Ver.了エンディング
「勝利の女神ーっ!」
すごい単語を叫びながら、絹は飛び付かれた。
その勢いと重さに、よろめいてしまう。
強い男を目指してきた彼は、たったいま高校生の頂点に立った。
そんな身体で、昔と同じノリで飛び付かれると、絹も支えきれなくて当たり前だ。
「すごかった? 強かった? かっこよかった?」
汗びっしょりのまま、全身で褒めてとアピールが押し寄せる。
「うんうん、すごかったし強かったしかっこよかったよ」
タオルで汗を拭いてやりながら、絹は笑った。
昔、宣言した通り、中身は可愛いままだ。
「やったーわーい!」
無邪気に、思い切り抱きしめられる──人目があるにも関わらず、だ。
「ちょ…ストップ。周りを見て」
絹は、慌てて彼を制止した。
このまま、キスまでされそうな勢いだったのだ。
「えー…」
しかし、まったくもって周囲の空気を感知せず、彼は頬をふくらませる。
「じゃあ、誰もいないとこいこ!」
その目が。
一瞬できらっと光る色をたたえ、絹の腕を引っ張って会場を後にする。
あ、あからさますぎる。
引っ張られながらも、絹は爆笑したい気持ちを抑えるので大変だった。
本当に、自分の生きたいように生き、やりたいようにやる男になったものだ。
強引でワガママで、それでいて、どうしても憎めない。
「これで大会も終わったから、絹さんとどこへでも行けるよ…待たせてごめんね」
会場裏手に、てきぱきと絹を連れ込む手際とは裏腹に、本当に嬉しそうに言葉を吐く。
「海がいい? 山がいい? 星を見に行く?」
にこにこしながらも。
更にてきぱきと、絹を抱きしめる。
ギャップが、おかしくてたまらない。
「進路はいいの?」
学年的には、ダブりの絹よりひとつ下になる彼は、いま高校三年生。
夏の大会が終わったら、次は進学が待っているだろうに。
「うん、大丈夫…僕、進学せずにアキさんとこいくから」
笑顔で──とんでもないことを言い出した。
「アキさんとこって…」
具体的な想像がつかずに、絹は眉をひそめる。
「いまね、武道家を指導員として、世界に派遣してるんだよ、アキさんとこ」
そういえば。
昔に起きた、あの事件の後。
絹の後輩たちの半分近くは、アキの里に引き取られたと聞いた。
社会にすぐに復帰できない子らを、彼女が面倒を見ていたのだ。
武道の才能のある子は、その方向で育てているとも聞いた。
そうか。
あの子たちも、ちゃんと社会へ戻っていっているのか。
「ぶー…絹さん、いま遠い目をした…僕、それ嫌い」
遠い思い出に引っ張られかけた絹は、一瞬にして彼に足を掴まれ、引きずりおろされた。
暑いのに、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
日陰なのが、唯一の救いか。
「僕をちゃんと見てよ! かっこいい僕を!」
本人が至ってまじめに言えば言うほど、どうしてこうおかしくなるのだろう。
確かに、彼を見ていると、遠い目をする暇もなさそうだ。
「見てるわよ」
くすくす笑いながら、絹は答えた。
「ほんと?」
疑いのまなざしが、真正面。
見ていると言った手前、この近距離でも目はそらせない。
「ほんとほん…」
笑いながら、肯定しようとしたのに。
我慢のきかない可愛い坊やは──ちうちうと、ねずみのようなキスを始めている。
口紅、塗ってるのに。
自分の口紅が、はげる心配をしているのではない。
彼が口紅をつけたまま──表彰台に上がってしまう方を心配したのだ。




