傑作
「養成員宿舎、ロック固定。外門開放固定!」
携帯に向かって、作戦開始の指示が出される。
幸い、真夜中。
絹の元お仲間たちは、ほとんどが眠りの底だ。
宿舎さえロックしてしまえば、彼らの参戦は止められる。
実質敵は、教官のみになる。
後の説得の心配は、ある程度のコントロールを制圧した後だ。
「行くぞっ!」
銃砲隊三人が、先に飛び出す。
絹が、次に続いた。
夏の夜なのに、刺すように冷たい空気に感じる。
自分の命を、秤に乗せている時にしか感じない冷たさだ。
絹は赤外線スコープごしに、薄暗くうごめく先行の三人を追う。
夜目の利かない絹に、銃砲隊が貸してくれたのだ。
重火器担当が一人。
後の二人は、瞬発力重視だ。
マシンガン系がないのは、命中に自信があるのか、はたまた彼らのポリシーか。
門に踏み込んだ三人が、一瞬で左右に散会し――伏せた。
はっと、絹は門に身をひそめる。
チュイン、チュインと跳弾が火花を散らした。
不意打ちのこちらを、更に出会い頭に不意打ちしようとした奴がいたのだ。
地雷の関係で、正門から入ってくることを見越された。
教官に決まっている。
とりあえず、一名が軽装備のまま侵入者を足止め。
残りの教官が、いま武器及び養成員の準備をしようとしているはずだ。
しかし、後者は不可能。
「遠慮なしだ! ブチこめ!」
火線で位置を確認し応戦しながら、銃砲隊は大物をすかさず出した。
バズーカ一閃。
轟音と共に、総合棟が火を吹いた。
「突入!」
間髪入れずに、全員駆け出した。
今度は、アキたちも合流している。
熱風が、絹の前髪を跳ね上げる。
それさえも──冷たく感じた。
※
午前四時。
管理棟に立てこもり、教官たちは抵抗を続ける。
武器室があるため、こちらから大物では攻撃出来ないため、長引いているのだ。
逆に言えば、向こうにはそれだけの装備がある。
長期戦にして、応援待ちの姿勢だ。
こちらが少人数なのを把握したせいもあるだろう。
教官をあきらめさせるには、圧倒的な駒がいる。
「アキさん」
駒を動かすには、自分では足りない気がした。
だから、彼女を呼んだ。
「すみません、一緒に来てもらえますか」
東の空が、薄い紫をたたえ始める中、二人は走った。
たどりついたのは――養成員宿舎。
絹は、携帯を出した。
「了くん、養成員宿舎のロックを解放して」
いまもなお、寝こけているのは、鉄の心臓を持つ鈍いバカくらいだ。
他は、外の異変に気付いているし、上位の奴らはこのドアの、すぐ向こうで待機しているはず。
重い、重い鉄の扉。
いまの上位は、誰だろう。
売れやすいところだけに、入れ代わりも激しい。
たとえ、見知った人間がいたとしても、向こうは自分を分からないのだ。
あと、教官に取り入る少数の人間もいる。
何にせよ。
彼らを説得して味方につけられなければ、やはり勝利はない。
『絹さん、宿舎開けるよ!』
了の、ゴーサイン。
息をつく。
さあ。
絹が役立てる時だ。
※
ドアを――少しだけ開ける。
「今からドアを開けます。敵ではありませんので、攻撃もしません」
声を、先に入れるためだ。
ギギィ。
重々しいドアを、絹はゆっくりと開ききった。
絹くらいの年ごろの子たちが見える。
自分と、同じ目の人間だ。
「いま、私たちは教官らと戦闘中です。あなたたちもここから解放します…ただ、その前に、力を貸して。教官との戦闘を、終わらせたいの」
信じられない話だろう。
絹が、この中の一人なら、とても正気の話とは思えない。
だから、反応はとても鈍かった。
時間がないのに。
彼らの行動スイッチを入れるには、こんな実態のない言葉ではダメなのだ。
荒技でいくしかない。
「最上位は誰!?」
やさしい敬語では、届かないというのなら。
気合いを込めて、絹はそう言った。
「オレだ」
知っている男が、前に踏み出した。
親しかったわけではない。
しかし、過去が一瞬絹の意識をよぎった。
振り払う。
絹は、後方のアキを手で指した。
「彼女が、うちの大将よ。あなたが勝ったら、みんなで逃げればいい。こっちが勝ったら…味方になってもらうわ」
最上位が負ければ、他の誰もかなわない。
そして、教官とやりあえる人間だと理解される。
みんなの意思、では彼らは動けないのだ。
最上位が、絹の提案に乗れば、必然的にそれが全員の意思になる。
「分かった…ウチ流だからな、こぎれいなことは言うなよ」
彼は、そういうなり――絹に腕を伸ばしていた。
あっ!
戦う相手はアキだというのに。
いや、違う。
分かってやっているのだ。
どんな勝ちでも、勝ちは勝ち。
絹を締めあげてでも、アキに参ったと言わせればいいのだ。
そうね。
そういうところだったわね。
絹が、ここ出身でなければ、このままパニックで捕まっていただろう。
悲しいかな、身体は自然に飛び退いていた。
「アキさんっ!」
叫ぶまでもなかった。
既に、彼女はその大きな手を突き出していたのだ。
最上位の男が、手を引ききるより先に、がっしりと掴み――自分より重い身体を、片手で引きずり寄せようとした。
一瞬の態勢の崩れでいい。
アキには、それで十分に違いなかった。
まるでコマ送りのように、男が綺麗に体落としを決められる様を、絹は見ていた。
気合いの掛け声一つなく、アキは息ひとつ乱していない。
だが。
絹は、恐れていた。
アキの技は、綺麗すぎるのだ。
勝つか死か、をたたき込まれるここの人間には、まだ負けた、ではない。
彼がどこまで抵抗するか、そこがカギだ。
「そんなお綺麗な技じゃ、勝ったとは…!」
案の定、彼は足を跳ね上げ、真下からアキを蹴りつけようとする。
その足を、腕でガードしたアキは――しかし、構えを解いて彼に詰め寄る。
「この決闘に、益などありません」
あの陽の目が、まっすぐに彼を見た。
「あなたが倒したいのは、私ですか? 教官ですか?」
まっすぐすぎる言葉。
ああ。
絹は、半分だけ覚悟した。
アキの言葉や行動は、おそらく彼には届かないだろう、と。
※
彼女の目を、まっすぐ見返せるものなど、ここにはいないのだ。
「はっ! はははは! 傑作だ!」
ヒステリックに、男は笑った。
「だから、あんたらはここを陥とせないんだ! そんな、ナマっちょろいことを言ってるから!」
目の前で、怒鳴りつけられても、アキは微動だにしない。
あと少し、アキが針を振れさせたら、きっと彼は爆発しただろう。
だが。
「やれやれ…」
声が、聞こえた。
絹たちより、もっと後方。
知らない声。
誰でもない声。
振り返る。
男が三人いた。
いずれも三十前くらい。
普通の人間じゃないことが、ただ立っているだけでも伝わってくる。
「千載一遇のチャンスと聞いて駆けつけたら…後輩どもは、今の時代もモグラ野郎か」
「門、開けてくれたのあんたらだろ? ありがとよ…後から、またオレらみたいのが来るぜ」
「やっと、ここと本当にオサラバできる」
ああああ。
絹は、震えが走った。
彼らの、名前を問う必要はない。
まさかの駒が、来たのだ。
ここから売られていった、いわゆる卒業生たちに違いない。
絹たちの襲撃の情報を、手に入れてくれたのだ。
強く生き延び、年を重ね、それぞれの組織の中で、自由に動けるようになったのだろう。
何年たっても、ここのことを忘れきれずにいたのだ。
こんな心強い駒は──他になかった。