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いなかった時のこと

 シャワーを浴びて、布団に横になった直後。


 目覚ましが鳴った。



 予想以上に、疲れていたようだ。


 あっという間に朝で、全然寝た気がしなかった。


 しかし、学校に行こうと思っていたので、だるい身体を引き起こす。


 その前に。


 携帯を、どうにかしなければ。


 渡部に蒲生と、ヤバい連中に知られてしまった。


 昨日、帰りついて電源を落としたままだ。


 支度を整え、どっちかがいることを祈って、居間に下りる。


 ボスが――いた。


 ほぅ、と絹はため息をついていた。


 安心したのだ。


 いつものように、きれいにヒゲも剃ったボスだったのだから。


「おはようございます」


 普通に、あいさつをする。


「あぁ、おはよう」


 言葉に、わだかまりがないではない。


 しかし、いつも通りに戻ろうとする気配は感じた。


 それで十分だ。


「ボス、すみません、携帯の番号とメアドを変えたいのですが」


 だから、絹は業務連絡に徹した。


 こういう事務事項のほうが、自然に処理しやすいのだ。


「分かった、すぐにやらせる。置いていきなさい」


 言われるがまま、絹は携帯をテーブルに乗せた。


「あと、学校への私の休みの理由はなんでしょう」


 口裏をあわせなければ。


「…風邪だ」


「分かりました、合わせます」


 朝食を抜いて行くか。


 寝不足もあるため、それで顔色の悪さを演出できる気がした。


 ピンポーン。


 チャイムが鳴る。


「おはよーございますー絹さんの具合どうですかー?」


 珍しく、三男坊が丁寧に呼び掛けている。


 くすっと、絹は笑ってしまった。


 嘘の理由とはいえ、心配してもらえるというのは、くすぐったいものだと。


「おはよう、了くん。迎えにきてくれてありがとう」


 絹は笑顔で応対した。


「行ってきます」


 ボスにも――


 ※


「まだ顔色よくないよ、大丈夫?」


 玄関先の了。


「明日はもう、終業式だもの。大丈夫よ」


 その頭に手を伸ばし、軽くなでる。


「大丈夫…オレがフォローするよ」


 車に乗り込むと、たのもしい将の言葉。


「ありがとう」


 そして。


 沈黙の助手席。


「京さん」


 動きだす車の背もたれに身体を預けながら、彼を呼んだ。


 右手だけが、座席の横から出て、聞こえていると合図。


 すぅ。


 絹は、息を吸った。


「誕生日…おめでとう」


 京都を逃げ出したおかげで、今日が17日だ。


 広井夫妻にとって、運命の日。


 彼が生まれなければ、将も了もこの世にはいなかった。


 まさしく、運命の一人目。


 次男と三男は、その事実に嫉妬さえしていい。


 一人産むごとに、夫婦は安心していった。


 了を産む時にはもう、穏やかな気持ちでさえあったろう。


 京は、本当に特別な願いがこめられて産み落とされた。


 絹の胸にさえ、嫉妬に似たものがある。


 自分が昔、誰かにとって特別だったことすら、よく思い出せないのだから。


 はみ出ていた京の右手が――動きを止める。


「…別に、めでたくねぇよ」


 手は、ゆっくりとひっこめられた。


「京兄ぃ、もしかして照れたの?」


 にやにやしながら、了が前の座席に覆いかぶさるように、上から侵入を試みる。


 ゴン!


 そんな領空侵犯の三男の額を待っていたのは、拳のミサイル。


「いっ」


 もろに入って、了は押し返され、おでこをおさえる羽目となる。


「京兄ぃの名前、強いの強か、狂うの狂に改名希望ー!」


 ぶーぶーと、了が反撃する。


 京。


 その名前や、誕生日も全て――母のルーツ。


 ※


 終業式の朝。


 新しい番号とメアドの携帯が渡された。


 もちろん、それ以外の小細工もしっかりしてある。


「ただ」


 渡す時に、島村が呟くように言った。


「ただ…相手が本当に調べようと思えば、すぐに新しい番号も知られるぞ」


 まったく、その通りだ。


 だから、番号を変えるなんていう手法では、堂々巡りになるだけだと。


 派閥の違う、渡部と蒲生が絹を利用しようとしている。


「ボスと私を巻き込む計画って…何をする気だろう」


 絹については、せいぜい顔を利用するくらいだろう。


 織田という、ボスの嫁にはこの顔だと――変なこだわりがあるようだから。


 昨日の夜。


 ボスや島村を交えて、カメラが記録していない間の見たことや、渡部の話を説明した。


 本来なら、よそのお家事情など、ボスも聞きたくないだろうが、巻き込むと宣言されているのだから、話しておく必要があったのだ。


「先生の血筋的には、利用するところはない。消去法で…渡部が、何らかの科学力を必要とする可能性がある」


 歓迎しない口ぶりだ。


 それもそうだろう。


 もしも、誰かのために科学を使おうと思っているのなら、こんな家に引きこもっているはずがない。


 彼らは、自分のしたい研究をしているだけだ。


「ただ逃げ続けるより、適当に協力するのもアリだがな」


 その唇が、不承不承言葉を続けた。


 えっと、絹は島村を見る。


「協力することで、向こうがおとなしくなるなら、それに越したことはないだろう。毎回、拉致られたいのか、お前は」


 あー。


 耳が痛い。


 施設の指導員クラスの相手を出されると、どうにも絹では手に余る。


「ただし、それはあくまで織田からの依頼なら、な…派閥争いしてるような、神頼み小僧からの依頼を、いちいち受けてたらキリがない」


 背中を向けて、彼は行ってしまった。


 そうか。


 島村の言葉に、ヒントがあった。


 彼はあくまでも、織田の手下に過ぎない。


 その組織の中から追い出されてしまえば、ボスや絹にちょっかいをかけるどころではなくなるのだ。


 渡部の、足元をすくいたい男なら――いるではないか。


 ※


 さーて。


 絹には、もうひとつ課題があった。


 織田のことに比べると、大したことはないのだが。


 携帯の番号やメアドが変わったことを、三兄弟に上手に伝えなければならないのである。


 下二人はいいとして――京が厄介そうだ。


 登校の車の中。


「えっ、メアドかえちゃったの?」


 予想通りの了の反応に、絹は苦笑しながら自分の携帯を差し出した。


「ちょっと、都合で」


 曖昧にごまかして、この話題を終わろうとする。


「三日前…」


 助手席が。


 ぼそりと呟いた。


 三日前?


 絹が、言葉を把握するより早く。


「三日前…先生が夜中に、うちにきた。二日前…お前が風邪で休んだ」


 京は、言葉を続けた。


「そして今日…携帯を変えました、か」


 問い詰める口調ではない。


 ただ、匂わせている。


 この3つに、関連性があるんじゃないのか、と。


「先生が、夜中って…」


 絹が知らないのは、その最初のひとつ。


 三日前と言えば、拉致された日だ。


 京都についていたか、運搬中だったかは知らないが、その日の夜中、ボスが広井家を訪ねている。


 チョウに会うためだろう。


 でも。


 なぜ。


「え、そうだったんだ」


 夜中が何時か分からないが、将が驚いた声をあげる。


 彼は、気づいていなかったようだ。


「京兄ぃ、夜更かしだしなぁ」


 聞くだけで眠そうに、了があくびをした。


「何の用だったのかしら」


 京は、知っているのだろうか。


 席の後姿では、表情がよくわからない。


「さぁな…」


 絹に心当たりがないことが、逆に京を不思議がらせているようだった。


 ※


「絹さん…何か隠してる?」


 教室で。


 他の人には聞こえないくらいの声で、将がそう言った。


 車の中で、京が余計な事実を並べたせいで、彼にまで疑惑を持たれてしまったようだ。


「隠すって…何を?」


 絹は、困った風に笑ってみせた。


 詮索されないための、予防線だ。


 将は、空気を読む次男坊。


 聞かれたくないことと察したら、一歩引いてくれるはず。


「うん、いろいろ。兄貴の言ったこともそうだし、時々、絹さんは知らないところで動いてるみたいだから」


 だが。


 今回、将は引かなかった。


 自分の中の疑問を、並べてみせてくれる。


 同じクラスというのは、便利と同時に厄介だ。


 他の二人より、話す時間が長い。


 もし、京が同じクラスなら、いまごろ彼にいろいろ問い詰められていたに違いない。


 あっちの方は鋭いが、将はどっしりとして粘り強さを感じさせる。


 責めたり、きつい言葉は使わないが、しっかりと絹をまきつけるのだ。


 こうなったら。


 彼女は、秘密の少しを見せて納得させるしかなかった。


 隠せば隠すほど、彼の瞳は疑惑を増やすだけだ。


 ※


「先生の親戚に…少し困った人がいて…それでトラブルがあるだけよ」


 絹は。


 白状します――という気配を漂わせ、ため息をもらしてみせた。


「私の携帯番号とか、抜かれてしまったみたいだから、用心に番号を変えたの」


 これで。


 京の言った物事は、全部つながったはずだ。


 ボスが、本当はどういう理由で、チョウを訪ねたのかは知らない。


 だが、こういうことを相談に行ったのだと、将に理解させればいいのだ。


「絹さん…本当は、ものすごく困ってるよね」


 絹のコーティングなど無視して、将はそう言った。


 核心を突く一言。


「そうね…どちらかというと困ってるわね」


 観念した。


 空気を読める男というのは――心の動きに、誰よりも敏感だ、ということ。


 困ってないという嘘を言うと、疑いが増す一方だろう。


「うん、分かった」


 将はそれだけ言って、前を向いてしまった。


 え?


 絹は、あっけにとられた。


 もっと突っ込んで聞かれるかと、思っていたのだ。


 しかし、困っている事実を確認しただけで、将は話を終わらせてしまった。


 聞くだけで、満足だったのだろうか。


 将の考えが何だったのか――分かるのは、翌日のことだった。

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