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京の夏

 家に戻り、再び月曜から学校、という日常に戻ったが、すでにクラスは夏休みの話でもちきりだった。


 祭日の関係で、今週が終わればもう、休みに入るのだ。


 部でも、観測合宿の日程を決めたり、慌ただしい。


 他の部も、同じようにばたばたしていた。


 そんな、七月十五日(火)のことだった。


 将と部室に入ろうとしたら、京と了が出てくるところだった。


「将、部活休んで帰るぞ…西のバーサンがやばいらしい」


 京は、そのまま次男の腕を掴んだ。


 あらら。


 どうやら、誰か危篤のようだ。


「絹さーん、今日送っていけないけど、ごめんねー」


 了が、ばたばた手を振る。


 それに、小さく手を振り返し、絹は部室に入った。


 つまらなくなりそうだ。


 ふぅ。


「高坂さん、こんにちはっ…あれ、広井くんは?」


 きょろきょろしながら、宮野が入ってくる。


 廊下で、会わなかったようだ。


「身内の方が、誰かご病気みたい」


 状況によっては、明日も休みかもしれないなぁ。


 説明しながらも、絹はテンションを下げていった。


 広井ブラザーズがいないなら、絹が学校に来る理由もないのだから。


「そうなんですか…あ、じゃあ高坂さん、今日、うちの車で一緒に帰りません?」


 将がいないため、宮野もテンションが下がりかけたようだが、絹に掴まって上げ始めた。


 パン(将)がなければ、ケーキ(絹)を食べればいいじゃない――戦法だ。


 絹は。


「いいわ、たまには歩いて帰るから」


 にべもなく、断った。


 彼女と同じ車内で、話すことなど何もないのだ。


「そう…ですか」


 しょぼん。


 パンもケーキも食べそこなった宮野は、さすがに肩を落とす。


 後から思えば。


 送ってもらうべきだった。


 ※


 目が覚め――絹は、頭を抱えた。


 頭がガンガンする。


 いや、それは別にいい。


 そのために、頭を抱えているわけではないのだから。


 本当の理由は。


「おはよう」


 にっこり。


 隣に、このにっこり腹黒王子がいることだ。


 やられた。


 絹は転がったまま、ホールドアップのゼスチャーをしてみせた。


 さすが、悪党の本場の人間は、拉致の仕方もスタイリッシュで完璧だ。


 昨日――多分、昨日。


 三兄弟が先に帰り、珍しく絹は一人で歩いて帰っていた。


 そして。


 華麗に拉致されたのだ。


 見知らぬおっさん一人に、してやられた。


 その飼い主が、渡部というわけか。


 しかし、暑い。


 見れば、絹は制服から浴衣に着替えさせられていた。


 それでも、酷いほどの暑さだ。


 セミも少し自重してくれ、と頭痛に響くほどうるさい。


 よく反響するのだ、この古めかしい日本家屋には。


 絹は、自分を取り巻く環境を、ひとつずつ確認していった。


「今日、何日?」


 うちわを優雅に持つ渡部に、ストレートに聞く。


「16日だよ」


 やはり、翌日か。


 では。


「ここは…どこ?」


 一息ついて――聞いた。


 王子が、にっこり笑う。


 ラケットを振るように、うちわを一度振り回した。


「暑いでしょー、京都は」


 満面の笑顔。


 あぁ。


 ぶっとばしたい。


 ※


「心配してるだろうから、先生に連絡取りたいんだけど」


 渡部に何の意図があるかは、絹には分からない。


 しかし、いきなり命を取る気はなさそうなので、まずはボスに連絡だ。


 拉致される瞬間まで、カメラは生きていたはず。


 発信機も埋め込まれているので、何があっていまどのあたりにいるかは、分かっているだろう。


「おじさんに? ああ、心配しないよう、ちゃんとすぐ電話しといたよ」


 あっけらかーん。


 拉致った人間が、堂々と連絡するのか。


 相手が、同じ裏世界の人間だから出来ることだろう。


 はっ、まさか!


「先生を脅迫してるの?」


 ボスの頭脳を狙っているのかと、絹は思ったのだ。


「なんで? やだよ、そんなめんどくさい」


 パタパタ。


 うちわで、服の襟をひっぱって、渡部は風を入れている。


 その言葉の、軽いこと。


「ちゃんと、明後日には無傷で返すって言っておいたよ」


 紡がれる言葉は、変なことだらけ。


 なんのために拉致ったのか。


 明後日――18日。


 いや、違う。


 重要なのは、明日だ。


 明日は17日。


 そして、ここは京都。


「祇園祭に、なぜ私が招待されるの?」


 絹の慎重な言葉に、彼はにこっと笑った。


「ちょっと、その顔が欲しくなってね…」


 作り物だって知ってるくせに、何を言いだすのか。


 しかし、作り物だと知っているからこそ、女としての身の安全は、確保できている気がした。


 少なくとも、森村の二の舞はない気がする。


「先生は…なんて?」


 反応いかんでは、気合い入れて逃げる方向で考えよう。


 絹は、そんな大事な質問をした。


 渡部は、一度天井を見て。


「なんだったかなー、覚えてないよ」


 あはははは。


 軽やかなる――ウソ笑い。


 ※


 寝巻の意味の浴衣ではなく、きちんとした浴衣に着替えさせられながら、絹はいろいろ考えていた。


 まぁ、興味は失ったとはいえ、織田派の懐に連れて来られたのだ。


 客として扱ってくれるのなら、情報くらいもらっていこう。


 カメラもないことだし。


「やーやっぱり、浴衣はいいねー」


 着付が終わりきっていないのに、勝手に入ってくるな。


 絹は、横目で渡部を見た。


「いきなり、思い付きで私を拉致するなんて…何の冗談?」


 私の顔を、渡部は利用したいと言った。


 それは、綺麗どころという意味か――桜に似ているという意味か。


「思い付きじゃないよ、ちゃんと計画したさ」


 あはは。


 心外だな、と笑う。


「計画って、一人で帰ったのはぐうぜ…!?」


 そう。


 たまたま起きた、出来事のはずだった。


 広井ブラザーズが、身内の事情で先に帰宅したのは。


「おばあさんなら、元気だよ…」


 ニコーリ。


 嗚呼。


 念入りにハメられた。


 広井ブラザーズも、行ってビックリのデマだ。


 しかし、彼らもそれが絹を拉致するための伏線などと、気づくはずもない。


 そして、その後数日、絹が休むということになるわけだ。


 学校には、ボスがうまくごまかしてくれているだろうが。


 逆に。


 そこまで、計画性をもって絹を京都に連れて来たい理由が、ますます気になる。


 この顔が、どんな効果を生むというのだろう。


「あ、そうそう」


 思い出したように、渡部が言った。


「どこかでモリリンに会っても、絶対に声はかけちゃだめだぞ」


 森村も、京都入りしているようだ。


 彼にとっては、忌まわしい地。


「どうして?」


 しかし、そ知らぬフリをして聞いてみた。


 渡部が、どう答えるか気になったのだ。


「まだ…死にたくないだろ?」


 ククク。


 優男の仮面がはがれた隙間から――悪人の顔が見えた。


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