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My Dear Sister

作者: 広河陽
掲載日:2011/09/11

 21世紀。日本で、合計特殊出生率(女性一人当たりの生涯出生児数)はついに1.0を割り、生涯未婚率(50歳における未婚率)が男女ともに20%を越えた。

 この数字が示す具体的な事柄は以下の通りである。

『5人に一人が生涯を独身で通し、結婚しても子供を作らないことを選ぶ夫婦が増え、ましてや、その子供に兄弟がいるなどということは稀である』

 そんな社会が生み出したものの一つに、代理兄・姉がある。

 代理兄・姉というのは、一人っ子の子供のところに情操教育のためとか、社会性を養うためなどという理由で派遣されてくる、雇われ兄または雇われ姉で、最も普及した「契約家族」である。


◆◇◆

 

<ぼくの姉>

4年2組 来間こう


 先しゅうの木よう日は、ぼくのたん生日でした。

 父と母はぼくに、プレゼントだよ、と言いながら、女の人をしょうかいしました。その人が、ぼくの姉のアキおねえさんです。

 おねえさんは代理姉で、毎しゅうの木よう日に、ぼくの家に来て遊んでくれます。

 ぼくは、アキおねえさんが大すきです。母よりずっと優しくて、とってもきれいにわらうからです。


おわり


◆◇◆


<アキさんへ>

 アキさんが、代理姉になってくれてから、今年で5年になりますね。僕も来年は高校受験の年になります。

 この5年間、アキさんはいつも、そばにいてくれました。小5の時、交通事故にあったすぐ後に見た、アキさんの心配そうな顔を今でもよく覚えています。

 中学受験に失敗した時、本当に励ましてくれたのは父でも母でもなく、アキさん、あなたです。

 アキさんにとって、一緒に過ごした時間は仕事だったのかもしれません。けれどぼくにとっては、アキさんは単なる代理姉ではなく、たった一人の女性です。

 代理姉のつとめを果たすためではなく、会ってくれませんか。来週の日曜日に駅前の噴水の前で待っています。


来間 昂


◆◇◆


 俺には姉がいた。血のつながらない姉である。姉は、俺が小4の時に現れ、中2になった年の冬に姿を消してしまった。

 俺は彼女をアキさん、と呼んでいた。アキさんは姉といってもビッグ・シスター、つまり「代理姉」だった。

 春から大学4年になる俺は知っている。代理兄・姉などというものは、単なる、大学生の割のよいバイトにすぎないということを。

 しかし、依頼してくる親も「お客さん」である子供もそんなことはまったく知らない。ゆえに代理兄・姉に勝手な憧れを抱いたり、変にへりくだったりするのだ。

 そう、思いたい。そうでなければ、俺はアキさんへの想いを振り切れない。

 考えてもほしい。小学校高学年から中学の間、少し年上の女性と幾許かの時を共有した少年のことを。少年にとって、その女性はほぼ間違いなく憧れの人になってしまう。思い出が鮮烈であればあるほど、面影を求めてしまう。

 俺が今の大学を選んだのも、ここがアキさんの母校だからということに気づかされたのは、引っ越しのために荷物を梱包していてみつけた2枚の紙に目を通したからである。

 1枚は小学校時の作文。そしてもう1枚は結局アキさんの手に渡ることがなかった彼女への手紙。2枚とも、みつけるまで書いたことすら忘れていた。

 忘れたかったのだろう。アキさんとはひどい別れ方をした。詳細は忘れたが、俺がアキさんをひどく怒らせてしまったのだ。

 いつもなら笑って受け流してくれるような、些細なことだったと思う。なのに、その時に限ってアキさんは真剣な顔をして黙りこくり、無言で立ち去ってしまったのだ。うっすらと涙をたたえたアキさんの目を、手紙を見つけた今なら鮮明に思い出せる。

 そして手紙を渡そうとした前日、母からアキさんが代理姉をやめたことを告げられ、その夜、俺の後悔の涙は止まらなかった。

 代理兄・姉は、正確な姓名も身分も、依頼者と「弟」「妹」に告げることはできない。あくまでも代理の家族なのだから。

 俺はアキさんの母校を彼女の話から割り出し、その学校の名を、高校での第1回の進路調査表に書きこんだというわけだ。もう一度だけアキさんに会いたい。

 俺の胸にその想いが唐突にわき、瞬時にして体の隅々まで支配した。

 まず大学の図書館に行こうと思った。そこで卒業者の名簿をあたろう。


◆◇◆


ENTRANCE YEAR=?

NAME=?

SEX=?

MAJOR IN=?


◆◇◆


 アキさんの話から俺が推測したデータを卒業生検索システムに入力する。

 初めて会った時、大学生になったばかりだと言っていた。


  ENTRANCE YEAR=2051


 持ち物にはA.Tのイニシアルがあった。


  NAME=AKI? T?


 源氏物語を勉強しているという話も訊いた。


  MAJOR IN=JAPANESE LITERATURE


 そして疑いなく、


  SEX=FEMALE


 入力終了を表すリターンキーを押す。ほどなく、すべての項目の該当者は無しとディスプレイに表示された。3項目に該当するのは53名。中でも名前、性別の項目を優先して、該当者をピックアップする。

 残ったのは15名。その一人一人の写真を呼び出して調べていく。

 そこでアキさんは笑っていた。名前は津雲秋実。ツクモ・アキミと読むらしい。予想通り、日本文学を専攻していた。

 俺の予想が外れた項目があった。

 入学年である。アキさんは2036年に大学に入学していた。年が合わない。このデータが正しいとすれば、アキさんは2017年生まれ。俺と初めて会った時には30歳を越えていたことになる。

 しかし俺の記憶の中のアキさんは、ここに入力されている、入学した年に撮影したという写真と同じ笑顔を浮かべているのだ!

 ……同じ。

 その単語が俺の脳裏に引っかかる。確かに同じ笑顔だった。初めて会った時も、別れる少し前までも……4年間ずっと。

 俺は慌てて、アキさんのデータの詳細を読み進める。

 そして、謎を解決する一文をみつけた。


『2035年、交通事故のため、サイボーグ化手術を受ける』

 

 あの日もそうだった。俺は褒め言葉のつもりで言ったのに。

 「アキさんはいつも若いね」と。  


◆◇◆

 

 何故、子供が産まれなくなったか。答えは明白である。死ぬ人間が少なくなったのだ。

 医学の発達により、平均寿命は伸びに伸びて120歳。前世紀に不治の病だったガンやエイズは治療薬が開発され、人工臓器の性能は上がり、多少の外傷で命を落とすことはなくなった。

 個体の寿命が伸びた代わりに、人間が失ったものがあった。それが繁殖力である。いくら科学が発達したとはいえ、人間の力で完全な脳と生殖器を作ることは不可能だったのである。

 それでも人は自分がこの世に長く生存することを望み、サイボーグ化手術は行われ続けるのだった。


──了

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