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もう一人

 絹は、無宗教だ。


 あえていうなら、ボス教。


 だから、神社に連れてこられても、ありがたみなんかなかった。


 参拝より、もっと聞きたいことはたくさんある。


 しかし、彼は境内に入ると口を閉ざしてしまったのだ。


「八坂さんの中で、生臭い話はしないよ」


 日傘をたたむよう言われる。


 絹は、ふぅと息を吐きながら、言われた通りにした。


 神様を、信じるタイプには見えないのに。


「何をお願いするの? テニス?」


 彼は、貴重な練習を裂いて、京都入りしているのだ。


「テニスで神頼みを、したことはないな」


 ふふん、と鼻で笑う。


 全国制覇とかは、狙っていないのか。


「もう一つは、神頼みがいりそうでね…かなり、アクロバットだから」


 目を細めながら、渡部は絹に五円玉を差し出した。


 お賽銭、と言う意味か。


「アクロバット…綱渡りでもする気?」


 受け取るが、また何かキナ臭そうな話に、絹は表情を曇らせる。


「神様とオレだけの、ヒミツさ」


 無駄に目をキラキラさせたので、絹は受け取った五円玉を、その顔目がけて投げ付けたい衝動を覚えた。


 わざとらしい顔だ。


 そんな、彼女の不快感に気付いたのだろう。


「大丈夫…そのアクロバットをする時、絹ちゃんやおじさんは…」


 神様の目の前。


 ほほ笑みながら、彼はお賽銭を投げた。


「…必ず巻き込むつもりだから、楽しみにしておいて」


 唖然としている絹を置き去りに、渡部はすみやかに神頼みを始める。


 妙に儀礼ばってるその動作のせいで、絹に頭を抱える時間まで与えてくれた。


 一体、何に巻き込む気!?


 五円玉を、手の中でぎゅっと握り締める。


 そんなご縁は――いらない。


 ※


 渡部は、ボスも巻き込むと言った。


 親戚という意味なのか、はたまたマッドサイエンティストとしてか、もっと違うのか。


 想像できなさすぎて、絹は頭が痛くなってきた。


「巻き込まれて、命に関わったりしないでしょうね」


 帰り道。


 境内を出てしまえば、生臭い話をしてもいいのだろう。


 再び日傘を差しながら、絹は渡部に語りかけた。


「……」


 珍しく、彼が黙り込む。


 こら。


 質問に、いやな沈黙で答えないで欲しい。


「…どうだろう、おじさんがヘマやらなきゃ、大丈夫だと思うよ」


 沈黙の後に、しかし軽い声。


 そこは――自己責任なのね。


 絹は、眉を寄せた。


 余りの軽さに、悲壮感がないところがタチが悪い。


 さんざん絹を怖がらせることを言えば、彼女は頭に血が昇って、渡部に食ってかかるだろう。


 ボスを危険にさらすなんて、と。


 しかし、そんな感情の流れを、この男の言葉はぬるりと、ウナギのようにかわしていく。


 これもまた、悪党になるために必要な能力なのか。


「巻き込まれるのを、断る方法はあるの?」


 どうせ、ないと言われるだろうと思いつつも、絹はイヤミで聞いた。


「あるよ」


 なのに渡部は、あっさりと回避について肯定したのだ。


「おじさんが、宇宙にでも逃げていれば、さすがに巻き込めないかな」


 あははは。


 自分の言葉に、自分で笑い出す。


 絹の白目など、気づいてもいないかのように。


 ボス…ロケット作りましょう、ロケット。


 絹は、心の中のボスに向かって提案した。


 ボスの技術があれば、ロケットくらい作れそうだった。


 しかし。


 宇宙にチョウはいない。


 三兄弟も。


 だから、彼がロケットに乗り込むことはないだろう。


「宇宙ね…逆に、あなたを宇宙に送ってしまえば、巻き込まれることもないんじゃない?」


 やっぱり、ボスに一人乗り用ロケットを作ってもらおう。


 絹は隣の男に、皮肉と優雅をこめて微笑んでみた。


 ※


 再び、青柳の家についたのは、もう日が西に傾きかけた頃だった。


 渡部が、のらりくらりと絹を違う辻にひっぱり回したからだ。


 いきなりいなくなったと思うと、わたあめ片手に帰ってきたり。


 しかし、絹はほだされたりはしない。


 本当の顔は、いま見せているものとは違うのだから。


 門をくぐると。


「渡部のボンーひさしぶり」


 突然、目の前の渡部が、誰かに抱きつかれた。


 その肩ごしから、知らない顔が絹を見ている。


 二十歳くらいだろうか。


 半端な長さの髪を、後ろで一つにしばっている。


 顔は面長で、シャープな印象を受ける。


 彼もまた、青柳のコーディネートベビィなのか。


「蒲生の若さん…いきなり偵察ですか」


 べりっと、張りつかれた男の身体を引き剥がし、やれやれと渡部がため息をつく。


「あったりまえ、柴田のおっちゃん、泡吹いてたぞ」


 はがされながらも、蒲生と呼ばれた男は絹から目を離さない。


「いいもん手にいれたなぁ、ボン…何? 殿への献上品?」


 しかし、彼女を目の前に、いきなり悪党全開のセリフだ。


 既に、彼の中では絹の人権がないのだろう。


「ちがいますよー…この子は、ただの祭観光」


 にっこりー。


 微笑む渡部に、絹は脳内チョップを食らわせる。


 献上品にしないのは当たり前として、強制的に連れてきておいて、余りの言い草だった。


「ふぅん…まあでも、ボンがそんな風に笑う時は、大体、悪いこと考えてる時だよなぁ」


 ふっふっふ。


 怪しげな笑いと同じタイミングで、渡部の肩を叩いて――蒲生は、絹の方へと回りこんできた。


「ボンの顔に飽きたら、お兄さんとこにおいでねー。高給優遇するよ~」


 絹は。


 これまた、裏の顔があるに違いない相手を前にして、照れもトキメキもなく、目を糸目にしていた。


「どちらも、お断りです」


 容赦ない一言に。


「ぶわっはっはっは」


 蒲生は、顔からはみ出すんじゃないかと思えるほど大きな口で、笑ってくださったのだった。


 ※


「さて、オレは御前の宴会に行ってくるけど、絹ちゃんはどうする?」


 渦巻きの蚊取線香をつけた後、渡部は立ち上がった。


 御前――ということは、織田も顔を出すということか。


 見たい気持ちが、ないわけではない。


 しかし、昔自分をないがしろにして殺した女と、同じ顔が現われたら、ひどいとばっちりがきそうだ。


「ここにいるわ」


 遠くから、聞こえ始めるお囃子。


「賢明だね…じゃあ夕食は、ここに運ぶように言っておくよ」


 浴衣の乱れを直して、渡部は部屋を出て行った。


 さて。


 一人になった絹は、ただぼんやりしている気はなかった。


 制服と携帯とカメラ。


 出来れば見つけて、連絡しておきたい。


 欠席で、広井ブラザーズからメールも来ているに違いない。


 渡部の思惑の中に、絹がこの屋敷をうろつくことも入っている。


 顔は知らないが、偉そうな織田っぽい人だけ、気を付けよう。


 絹は部屋を出て、縁側の廊下に出た。


 純和風というよりも、もっともっと昔の平安ちっくな建物だ。


 延々、ふすまの部屋が続いている。


 夏という季節のせいか、外に向いた襖のほとんどは開け放されている。


 目隠しのついたてが、独特の風情をかもし出していた。


 人の気配は、しないなぁ。


 みな、御前の宴会に行ったのだろうか。


 絹のような異端の存在を連れてきているのは、渡部くらいだろう。


 仲間内を、この顔でひっかきまわして、あの男は何をしようというのか。


 と、あてどなく歩けど、絹の制服が置いてありそうなところはない。


 誰かの部屋にでも、しまいこまれてしまったのだろうか。


 うーん。


 どうしようとかと、絹が思った時。


「ふふふ」


 お囃子の音にまぎれて、女性の笑い声が聞こえてくる。


「ああ…なりませぬ」


 制止する老女の声。


 ぱっと。


 少し先の部屋から、浴衣の女が表へ飛び出した。


 裸足のまま、庭へと降りる。


「おもどりを」


 追って出た老女が、絹に気づく。


 しかし、絹はその女性に目を奪われていた。


 自分と――とてもよく似ていたのだ。


 ※


 一瞬、桜が生き返ったのかと思った。


 しかし、その子はせいぜい、絹くらいの年齢で、彼女であるはずがない。


 ではなぜ、そっくりな顔がいるのか。


 呆然と絹がつっ立っていると、老女がこちらを見てギョッとした顔をする。


 庭に下りた子と自分を、慌てて見比べる。


 その反応からすると、老女は「この顔」がもう一人、屋敷にきているのを知らなかったのだろう。


 と、老女が絹に気を取られている間に、庭におりた子は、ふらふらとさまよう足取りで歩く。


 あらぬところに泳ぐ瞳。


「ふふふふ」


 笑う声も、よく聞くと虚ろだ。


「おもどりください」


 気づいたようで、老女が縁から降りようとする。


 ふむ。


 どうやら。


 絹と同じ顔の存在は、正常な意識は持ちえていないようだ。


 老女よりも身軽に――絹は、庭へと降りた。


 彼女と同じ裸足で。


 作り物ではない、本当の顔を見てみたかったのだ。


 自分と、どれほど違うのか。


 相手に、半分意識がないからできた行動だ。


 さまよう手を、捕まえた。


 いやいやと、手を振って逃れようとする身体に腕を回す。


 そして、自分の方を向かせた。


 一瞬だけ。


 虚空をさまよう瞳と、絹の瞳がぶつかった。


 純粋な黒というよりは、うぐいす色がかって見える瞳。


 絹の顔というよりも、もっと幼く感じるのは、意識がはっきりと保てていないせいか。


 自分にはない、純真だけでできている存在。


 いやがる身体を捕まえて、絹は老女へと引き渡した。


「誰か、誰か」


 裸足の女二人のために、老女は人を呼んだ。


 すぐに若い女が二人やってきて、手ぬぐいと水を汲んだ桶を抱えてくる。


 その間、絹は老女の視線に耐えながら、自分と似た顔を捕まえていたのだ。


「あのぉ…どちらから?」


 おそるおそる。


 自分の氏素性を語れといわれても困るので、絹は曖昧にごまかそうと思った。


 しかし、いい言葉が浮かばない。


「あの世からです」


 困った絹は、空を指差してみた。


 ※


 よく考えてみれば。


 うぐいす色がかった目を見て毒気を抜かれた絹は、綺麗になった足で部屋に戻ってしまった。


 よく考えてみれば、先代の嫁に続き、桜が存在するのだから、青柳がお得意のコーディネートで、よく似た子が生まれるように操作していてもおかしくはなかった。


 あの子もきっと、その結果生まれたのだ。


 ただ。


 正常な意識は、どこに置いてきたのか。


 前にボスが、コーディネートで失敗した人間の行方を、聞かないほうがいいと言った。


 あの口調からすると、おそらく闇の中に葬られるのだろう。


 では、あの子はなぜに、そこにいるのか。


 顔はそっくりでも、青柳としては中身は失敗だろうに。


 考えられる可能性は――桜の代用品。


 妻は、あの顔でなければならない、のかどうかは分からない。


 しかし、青柳があの顔に固執している気配は、そこはかとなく漂っている。


 ということは。


 はっと。


 絹は、身の危険に気づいた。


 もしも、青柳が絹の顔に目をつけたらどうするのか。


 既に、柴田と蒲生には顔を見られたし、数人の使用人とも顔を合わせた。


 それが、青柳の耳に入ったら。


 蒲生の言った、殿への献上品にさせられるのではないだろうか。


 思い当たる節はある。


 渡部が、絹の過去の秘密を、きれいさっぱり消したことだ。


 この顔が作り物であるという事実は、ごく一部の人間しか知らないまま。


 だから、青柳が生まれつき絹がこの顔を持っていると、勘違いする可能性がある。


 ちょ。


 相当、ヤバイ気がする。


 桜の身代わりに、悪党の嫁なんてまっぴら御免だ。


 すがれるとしたら、渡部が献上品説を否定したことか。


 しかし、それはあくまで彼が考えていることであって、この顔にこだわっている人には通用しないかもしれない。


 とにかく、渡部にその辺りを確認しなければ。


 そう思った瞬間。


 人の気配を感じた。


 開け放たれた縁の方。


 渡部が帰ってきたのかと、はっと顔を向けると。


「ハ~イ」


 物陰から、可愛らしく手を振る――蒲生がいた。


 こ、こっちが来たか。


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