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昼休み

 それは、昼休みのこと。


 息のつまる教室を出て、絹は中庭のベンチで深呼吸していた。


 昼食は、学食を利用するつもりだが、早い時間は混むので、時間をずらすのだ。


 将は、きれいにこしらえられた弁当持参だった。


 きっと、家にシェフでもいるのだろう。


 男友達数人と食べているので、この時間の仕事はフリーだと思っていた。


 そんな彼女に、影が落ちた。


 見上げる。


「高坂さん、いま一人?」


 見知らぬ、男子生徒。


 もしかしたらクラスメートかもしれないが、広井ブラザーズに忙しいから、他の男など、見てはいない。


「すみません、人と待ち合わせなんです」


 こんなシーンを、ボスが見たいはずがない。


 さっさとやりすごそう。


「広井なら、バカづらで弁当食べてるよ。彼以外に、まだ知り合いいないでしょ?」


 勝手に隣に座るな。


 そして、将をバカづらと言うな、とも思った。


 今頃ボスが、この男目がけてミサイルを発射しようとしているかもしれない。


「本当に、待ち合わせですから」


 これでも立ち去らないなら、絹が移動するしかない。


「そう邪険にしないでよ、友達になりたいだけなんだから」


 手が――伸ばされる。


 はぁ。


 絹は、ため息をもらした。


 肩を抱こうとしているようだ。


 手が着地する前に、立ち上がって逃れようと思った。


 が。


「いだだだだ!」


 突然、男は情けない悲鳴をあげる。


 驚いて隣を見ると、腕を後ろに持っていかれていた。


「待ち合わせだっつってっだろ」


 ベンチの後ろ。


 悪者の腕をひねりあげている、その騎士は。


「京さん…」


 昼休みの息抜きが――ボスのお土産をつれてきた。


 ※


「ありがとうございました…助かりました」


 逃げ去ったクラスメート(?)に、感謝しなければ。


 絹は、まさか京が釣れるとは思わず、我知らずにこやかになっていた。


 写真と、今朝、座席ごしに見た顔。


 じっくり見ておきたかった。


 将の輪郭を荒削りにして、やわらかい髪を嫌うような逆立て、目を少し細めると――京になる。


「たまたま、通りかかっただけだ」


 不承不承。


 そんなポーズで、絹の言葉を素直に聞き入れない。


「でも、助かりました」


 にこり。


 さて。


 京のような悪ぶりたい男は、どう攻めるべきか。


 下手に押すと、逃げそうだ。


 引いてみるか。


 絹は、それ以上京には構わず、空を見上げてため息をついた。


 あたたかい春の日差しを浴びながらも、意識はベンチの後ろ、だ。


 少しの沈黙。


「待ち合わせの相手、まだこねーのか?」


 よしっ。


 自分から話を振ってきた京に、絹は心でガッツポーズを作った。



 ボス、やりました。


 ※


「あれ…ウソです」


 苦笑を浮かべ、絹は白状した。


 待ち合わせがあるなんて嘘っぱちだ。


 その秘密を京にバラすことで、間の壁を少し壊したように見せる。


「あ、あぁ、なんだ、ウソか」


 どさっ。


 隣に人影を感じ、ちらりと見ると、京が背もたれに両腕をかけるように座っていた。


 誰もこないと分かって、座ってもいいと思ったのか。


 すぐには、立ち去らないでいてくれるようだ。


 ボスは、今頃喜んでいることだろう。


 さすがに、今日は赤飯はないだろうな。


 昨日のことを思い出して、絹は目を細めた。


「お前…」


 呼ばれて、はっとする。


 京の相手を、おろそかにするところだった。


「お前…あんまり、一人でいない方がいいぜ」


 空を見上げながら、何気ない感じでそう言われた。


 一人でいるなと、言われても困る。


 広井ブラザーズのみがターゲットなのだ。


「結構、一人でこうしているの…好きなんです」


 多少、風変わりに思われるかもしれない。


 学園生活を、エンジョイしにきているわけではないのだ。


 彼らに疑わせないためには、多少エキセントリックでもいいだろう。


 この顔なら、それも許されるに違いない。


「お前、美人だから気をつけろっつってんだ…将でもいいから、虫よけにつけとけ」


 自分の弟を捕まえて、殺虫剤扱いか。


 それよりも。


「美人…私が?」


 一瞬、身体からドス黒いものが、漏れだすかと思った。


 絹は、それをあわてて飲み込みながら、白い自分を演出する。


「あ、ああ、自覚したほうがいい…徒歩通学なんかしてると、さらわれるぞ」


 京の言葉は、滑稽の極みだった。


 絹はカメラ、マイクの他に、体内に発信機が埋められている。


 たとえ、彼女が真っ裸にされたとしても、発信機が自分の位置をボスに伝えるだろう。


 絹も、おとなしく捕まってなどいない。


 最悪なものは、突然の死だけ。


 それ以外は――きっとボスがなんとかしてくれる。


 ※


「校内で、一人でいられるところがないのも困りますし…車通学したいなんて…言えません」


 将には親しみやすさを。


 了には優しさを。


 そして、京には少しの反発を。


 彼の思い通りには、ならないのだ。


 それを、肌で感じてもらえればいい。


「親に送ってもらえば、いいだろ?」


 わざわざ、運転手を雇うお金の余裕がないと思われたか。


 話が、面白い方向に転がってきた。


 それを、絹は逃さない。


「父も母も…いないんです」


 真実でもありながら、絹という存在の設定でもあるそれを、ひらめかせる。


 言うことは聞かないが、絹の秘密を見せる。


 遠さと近さ。


 飴と、鞭。


「あ、すまん…」


 そして、京の心に――母の死を甦らせる。


「いえ…いいんです。いまは、とても幸せですから…ただ、お世話になっている方に、今以上のご迷惑はかけられません」


 こんな素晴らしい高校まで、通わせてもらっているのに。


 絹の身の上話を、京は静かに聞いている。


 心に死んだ母、桜が頭にちらついていることだろう。


「だから…さらわれることがないよう、がんばります」


 こう見えても、意外と強いんですよ。


 絹は、健気さをアピールした。


 彼らの想像以上に、本当に強いので、それに嘘はなかったが。


「…天文部」


 ぼそっ。


 京が、長い沈黙の後、そう切り出す。


 部活が、どうしたと言うのだろう。


「天文部、入ったんだよな?」


 将か了が、しゃべったのか。


 朝初めて出会ったばかりなのに、情報が早いことだ。


「はい、そうですが…」


「オレもユーレイだが、一応部員だ…これから、帰りはうちの車で送ってやる」


 あっは。


 本当に、絡んできた男子生徒には感謝しなければ。


 おかげで、京公認の帰りの足を手に入れたのだ。


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