了
「絹さーんっ!」
三男坊は、病室に入るなり、滝のように泣き始めた。
「よかった、よかったよー!」
絹の布団を、水びたしにさせる勢いだ。
「ごめんね、心配かけて」
よしよしと、その頭を撫でる。
「絹さんが、死んじゃったら、僕、僕!」
物凄い顔を向けられたので、絹は苦笑しながら箱ティッシュを渡した。
チーーンッ!
絹に背中を向けて、盛大に鼻をかむ背中。
なんだか、ちょっと印象が違う。
「了くん、背が伸びてない?」
にょきっと、頭半分くらい高くなった気がする。
「うん! 手も大きくなったよ!」
赤い鼻のまま振り返る了は、手を開いて見せた。
確かに、大きい。
「僕ね、アキさんの紹介してくれた空手道場に通ってるんだ」
ついでに袖をまくって、あざだらけの腕を見せる。
えへへー、っと。
泣いたり笑ったり忙しいのは変わらないが、そんな了が武道とは。
「うちの家族って、みんなよわっちーでしょ」
全員、自分より年上なのに、容赦なくぶったぎる。
ひ弱ではないが、確かに趣味は天文だし、仕事は機械いじりだし。
マッチョになる要素はなかった。
「だから僕、強い役をやるとこにしたんだ」
役?
自分で言うには、妙な表現である。
「頼りがいのあるパパに、意地悪な京兄ぃ。明るい将兄…そして、あまったれな末っ子」
自分について、見事に言い切った。
だが、何が言いたいかは分かる。
新しい自分に、変わりたいと思っているのだ。
しかも、家族の誰ともかぶっていない方向に。
「マッチョであまったれな末っ子ってのも、意外性があっていいよね?」
あれ?
絹は、笑った。
あまったれは――残すんだ、と。
※
多分。
了が、強くなりたいと思ったきっかけは、あの日にも関係しているのだろう。
了が、それを口にしない事実の方が、実は重かった。
少年は――決意してしまったのだ。
男として。
「そういえば絹さん、ママのユーレイに会ったんでしょ?」
あっけらかーんと、了はすごい質問を放り投げてきた。
一体、どんな解釈をしたのか。
「僕も京都に行けばよかった。ユーレイのママにも会えたのに」
無茶をいう末っ子だ。
だが、それだけ会いたいと願っているのだろう。
「強い人、だったわよ」
それは、間違いない。
言葉に、了がにこっと笑った。
「うん、分かるよ。僕らを産んだママだもん」
にこにこ。
本当に、嬉しそうだ。
「パパがよく言ってた。『了のママは、とっても強かったんだぞ』って」
彼の言葉が、映像を作る。
まだ小さい了。
母を恋しがって泣く了。
抱き上げるチョウ。
そして、母のことを話すのだ。
「僕のことは、何か言ってなかった?」
そんな、人づてからしか母を知らない彼にしてみれば、ユーレイでも構わないのだろう。
「『みんな愛してる』って…」
了個人に、宛てた言葉はない。
喜ばすためだけに、捏造も出来ないので、絹は素直にそう言った。
「ちぇ、みんなかぁ」
了は、少し不満そうだ。
しかし、その目がキラーンと絹を見た。
「じゃあさ、じゃあさ、絹さん…絹さんは僕のこと、どう思ってる?」
ひょいっと。
了は話を軽く飛躍させた。
あらあら。
京がいないので、その線を簡単に踏み越えてきたようだ。
相変わらず、ちゃっかりしている。
絹は、にっこり微笑んだ。
「みんな、大好きよ」
明らかな――盗用だった。