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ただ平穏な日々

「おかえりなさいませ」


 帰宅を、アキたちに迎えられる。


 アキ、という存在を、大きいものに感じた――朝。


 そのせいで、誰よりも彼女に目がいってしまう。


 自分より強く、凛とした存在。


 今まで、彼女の周囲にはいなかったタイプだ。


「おなかすいたーっ」


 了は迷う事無く、ダイニングに向かうつもりのようだ。


「着替えてきますね」


 弾丸小僧の背中を見ながら、絹は先に部屋に戻ることにした。


「了、お前も着替えてこいよ」


 将が、一応引き止めてみている。


「えー」


 不満の限りを詰め込んだ顔が、二人を振り返る。


 いつもの可愛い了を、維持できないほどおなかがすいているのか。


 しかし、二人とも二階に向かおうとしているので、しぶしぶ戻り始める。


 そんな了をおかしく思いながら、絹は部屋に入った。


 ふと。


 違和感を感じた。


 ああ、そうか。


 この家では、使用人たちが普通に人の部屋に入るのだ。


 掃除やベッドメイクや、洗濯物など。


 その感覚に、絹が慣れていないだけ。


 朝、訓練に使ったシャツやジャージも、綺麗に洗って畳んである。


 きっと、アキがやったのだろう。


 ふと。


 枕元に違和感があって、絹は視線を投げた。


 あ。


 倒していたはずのものが、すっくと起き上がっていたのだ。


 それは――さそり座のフォトフレーム。


 つい持ってきてしまったが、見ると自爆なので、倒しておいたのだ。


 アキが、きっと「倒れた」と勘違いして、戻してくれていたのだろう。


 絹は、ダッシュでそれを倒した。


 持っていたいのに、直視できないという、矛盾のシロモノ。


 ふぅ。


 絹は、ベッドに腰かけながら、ため息をこぼしていた。


 ボスは今頃、何をしているだろう。


 まだほんの数日なのに――もう、何ヶ月も会っていない気がした。


 ※


 朝、アキとトレーニングをし、アルバイトへ行く。


 それを繰り返していた数日後。


 朝。


「あの写真は、何かあるのですか?」


 身体をほぐしている絹に、アキが聞いた。


 絹が、さそり座のフォトフレームを、いつも倒しているせいだ。


 最初の二回は、アキが起こしていたようだが、その後はもう倒したままにしてくれて。


 不思議だったのだろう。


 家から持ってくるほど大事なものなのに、倒したままというのは。


「あれは…その…」


 絹がいいよどむと。


「すみません、立ち入ったことを聞いたようですね」


 すっと、アキが言葉を引いた。


 星のフォトフレームだったので、そんなに重い意味を持たないものだと思っていたのだろう。


 彼女なりの、軽い話題。


「いえ、いいんです…誕生日のプレゼントにもらったものなんですが…見るたびに、何だか泣けてしまうので」


 絹は、苦笑でごまかした。


「誕生日…ああ、あの時の」


 アキの頭の中で、何かつながったようだ。


「坊ちゃま方も、張り切ってましたからね…よく覚えています」


 誕生会は、この家ではしていない。


 彼女が言っているのは、その前段階の話だろう。


 そういえば、三兄弟のプレゼントは、なかなか曲者だった。


 いや、将はいい。


 彼がくれたのは、シルバーのネックレスだ。


 問題は。


 京は、ピアス。


 あのー、ピアスホールないんですが。


 これは、ピアスのできる耳になれ、ということだろうか。


 逆に言えば、もらったピアスをはめられる状態になれば、京の思いを受け入れたと判断するぞ、と言われている気がした。


 了は、ピンキーリング。


 単なるファッションリングなのは、よく分かっている。


 分かっているが――指輪だ。


 おかげで、将からもらったネックレスも、つけづらくなってしまった。


 将のネックレスはできて、他のはどうしてダメなんだと思われそうで。


 うーん。


「では…始めましょうか」


 にこり。


 話題がそれたことを満足したように、アキは腰を落として構えた。


 ※


 絹の仕事は、毎日各部署を回ること。


 チョウは、いつも一緒にいられるわけではないので、総合秘書の女性がついてくれている。


 おそらく、絹を一人にするな――そういう命令が出ているのだろう。


 一人で大丈夫ですと、さすがの絹も言えなかった。


 いくら広井の会社内とはいえ、本当に侵入しようと思えば、織田派なら可能な気がしたからだ。


 まあ、それはおいておくとして。


「資料ー! パワーポイントの最新の資料ドコー!」


「招待メールのあて先候補、まだ上がってないのか!?」


 温Pは、日に日に殺伐としていく。


 もう公式発表まで、日がないからだ。


 京は、一人もくもくとPCの前で作業をしている。


「発表って、京さんも出るの?」


 とことこっと、彼のところに近づきつつ聞く。


「行くが、表には出ないぞ…オレがやった仕事じゃないからな」


 ふと。


 京が、ピタリとマウスを止めた。


「で…お前は何やってんだ?」


 見上げる目には――少しの不審。


「何って…ええと、各部署の視察?」


「そうじゃない」


 絹の言葉は、即殺された。


「腕にあるアザはなんだ?」


 あらっ。


 制服は、夏服で半そでだ。


 おかげで、アキとのトレーニングでぶつけたアザが「こんにちはっ★」している。


「ぶつけたの」


 うふふっと、絹は猫を背負い込んで微笑んだ。


「おまえなぁ…」


 あきらかに、まったく信じていない目とぶつかる。


「本当よ、運動しててぶつけたの。たまには、身体を動かさなきゃ、ね」


 絹の言葉の最後に、京が一回だけマウスをクリックした。


 カチッ。


「たまに、アキさんと話をしてるよな…お前」


 京の更なる一歩に、絹はもう少しニッコリした。


「一番年の近い女の人が、彼女だけなんですもの…いい人ね、アキさん」


 さあ。


 猫をへっぱがせるものなら、はがしてごらんなさい。


 そんな笑顔をちらっとだけ見て――京は、はぁと呆れたようなため息を吐き出した。


 ※


「やぁ、高坂さん…今日も視察かい?」


 バインダーを持って歩き回る絹に、声がかけられる。


 制服姿の人間は、三兄弟と絹だけなので、すぐに誰からでも名前を覚えられてしまった。


「あ、エンタメ部の…こんにちは」


 了のいる部署の人だ。


 足を止めて、挨拶をする。


「覚えててくれたんだねーうれしいなあ」


 にこにこしながら、寄ってくる。


「今日はエンタメ部に顔を出してくれるよね? いつも下の階から視察始めるから、いつも高坂さん、来るの遅いんだもんなぁ」


 早口でまくしたてられ、ああ、と納得した。


 エンタメ部は上階にあるので、時間配分を考えて回らないと、たどりつけないことがあるのだ。


「この時間なら、この階あたりにいるんじゃないかって、見にきちゃったよービンゴ?」


 だが。


 話が、モーレツに続いていくあたりから、絹は「んー」と心の中で呟いていた。


「いつも、高坂さんは社食だよね…もうすぐお昼だし、よかったら、外のおいしいカフェで昼食でも…」


 立て板に水で続く言葉が――プチンと途切れた。


 絹に同伴している総合秘書の女性が、一歩前に進み出たのだ。


「まだ、業務時間中ですわよ…カドカワ君」


 語尾が、キラーンと乱反射した気がした。


 あー。


 そうか、と。


 ナンパしにきただけなのだ。


 学校では広井家コーティングのおかげで、最初のバカ以外、ほとんど絡んでくる男はいなかったが、ここは会社。


 大人のオニーサマ方が、いっぱいいるのである。


 しかも、いま絹は社長と一緒にいるわけではない。


 総合秘書の女性なら、やりすごせるとでも思ったのだろう。


 エンタメ部の男性 VS 総合秘書の睨みあいの構図に、絹は割って入ることにした。


 簡単に、断れる方法があるのだ。


「すみません、昼食は広井君たちと取る約束をしてるんです」


 ぺこり。


 頭を下げた後、男性を見ると。


 ガビーン。


 ショック、と顔にかいてある。


 反論はできまい。


 社長令息たちとの食事の約束に、かなうはずがないのだから。



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