだか聖なる・清らかなるって感じがするの」
「そんなものか?」
「そんなものよ。それに私、雪は見たことはあっても、こんな風に積ってるのって見たことなかった」
それは僕にとってはただ寒いだけの見慣れた景色だ。だが瀬戸内海沿いの温暖な場所で育った彼女にとって腰丈まである雪は珍しいのかもしれない。実際に雪は彼女の童心を呼び起こすには十分過ぎたようだった。一面に広がる銀世界の中でまるで子供のようにはしゃいでいた。それだけでもここまで来たかいがあるというべきだった。
この街は僕の生まれ故郷である。だがすでに両親はともに死別し親類も近くには居ない。もはや記憶の中だけの故郷だった。
ここに来たいと言ったのは彼女の方だった。
「知ってる?」
「何が?」
「『白』っていう字の由来」
彼女は雪で遊んでいた手を休め、前を向いたまま訊ねた。
「『白』っていう字はね、古代の人が頭蓋骨を見て作った字なのよ。おかしいと思わない? だって白いものなんていっぱいあるはずじゃない。ずっと昔だからって白いものが骨しかない訳がないわ。でも『白』は頭蓋骨からできたのよ」
彼女はまるで今日の天気を読み上げるような気軽さで言った。
「でね、一度子供のころ本物の頭蓋骨を見たことがあるの。お父さんと公園に遊びに行った時に植込みの土から猫の骨がのぞいていたのよ。いま思えばあれは誰かが飼ってたペットの骨で、お墓として公園に埋めたのね。それで、お父さんと土を被せて手を合わせたの。別に怖いとも気持ち悪いとも思わなかった。ただ骨って白いんだと思った」
彼女はこちらに振り向き大きく手を広げた。
「だからきっと私は白色が好きなの」と彼女は言った。
僕には何が、だからで、きっとなのか分からなかったが、楽しそうな彼女を見て頷いた。もしかしたら彼女には、この雪景色が一面の頭蓋骨に見えているのかもしれない。わが彼女のことながら、それは想像すると少し怖いものだった。
「何か失礼なことを考えてるでしょ?」
「いや別に……」
「まあ良いわ。要するに古代の人は永遠不変な白を頭蓋骨に見出したのね。それって好感が持てると思わない?」
僕は彼女の言った意味が分からず首を傾げた。
「だって、人間の中にみんな白色があるじゃない。だから聖なる・清らかなる感覚って人間が持つ普遍な性質なのよ」
きっとね、と言って彼女は笑った。僕は雪景色を見た。一面に広がる景色は、子供のころと変わらない見慣れたものだった。
僕は白とは静謐であると思う。だがそれを説明するのは難しく、僕は彼女を見てただ頷いた。