表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/81

傑作

「養成員宿舎、ロック固定。外門開放固定!」


 携帯に向かって、作戦開始の指示が出される。


 幸い、真夜中。


 絹の元お仲間たちは、ほとんどが眠りの底だ。


 宿舎さえロックしてしまえば、彼らの参戦は止められる。


 実質敵は、教官のみになる。


 後の説得の心配は、ある程度のコントロールを制圧した後だ。


「行くぞっ!」


 銃砲隊三人が、先に飛び出す。


 絹が、次に続いた。


 夏の夜なのに、刺すように冷たい空気に感じる。


 自分の命を、秤に乗せている時にしか感じない冷たさだ。


 絹は赤外線スコープごしに、薄暗くうごめく先行の三人を追う。


 夜目の利かない絹に、銃砲隊が貸してくれたのだ。


 重火器担当が一人。


 後の二人は、瞬発力重視だ。


 マシンガン系がないのは、命中に自信があるのか、はたまた彼らのポリシーか。


 門に踏み込んだ三人が、一瞬で左右に散会し――伏せた。


 はっと、絹は門に身をひそめる。


 チュイン、チュインと跳弾が火花を散らした。


 不意打ちのこちらを、更に出会い頭に不意打ちしようとした奴がいたのだ。


 地雷の関係で、正門から入ってくることを見越された。


 教官に決まっている。


 とりあえず、一名が軽装備のまま侵入者を足止め。


 残りの教官が、いま武器及び養成員の準備をしようとしているはずだ。


 しかし、後者は不可能。


「遠慮なしだ! ブチこめ!」


 火線で位置を確認し応戦しながら、銃砲隊は大物をすかさず出した。


 バズーカ一閃。


 轟音と共に、総合棟が火を吹いた。


「突入!」


 間髪入れずに、全員駆け出した。


 今度は、アキたちも合流している。


 熱風が、絹の前髪を跳ね上げる。


 それさえも──冷たく感じた。


 ※


 午前四時。


 管理棟に立てこもり、教官たちは抵抗を続ける。


 武器室があるため、こちらから大物では攻撃出来ないため、長引いているのだ。


 逆に言えば、向こうにはそれだけの装備がある。


 長期戦にして、応援待ちの姿勢だ。


 こちらが少人数なのを把握したせいもあるだろう。


 教官をあきらめさせるには、圧倒的な駒がいる。


「アキさん」


 駒を動かすには、自分では足りない気がした。


 だから、彼女を呼んだ。


「すみません、一緒に来てもらえますか」


 東の空が、薄い紫をたたえ始める中、二人は走った。


 たどりついたのは――養成員宿舎。


 絹は、携帯を出した。


「了くん、養成員宿舎のロックを解放して」


 いまもなお、寝こけているのは、鉄の心臓を持つ鈍いバカくらいだ。


 他は、外の異変に気付いているし、上位の奴らはこのドアの、すぐ向こうで待機しているはず。


 重い、重い鉄の扉。


 いまの上位は、誰だろう。


 売れやすいところだけに、入れ代わりも激しい。


 たとえ、見知った人間がいたとしても、向こうは自分を分からないのだ。


 あと、教官に取り入る少数の人間もいる。


 何にせよ。


 彼らを説得して味方につけられなければ、やはり勝利はない。


『絹さん、宿舎開けるよ!』


 了の、ゴーサイン。


 息をつく。


 さあ。


 絹が役立てる時だ。


 ※


 ドアを――少しだけ開ける。


「今からドアを開けます。敵ではありませんので、攻撃もしません」


 声を、先に入れるためだ。


 ギギィ。


 重々しいドアを、絹はゆっくりと開ききった。


 絹くらいの年ごろの子たちが見える。


 自分と、同じ目の人間だ。


「いま、私たちは教官らと戦闘中です。あなたたちもここから解放します…ただ、その前に、力を貸して。教官との戦闘を、終わらせたいの」


 信じられない話だろう。


 絹が、この中の一人なら、とても正気の話とは思えない。


 だから、反応はとても鈍かった。


 時間がないのに。


 彼らの行動スイッチを入れるには、こんな実態のない言葉ではダメなのだ。


 荒技でいくしかない。


「最上位は誰!?」


 やさしい敬語では、届かないというのなら。


 気合いを込めて、絹はそう言った。


「オレだ」


 知っている男が、前に踏み出した。


 親しかったわけではない。


 しかし、過去が一瞬絹の意識をよぎった。


 振り払う。


 絹は、後方のアキを手で指した。


「彼女が、うちの大将よ。あなたが勝ったら、みんなで逃げればいい。こっちが勝ったら…味方になってもらうわ」


 最上位が負ければ、他の誰もかなわない。


 そして、教官とやりあえる人間だと理解される。


 みんなの意思、では彼らは動けないのだ。


 最上位が、絹の提案に乗れば、必然的にそれが全員の意思になる。


「分かった…ウチ流だからな、こぎれいなことは言うなよ」


 彼は、そういうなり――絹に腕を伸ばしていた。


 あっ!


 戦う相手はアキだというのに。


 いや、違う。


 分かってやっているのだ。


 どんな勝ちでも、勝ちは勝ち。


 絹を締めあげてでも、アキに参ったと言わせればいいのだ。


 そうね。


 そういうところだったわね。


 絹が、ここ出身でなければ、このままパニックで捕まっていただろう。


 悲しいかな、身体は自然に飛び退いていた。


「アキさんっ!」


 叫ぶまでもなかった。


 既に、彼女はその大きな手を突き出していたのだ。


 最上位の男が、手を引ききるより先に、がっしりと掴み――自分より重い身体を、片手で引きずり寄せようとした。


 一瞬の態勢の崩れでいい。


 アキには、それで十分に違いなかった。


 まるでコマ送りのように、男が綺麗に体落としを決められる様を、絹は見ていた。


 気合いの掛け声一つなく、アキは息ひとつ乱していない。


 だが。


 絹は、恐れていた。


 アキの技は、綺麗すぎるのだ。


 勝つか死か、をたたき込まれるここの人間には、まだ負けた、ではない。


 彼がどこまで抵抗するか、そこがカギだ。


「そんなお綺麗な技じゃ、勝ったとは…!」


 案の定、彼は足を跳ね上げ、真下からアキを蹴りつけようとする。


 その足を、腕でガードしたアキは――しかし、構えを解いて彼に詰め寄る。


「この決闘に、益などありません」


 あの陽の目が、まっすぐに彼を見た。


「あなたが倒したいのは、私ですか? 教官ですか?」


 まっすぐすぎる言葉。


 ああ。


 絹は、半分だけ覚悟した。


 アキの言葉や行動は、おそらく彼には届かないだろう、と。


 ※


 彼女の目を、まっすぐ見返せるものなど、ここにはいないのだ。


「はっ! はははは! 傑作だ!」


 ヒステリックに、男は笑った。


「だから、あんたらはここを陥とせないんだ! そんな、ナマっちょろいことを言ってるから!」


 目の前で、怒鳴りつけられても、アキは微動だにしない。


 あと少し、アキが針を振れさせたら、きっと彼は爆発しただろう。


 だが。


「やれやれ…」


 声が、聞こえた。


 絹たちより、もっと後方。


 知らない声。


 誰でもない声。


 振り返る。


 男が三人いた。


 いずれも三十前くらい。


 普通の人間じゃないことが、ただ立っているだけでも伝わってくる。


「千載一遇のチャンスと聞いて駆けつけたら…後輩どもは、今の時代もモグラ野郎か」


「門、開けてくれたのあんたらだろ? ありがとよ…後から、またオレらみたいのが来るぜ」


「やっと、ここと本当にオサラバできる」


 ああああ。


 絹は、震えが走った。


 彼らの、名前を問う必要はない。


 まさかの駒が、来たのだ。


 ここから売られていった、いわゆる卒業生たちに違いない。


 絹たちの襲撃の情報を、手に入れてくれたのだ。


 強く生き延び、年を重ね、それぞれの組織の中で、自由に動けるようになったのだろう。


 何年たっても、ここのことを忘れきれずにいたのだ。


 こんな心強い駒は──他になかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ