Ver.京エンディング
「おい…絹!」
呼び掛けに、絹はつーんとあらぬ方を向いた。
三ヶ月、音沙汰ナシで世界中を飛び回っていた唐変朴には、これくらいでちょうどいいのだ。
社長代理で、死ぬほど忙しい思いをしたのは、百も承知。
「地球が冷えるより早く、私に氷河期がくるわよ」
しかし、多少のグレくらい許されるはずだ。
温Pの仕事に、本格的にハマった彼は、例の装置のエキスパートになった。
そのため、技術指導などで、世界中から引っ張りだこなのだ。
「分かった分かった、悪かった」
ずさんな謝りがきたので、文句を言おうと振り返ったら。
驚いた。
「なんで、怪我してるの?」
吊られた左腕。
「自然環境に、科学が入ってくるのを、嫌がる奴らがいるってこった」
たいしたこたねぇよ。
暴力的な脅しにも、まったくブレのない男だ。
おもしろくないのは、絹だ。
どこの誰だか知らない奴に、ボスの発明品とそのエキスパートが傷つけられたのだから。
「今度から、私も連れてって」
そんじょそこらの素人よりは、よほど役に立つ。
少なくとも、みすみす怪我させたりはしない。
「おまえなぁ」
なのに、彼は物凄い嫌な顔をした。
「オレが、うんと言うと思ってるか?」
ずいっと、顔が近づいてくる。
両目に、拒否の色がありありと浮かんでいた。
「私が女だから?」
女にボディガードされるのは、お気に召さないのか。
「違う。おまえが絹だから、だ」
揺るがない、男。
絹を危険な目にあわせるのは、イヤだと思っているのだろう。
「オレに同行したいなら、ボディガード以外の立場を狙えよ」
その目が、にやっと色を変える。
絹は、軽く虚空を見た。
ははーん。
「秘書になれ、と?」
それはそれで、楽にボディガードを兼任できそうだ。
絹が、いい案だと考えていたら。
「おまえ…絶対分かってるだろ」
冷ややかなツッコミに、絹はもう一度虚空を見た。
ああ、そっちか。
「はてさて…秘書以外になにかあったかしら」
にっこり笑顔で、すっとぼけてみせる。
「たまーに、オレに拳を固めさせるよな、おまえ」
引きつった笑み。
「言えないような事なら、大したことないんでしょ」
音信不通で怪我までしてきて、偉そうな男だ。
彼との関係は、力比べのようなもので。
うかつに力を抜くと、一瞬で壁ぎわ行きだった。
だから、同じだけの力で押し返さなければならない。
「ほー…それじゃ、覚悟しとけよ」
上等だ、という瞳。
ぎくり、と。
絹は、いやな予感がした。
顔が、どんどん近づいてくる。
「来週には、もう逃げられなくしとくからな」
「ちょ…何する気!?」
狼の尻尾を踏んだことに気づく。
いきなり、何かを決意させてしまったのか。
「今か? 今なら…キスだ」
ちがう! そっちじゃない!
絹の叫びは――彼の唇の中に消えてしまったのだった。