天野
「あ、ほんまにおった」
昼休み。
冬になっても、自前のスポットライトは健在のようだ。
ゴージャス天野が、一年の教室まで訪問してくれた。
お節介な性格なので、わざわざ心配して見にきたのか。
「ちょーっと、話したいことあるんやけど…ご飯、一緒とかあかんか?」
おや。
これは、意外だった。
長期欠席していた病み上がりの絹に、何の話があると言うのか。
ちらりと将を見る。
一緒に、食事をする予定だったのだ。
「いっておいでよ」
彼も、天野は安全だと思っているのか、あっさり許可が出た。
「ありがと」
絹は、お弁当を持って立ち上がる。
話も気になるし、天野自身も気になっていた。
島村的意味で。
詮索する気はないと言えば、ウソになる。
だが、彼の存在が余りに宙ぶらりんで。
そこが、絹の気になる――いや、心配しているところだった。
本人にしてみれば、余計なお世話だろうが。
「入院してたんやてなぁ…名簿調べて訪ねて行ったんやけど、入院先教えてくれへんかったで。無愛想なあの人、にーちゃんか?」
昼食の場所に案内しながら、ゴージャス天野は軽く言葉を振る。
「え?」
しかし、それは先制のパンチに等しい。
ノーガードの絹に、クリーンヒットだ。
「うちに…来たんですか!?」
驚く以外にない。
「ん? なんか、あかんかった?」
その上、島村とも会ったというのだ。
あかんです。
兄ではないが、兄の記憶を持つ存在である。
妹の訪問に、島村もキモをつぶしただろう。
そして、さぞや複雑な心境を味わったはずだ。
「ええと…私には兄弟はいません」
微妙に表現に困りながら、絹は答えた。
「あ、そーなんや…ふーん…にーちゃん、ちゃうんか」
絹と島村の関係に首をひねりながら、ゴージャス天野は先を歩く。
あなたのにーちゃんだよ。
正確さに欠ける言葉が──頭をよぎった。
※
案内されたのは、科学準備室。
勝手知ったる様子で、ゴージャス天野は、すみっこのストーブに火をつける。
「すぐあったまるから、待ってな」
そのストーブの近くに、科学室から椅子を引っ張ってくる。
慣れたものだ。
「何で科学準備室に?」
カギも持っていた。
「うち、科学部やってんねん…もう引退したけどな」
まだ顔効くから、出入りは自由なんや。
それはそれは。
意外と地味な部活に、絹は驚いていた。
理系の人とは、思わなかったのだ。
「建築部とかあったら、そっち入ってたけどな…似合わへんやろ? うちに科学なんて」
天野節は、変わっていないようだ。
ポップコーンのように、次々と言葉が跳ねだす。
「うちのにーちゃんがな…科学バカやってんねん。高校でも大学でも、変人扱いされとったわ」
ある程度。
絹が、頭の隅で描きかけた話へと流れていく。
全て、過去形で語られる話。
「顔はうちに似てて、色男やったのに、変人すぎて彼女も作れへんし…家も継がんゆうて、とーちゃんに勘当されて、出てったわ」
ささ、食べよ。
あったかい、ストーブの傍の席を勧められる。
話に聞き入っていた絹は、これが天野にとっては単なる雑談なのだと気付く。
もしかしたら。
彼女の兄は、今でも失踪扱いなのだろうか。
天野は、今でも兄がどこかで――
「ま…もう死んだんやけどな」
あっさり。
あはははと、湿っぽい話を叩き壊すように、天野は笑った。
「やりたいことやってたんやから、悔いはないやろ」
絹が固まったのに気付いたようで、天野は彼女の肩をばんばんと叩く。
いや――悔いを残してるかも。
絹は、うっすらと汗をかいた。
※
「あかんあかん…話がそれてもうた」
お弁当のふたを開けながら、天野が話を元に戻そうとする。
戻せないのは、絹だ。
しかし、もはや話の流れは別方向へ。
「それより…高坂さん、あんたやない?」
絹に、お弁当を開けるよう箸で促される。
「何が、ですか?」
すでに胸がいっぱいな気分を味わいながら、絹も昼食へと取り掛かった。
「あんたが、あのバカの腕、斬り落としたん?」
カシャーン。
箸を――取り落とした。
はぁ?
天野の中では、一体どんな想像が走っていったのか。
「ありゃ、その顔はハズレやね…ごめんごめん、箸落としてもたな」
謝るところは、箸なのか。
絹は、それを拾い上げた。
小さな手洗い場があるので、そこで洗うことにする。
頭の中は、さっきの話でいっぱいだった。
天野は、渡部の右腕について思うところがあるのか。
「本人に聞いた方が、早くないですか?」
きれいになった箸を持って戻りながら、絹は提案してみた。
「犬に噛まれたしか言わへん」
ああ。
不謹慎なことだが。
笑いかけてしまった。
確かに、絹にもそうとしか言わなかったのだ。
事情を知らない天野が、それですぐ森村とつなげられるはずがなかった。
「夏休み終わってみたら、あのバカは片腕になっとるし、森村は行方不明。あんたは入院やろ?」
ウィンナーに箸を突き立てながら、天野はため息をつく。
だから、絹が質問されたわけか。
行方不明の森村には、聞きようがないだろうから。
「気になります?」
多分、入院先を尋ねにきたのも、渡部の腕が原因だろう。
「そらな、くされ縁やけど、長い付き合いやし…」
天野の唇が、少し淀んだ。
「あのバカは、尻軽でド悪党な奴やけど…テニスだけは妙に真面目やったし」
重く、彼女の口は閉ざされた。
そんなド悪党でも――心配してしまうのか。