京
「よぅ」
見舞いの一番手は――京だった。
兄弟がまとめて押し掛けると、絹を疲れさせるという配慮かららしい。
「久しぶり…って気がするわ」
随分、長く会っていない感じがした。
新しい人間は、まったく出入りしないので、京の顔がとても懐かしく感じる。
「気、じゃねぇよ…久しぶりなんだよ」
ベッドの側の椅子に腰掛けながら、京はいやそうに言った。
ほれ、とベッドに置かれる花束。
赤中心の、京らしい大人びた色。
「もう11月だぞ。寝すぎだ、バカ」
なんだろう。
悪態が心地いい。
バカと言われているのに、にこにこしてしまうのだ。
「もっと…悲壮なツラしてるかと思ったら、まともすぎて拍子抜けしたぜ」
ふーっと。
ため息をつきながらも、しかし、京は目を細めた。
ニヤッとは、また違う笑み。
「だって、楽しいもの」
ふふふ、と絹はベッドにいながら、心がふわりと浮いたのに気付いた。
生きていて――誰かが自分を必要としてくれているのが、こんなにも嬉しいことなのか。
この気持ちを手に入れただけ、額をかち割られた甲斐もあった。
「じゃあ、頼んでもいいか?」
ふと京が、音程を変える。
低くなる音。
「なに?」
なんだろう。
京の音に、微かな不安がよぎる。
目を、見られた。
「その調子で…将を引っ張り上げてやってくれ」
まったく。
京が、本当に困っている眉を見せた。
あ。
よみがえる記憶。
あの日のことは、忘れていたわけではない。
ただ、あまりのいびつな情報に、おそらく全てを吸収してしまうのは無理だろうと、時の風化に任せていたのだ。
だが。
将が、いた。
彼が見たものの本当の意味を、絹以外の誰が説明できよう。
京を見る。
「お母さんの話…してた?」
その目の中に、自分が見える。
「ああ…」
彼の瞼の中に――絹は消えた。
※
「おふくろの話もそうだが」
京にも、何か話をした方がいいかと、絹が考えていた時。
彼の瞼が、上がった。
「目の前で、お前が斬られたんだ…普通ヘコむだろ?」
皮肉っぽい言い方。
自嘲めいても聞こえる。
「アキさんからの悪い報告で、留守番組のオレと了は思った…『将は何をしてたんだ』ってな」
キツイ言葉。
アキでさえ、動けなかったあの時、誰が将を責められるのか。
「けど…あのバカが、お前を守ろうとしないはずがないんだよな…それが出来ないくらい、異常な事態だったのは…分かった」
帰ってきた将を見たら、な。
『ありもしないものを抱いた…だから、両手がふさがって絹さんを守れなかった』
将が、最初に言った言葉だそうだ。
血が、真っ黒にこびりついたままの姿の弟を――京は見たのである。
ありもしないもの。
難しい言葉だ。
かの存在の定義は、絹でも正確にはできない。
だが。
「あの時だけは…あったわ…確かに」
桜には、死に直す時間が与えられた。
言い遺したかった言葉を、伝えるだけのレコーダーのような存在だったのかもしれない。
ただ、残酷な話だが、それは彼女が死んだからこそ成り立つ話だ。
現実は、陶酔の言葉では済まされない。
島村を見れば、それがよく分かる。
「じゃあ…」
絹の言葉を噛み締めるように、京が口を開く。
「じゃあ…おふくろは、ちゃんと死ねたんだな?」
変な言葉だ。
とてもとても、変な。
けれども、子供の頃からずっと、彼を縛り付けていたものだ。
「ええ…」
京の、鎖が切れる。
「そうか…」
少し、笑った。
絹の前では――泣かないのだ。