Ver.島村エンディング
「はい」
絹は、包みを彼に手渡した。
居間で、ちょうど一人ぼーっとしていたので、そこを彼女が捕まえたのだ。
「なんだ?」
うろんな目で、包みと絹を見比べる目。
「プレゼントよ」
きっぱり。
絹は、はっきりと言い切った。
「はぁ?」
ますます、目がうろんになっていく。
それもそうだ。
プレゼントをもらう言われなどない──そう思っているのだろう。
「だって、誕生日でしょ」
もう一度、きっぱり。
瞬間。
目じりが、ぴくっと反応した。
分かっている。
分かっていて、絹は言っているのだ。
彼は、二つの命の複合体。
身体と心が別の生き物。
どっちでもあり、どっちでもない、「自分」を確定できない人生を送っている。
その複雑な糸を、絹はあえて解こうとはしなかった。
単純に。
いま、彼の記憶と人格を構築している方の、誕生日を取っただけだ。
「誕生日じゃない」
ずいっと。
包みを突っ返された。
むっとした顔だが、絹だってむっとした。
「いい加減にしなさいよ。もう、どこでも歩けるようになったのに、いつまで引きこもってんの」
絹のストレートパンチに。
「お前は、自分が陽の下を歩けるようになったから、日陰の人間を哀れんでいるだけだ」
容赦ないジャブの応酬。
「オレが日陰にいたいんだ、構うな」
痛烈な、アッパーカット。
むかむかむか。
「哀れんでなんかいないわよ…日陰になんかいたくないくせに!」
絹は、更に包みを突っ返す。
「日陰にいた方が楽なだけでしょ!」
瞬間。
彼は──言葉を失った。
フルヒットした、手ごたえ。
人の傷口を抉っている自分を、絹は強く踏みしめた。
たった一歩。
あと一歩踏み出せば、そこに太陽はあるのに。
呆然とした彼の手にある包みを、絹は上から引きちぎった。
とても、人にあげたものの扱いではない。
白い、シャツ。
包装の残骸の中から、長い袖がこぼれ落ちた。
彼の目が。
その白いの袖の、ボタンを追う。
「そろそろ…出なさいよ」
包装の残骸が、床に着地しきるより前に。
絹は、最後の一発を打ち込んだ。
じっと、シャツを見る瞳。
「それ着たら…デートくらい、してあげるわよ」
上から目線で、絹は彼に言った。
こんな言葉に、彼が乗ってこないのは知っている。
だから、あえて言ったのだ。
はっ、と。
彼は笑った。
「それは、こっちからお断りだ…」
そして。
黒い服の引きこもりは──白い服の引きこもりになった。
半歩だけ。
彼に、陽が降り注いだ。