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ただいま

「そろそろナビしてくれ」


 声をかけられ、絹はびくっと目を覚ました。


「その制服ってことは、学校近辺でいいんだろ?」


 運転席もあくびをかみ殺しながら、窓の外を指差している。


 はっと外を見ると、学園前に停車していた。


 知らない間に、つい眠ってしまっていたようだ。


「あ、ここでいいです」


 絹は――反射的に保身に入った。


「ダーメ、いま何時だと思ってんだ、絹」


 言われて、車内の時計を見ると午前2時。


 確かに、制服で一人で歩く時間ではなかった。


「迎えにきてもらいますから」


 絹は、携帯を出そうとした。


 しかし、カバンに入っていない。


「フフーン」


 鼻歌に、はっと運転席を見ると、蒲生の手に燦然と輝く絹の携帯電話。


 やられた。


「携番とアドはもらったぞ…それくらいの役得はいいだろ?」


 不覚。


 気を抜いてしまった自分に、絹はがっくりと肩を落とした。


 蒲生が、役得のためだけにそれを抜いたとは思えない。


 既に、渡部の手にも一度渡っているので、そっちにも番号は抜かれているだろう。


 ボスに頼んで、携帯変えてもらおう。


 故障したことにすればいいのだ。


 そうすれば、広井ブラザーズに、休み中、メールの返事をしなかったことに対しても言い訳ができる。


「で、家はどっちだ?」


 この強引さが、絹をぶん回す。


 渡部のような軽やかさはないのに、力強すぎて逆らえないのだ。


「そのまま…まっすぐ」


 ボス、すみません。


 だんだん、ボスの顔を見るのが憂鬱になってきた。


 本当に、失態続きだ。


 きっと渡部から、ボスにも何らかの圧力がかけられたろうし。


「そこを左…」


 曲がると、玄関が見える。


 明かりがつけられていた。


 嬉しいような――開けたくないような。


 ※


「ありがとうございました」


 車から降り、絹は振り返って頭を下げた。


 蒲生も降りていて、車ごしに絹を見送っている。


 とりあえず、思惑はどうあれ、助かったことには違いないのだ。


 将来、同じ口で蒲生を罵ることがあるかもしれないが。


「どういたしましてー、でも貸しにしとく」


 にぃーっと口を横に広げながら、それでも言葉の釘を打ち付けてくる。


 ここで終わりじゃないと、そうはっきりと言っているのだ。


「その貸し、渡部さんにツケといてください」


 絹は、その釘を抜いて、記憶の中の渡部に突き立てて返した。


「オッケー、んじゃ、一緒に小僧を突き落とそう、そん時は誘いにくるぜ」


 あぁ。


 素晴らしきかな、自己解釈。


 自分に都合のいいように、蒲生は言葉をこねくりまわした。


「遠慮しときます、では、おやすみなさい」


 これ以上構っても、頭が痛くなるだけだ。


 絹は、さっくりと言葉を終了して、玄関へと片手をかけた。


「絹に言うこと聞かせるには、誰をいたぶればいいのかな」


 その背中に。


 笑み混じりの声。


 反射的に、絹は振り返っていた。


 車の中の、渡部いじめのようなことを、彼女にふっかけてきたのだ。


「おおっと…いい顔。やっぱその顔は、そうでなくちゃな」


 ニヤニヤと。


 蒲生は、いやな笑いを浮かべると、車の中へと消えた。


 確か。


 前に、渡部も似たようなことを言った気がする。


 思い出すのは、京都の庭。


 裸足の――ぴーこ。


 もしかして。


 本当に渡部や蒲生は、彼女が普通の精神に戻ることを、信じているのだろうか。


 逆に言えば。


 最初から、彼女はああではなかったのかもしれない。


 蒲生は言った。


 ぴーこは、歌うと。


 どうやって、彼女はその歌を覚えたのか。


 動き出す車を、絹は少し呆然としながら見送ってしまった。


 ※


「ただいま帰りました」


 こういう時に、なんと言えばいいのか分からない。


 とりあえず絹は、いつもどおりの言葉を使ってみた。


「……」


 ぬうっと顔を出したのは――島村だった。


 何故か、懐かしささえ覚えるのは、京都が長く感じたせいか。


「ボスは?」


 しかし、肝心のボスは出てこない。


 電話でのトーンも、気になっていた。


「いま、研究室の方だ。気にせずに早く寝ろ」


 島村も、いつも通りというには、声の響きが重い。


 絹のいない間に、なにか不幸でも降り掛かったかのように。


 もしかして、脅しで何かされたのだろうか。


 島村を見るが、相変わらず表情が変わらない。


 だめだ、読めない。


「私…何か迷惑かけた?」


 とりあえず、言葉で探ってみる。


 島村は。


「迷惑…と、いうより…後悔だな。その顔にした不利益が、意外に多かっただけだ」


 言いおわると、島村はスタスタと行ってしまった。


 彼もまた、研究室へ行くのだろう。


 絹は、島村の言葉を噛み砕くので忙しかった。


 迷惑というより、後悔と。


 顔を決めて変えたのは、ボスだ。


 島村は、ただ助手をしただけ。


 と、いうことは。


 後悔しているのは――ボス。


 桜の氏素性に興味を持たず、調査しないまま安易に顔を作り替えたことへの。


 絹は、歩き出した。


 自分の部屋に、だ。


 ボスは、科学者で。


 彼は、後悔でグダグダ悩んだりしない。


 それをきっと科学でフォローするだろう。


 ならば。


 絹は、次のボスの指示を待てばいい。


 素直に、寝ることにした。


 いまは、それが自分に出来る大事なことなのだから。


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