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末っ子パワー

 ピンポーン。


 朝食が、ちょうど終わる頃。


 チャイムが鳴った。


 誰も訪ねてこない家を考えれば、珍しい出来事だ。


 いまこの家で、普通の活動をしているのは、絹一人。


 ボスと島村は、寝ているか、地下の秘密部屋で怪しげなことをしているか。


 だから、応答に出るのは、絹以外になかった。


「はぁい、どちらさまでしょう」


 インターフォンの通話を開く。


 カメラには、何も映し出されていない――と思ったら。


「ばぁーっ!」


 下からいきなり、了が飛び出してきた。


「了くん…」


 絹は驚きながらも、ボスを探してしまった。


 リアルタイムで見せたかったのだ。


 しかし、残念なことに、ボスはこなかった。


「今日から、お迎えもするよっ! 準備できたら、出てきてー」


 天真爛漫な了の声に、はははと声にしない笑いを浮かべた。


 だいぶ、彼女に入れ込んできてくれたようだ。


 誰の提案かは知らないが、ご苦労なことだ。


 インターフォンにも、録画機能を付けた方がいいかもしれない。


 帰ってきて相談しようと、絹は準備をして玄関を出た。


「絹さーん、おはよー」


 了は車を下りて、玄関前で待っていた。


「おはよう、了くん。朝までありがとう」


 腕を取られながら、絹はお礼を言った。


「おはよう、絹さん」


 ドアが開いて、中から将に招かれる。


 今日は、彼女が真ん中かと思ったら。


「へへへっ」


 了が、するっと先に乗り込んだ。


「将兄ぃ、もちょっと詰めてよ」


「てめっ」


 兄弟の攻防を、目を細めて見ていると、視線を感じて、ふっと顔を上げる。


 珍しく助手席の窓が開いていて、京が自分を見ていた。


「おはようございます、京さん」


 貴重な睡眠時間を、木綿のためにさいていいの?


 心の中で、呟く。


 木綿――いい得て妙だ。


 京が、最初に言った言葉。


 木綿を、絹と見間違っている人たち。


「ああ…」


 京の返事を聞きながら、絹は車に乗り込んだのだった。


 ※


「ねえねえ、歓迎観測会、いいって言われた?」


 車中。


 絹の隣を、独り占めしている了に聞かれる。


「はい、みなさんのおかげです…」


 にこり。


「やったー! 夜も一緒だーっ」


 はしゃぐ了。


「よかった」


 安堵する将。


「……」


 沈黙のままの京。


 昨日、ようやくヘッドホンを外したボスに、一応聞いてみた。


「愚問だな」


 やっぱり。


 しかし、問題はその後だった。


「観測会か…演出として、流れ星が欲しいな」


 ボスは、真面目に考え込んでいた。


 いや、いりませんから。


 流れ星演出のために、どこかの星を壊しそうなボスを、さすがに絹は恐れたのだ。


 くすっ。


 だから、つい思い出し笑いをしてしまった。


「えっ、なになに? いまの思い出し笑いでしょ!」


 何思い出したの?


 可愛い顔して、意外と鋭い了につっこまれる。


 私のボスで、あなたたちを狙ってる男ですよ――なんて、言うわけにはいかない。


 しかし、少しは彼らに言葉として聞かせたかった。


「昨日…観測会のことを聞いた時、保護者が喜んだのを思い出しただけです」


 いつか、直に会うこともあるだろう。


 その時に、いい印象を与えたかったのだ。


「保護者って…おとーさんとかじゃないの?」


 やっぱり、鋭いちびっこだ。


「あ…それは…」


 だが、絹の口から、言わなくてもいい。


 言い淀むだけで、十分だ。


「了」


 一言、しっかりした音が、末っ子を呼ぶ。


 助手席からだ。


 絹の事情を知る、ワイルドな騎士さま。


「人には事情があるんだ…詮索するな」


 まあ、恐い。


 了は、すっかり小さくなってしまった。


「ご、ごめんね、絹さん」


 へこんでしまった、了の手を取る。


「大丈夫よ…気にしないで」


 鞭の次は――飴でないと。


 ※


「あ、絹さん!」


 学校に到着し、車を降りた彼女を、了が捕まえる。


 すっかり、ご機嫌は直っていた。


「絹さん、お昼学食だよね?」


 降りてくる兄たちに聞かれないようにか、小声で囁かれる。


「そう…だけど」


 情報の速い末っ子に、絹は少し驚いていた。


 あなどれないな、と。


「中等部と高等部の校舎の間に、広場があるでしょ? お昼休みにそこにきて。お弁当、一個余計に作ってもらったんだ」


 近づく兄たちの気配に、了は猛烈な早口でまくしたて――約束だよ、と言って、ダッシュで逃げて行った。


 まだ絹は、何の返事もしていないというのに。


 しかも、お弁当を彼女の分まで、用意していると。


 昨日から、こんなことを計画していたのか。


「なんか、了に変なこと言われてない?」


 近づいてきた将が、走り去る弟の背中を、怪しげに見つめている。


「あいつの浅知恵なんて、可愛いもんだ…ほっとけ」


 すたすたと、先に歩みを進める京。


「いえ、変なことは、何も」


 京は行ってしまったので、必然的に将と並んで歩くことになる。


「ならいいけど…あいつ、時々後先考えないことするから」


 お兄ちゃんと言う生きものは、苦労するのか。


 ぼやく将に、薄く微笑む。


 兄弟の真ん中で、個性を出し損ねたのか、将は二人に比べるとインパクトが弱い。


 このままだと、いいとこなしになるわよ。


 心で、将に発破をかける。


 ボスが一番気に入ってる彼には、もうちょっと頑張って欲しかったのだ。


「私には兄弟がいないから、弟ができたみたいで楽しいです」


 だから、少しサービス。


 了は、恋愛対象ではないと、ほのめかすのだ。


「そ、そっか」


 分かりやすく、安堵した表情を浮かべる将。


 ここで、安堵してしまうのが――彼の甘さだ。


 人の心なんて、あっという間に変わっていくというのに。


 ※


 中等部と高等部の、校舎の真ん中。


 昼休み、絹はそこを目指した。


 実際、行ったことはなかったので、方角だけを頼りに歩く。


 公園のような広場に出た。


 噴水まではないが、植物が植えられ、気持ちのいい景色だ。


 こんなところが、あったのね。


 中等部と高等部の生徒が、ここで混じっている。


 瑞々しい新緑の植え込みを見つめながら、絹は気持ちのいい風を吸った。


「絹さーん!」


 袋を下げて、末っ子が登場だ。


「ベンチ埋まっちゃうーこっち!」


 空いたベンチに荷物を置きながら、彼女を呼ぶ。


 どんな時間でも、テンションが高いな、と感心しながら、近づいて行った。


「はいっ、絹さんの分」


 袋から、本当に彼女の分のお弁当が出てくる。


「ありがとう…」


 男に弁当をもらうとは、変な感じだ。


 セオリーでいうなら、逆だろうに。


「えへへっ、嬉しいな」


 自分の分と、ポットを出しながら、了はご機嫌だ。


「でも、何故お弁当を?」


 絹は、唐突な行動の理由を聞く。


「昨日さー」


 何を思い出したのか、了が唇を尖らせる。


「将兄ぃが、京兄ぃに絹さんの朝のお迎えを提案したんだよね…何で帰りだけなんだ、って」


 あら、真ん中くんも、頑張ってたのか。


 初めて聞かされる内部事情に、絹は隙間を埋めるように、脳内を補完していった。


「京兄ぃが帰り、将兄ぃが行きの提案したから、僕も何かしたいな、って」


 了は、出遅れた自分に不満があるようだ。


 兄たちに張り合いたい年ごろか。


「でも、私の分まで、お弁当を作ってもらうのは、悪いわ」


 さすがに、絹の女としての立場がない。


「えー」


 了は、泣きそうに顔をくしゃっとした。


 自分の提案だけ、拒否されたと思ったようだ。


 こういう顔が、よく似合う子だと、絹は心で微笑む。


「だから明日からは、私もお弁当を作ってくるわ…だから、ここで一緒に食べましょ?」


 ちょっと面倒臭いと思いながらも、これもボスのため。


 絹は、喜ぶ了を見ながら、おいしくお弁当をいただいたのだった。


 ※


「何か、お礼をしないといけませんよね」


 帰ってきた絹は、ボスに相談を持ちかけた。


 朝夕の送迎に、今日はお弁当まで、ごちそうになってしまったのだ。


 ずうずうしい女だと思われるとマイナスなので、何かお返しをしないといけないだろう。


「ふむ、お礼か…」


 ボスも、次の一手になると思っているのか、真面目に考え込んだ。


「レーザー用の人造ダイヤなら、今日完成しましたが」


 島村が、真面目な顔で、また変なものを持ち出す。


「ええい、チョウの息子たちに、そんなまがいものをあげられるか!」


 ボスは、本物のダイヤを持ち出しかねない勢いだ。


 いえ、もう少し、学生らしいものを。


 絹は、どこから突っ込んだらいいのか、分からなかった。


「何か仕込んで、チョウにばれると厄介だしな」


 ああ。


 広井家は、電気屋の親玉なのだ。


 ボスの製品は、見抜かれる可能性があるということか。


「あの兄弟なら、手作りのもので、お手軽に喜びそうじゃないですか?」


 難しく考える二人に、島村はさらっと言う。


 ふーむ。


 手作りのお手軽、ね。


「それじゃ、ま…」


 絹は、台所に向かうことにした。


「お手軽に、クッキーでも焼いてみますか」


 しかし、彼女の知っている料理は、実用的なものだけで、菓子類には詳しくない。


「島村さん、レシピ出せます?」


 絹は、自分用のパソコンを持っていなかった。


 いまのところ、携帯電話もない。


 一方通行とはいえ、自分の声はボスに届くからだ。


 そのうち、広井ブラザーズにメアドや番号を聞かれるだろう。


 その時に、ボスの判断を仰ごうと思った。


 電話にも、いろいろ仕込みたいだろうし。


「クッキーのレシピ…」


 島村は、少し憮然としているように見えた。


 マッドサイエンティストの助手に頼むには、少しかわいそうだったかもしれない。


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