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Ver.将エンディング

「絹さん、足元気を付けて」


 手を引かれながら、雪原を歩く。


 冬の北海道。


 息も白くならない澄んだ空気の中、手を引かれて雪を踏む。


 少しだけ眉間が痛いのは、皮膚のしたの古傷のせいか。


 開けたところに出ると、彼は担いできた大荷物を下ろし、シートや毛布を敷き始める。


『何にもないとこに、行かない?』


 絹が高3の冬、そう誘われた。


 留年した絹と違って、既に彼は大学生だ。


 金持ちのボンボンなのだから、スキーとかに誘うのが王道だろうに。


 曖昧で奇妙な誘いに、絹は笑いながら乗った。


 そして、北海道に来てしまったのだ。


 本当に、何もないところだった。


 町は遠いし、携帯は入らないし、二人きりだし。


 夜になって、極寒の外に連れ出される。


 大体、想像がついたので、絹は下ばかりを向いて歩いていた。


 自分だって、とても楽しみだったのだ。


 だから、ぎりぎりまで取っておきたかった。


「いいよ、こっちにおいで」


 先に座った彼が、肩にかけた毛布を広げながら待っている。


 照れるようなことも、彼は容赦なくやってしまうのだ。


 苦笑いしながらも、絹はその毛布に入った。


「見ていい?」


 絹は、うずうずとどきどきの間を行ったり来たりしていて。


 早く、どちらかを抑えたかった。


「じゃあ、一緒に見よう…オレも我慢してるんだ」


 くすくす笑われて、絹は恥ずかしくなる。


「じゃあ、せーの、でね」


 上ずりそうになる声で、合図を決めた。


「せーの!」


 見上げた――空。


 雪雲のない、快晴の冬の空。


「……」


 声なんか出ない。


 そこには。


 原始の空があった。


 この空に、近いものを前に見た。


 街が真っ暗になった夜。


 しかし、それよりももっとすごい夜空。


 ここの空気が、冴え渡っているせいだ。


 あれを超える空には、もう出会えないと思っていたのに。


「いつか、さ…」


 見上げたまま、彼は呟いた。


「いつか、一緒に宇宙に行こうよ」


 大学生になった男が、本気でそれを言っている。


 行けたらいいね、ではなく、行こうと。


 工学科に進んだ彼の、それはきっと目標になったのだろう。


 夢、なんてふわふわしたものではなく。


「そうね…宇宙では、また違う星空が見えそうね」


 それはもう原始ではなく、未来的な星空になるだろう。


 星を見上げている男は、きっと星へ征く者になるのだ。


「あー…えっと…キスしてもいいかな?」


 しかし、今はまだ。


 星よりも、地上の女にとらわれている。


 こっちが片付かないと、空にいけなくなってしまいそうだ。


 絹は、小さく笑ってしまった。


「これから、全部ひとつずつ確認を取るなら…断り続けるわよ」


 笑いながら、隣の男の足元に火をつける。


 いちいち聞かないで、と。


「あ…うん…そうだよな」


 一度空を見て、彼は地上の絹に戻ってきた。


 冷えきった唇と共に――

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