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誕生会

 夕食時。


 誕生会の、根回しがしてあったのだろう。


 手作りっぽいケーキが、テーブルの上に乗っていた。


 その雰囲気に、絹は食堂に入るや、気圧されてしまう。


 ものすごく、居心地が悪い。


 主賓席に京と並んで座る。


 あぁ。


 他の人が、視界の中で席に着いていく中、逃げ出したい衝動にかられた。


 忘れていたわけではない。


 これが、自分の誕生会を兼ねていることを。


 しかし、本当に理解していたわけではなかった。


 それを思い知らされる。


 こんな、暖かく見守られるような視線に包まれるなんて。


 た、たすけて。


 絹は、席に着いたボスに助けを求めてしまった。


 しかし、彼は既にチョウに夢中だ。


 落ち着かなく、絹は一人ぼっちでいるしかなかった。


「おい…それが、祝われる人間の顔か?」


 隣の、もう一人の主賓が横目で絹を見ていた。


 祝われる顔というのなら、京だって落第点だ。


「な、慣れてないのよ、こういうの」


 ボスに引き取られる前の話は出来ないが、その言葉で察して欲しかった。


「やれやれ、お嬢様なのは顔だけか」


 猫の内側を見せたせいか、結構京は口さがなくなってきた。


 反論しようと思ったら。


「たかが、子供だましの誕生会でビビんなよ」


 テーブルの下で――手を握られた。


 絡み付く、乾いた手。


 変わった男だ。


 絹の本性を垣間見ていながら、それでも好意があるというのか。


 もう、母に似た顔なんかには、惑わされていないくせに。


「ロウソクに火をつけたら、電気消しますよー」


 ペンションのオーナーが、会を始めようと仕切り出した。


 電気が消されたら。


 絹は、思った。


 電気が消されたら、手を離そう、と。


 ※


 蝋燭を、二人で吹き消すという茶番の後。


 食事とプレゼントが、動き始めた。


 忘れていたわけではない――が再び。


 絹も、もらう立場だったのだ。


 ケーキが切り分けられている中、最初に飛んできたのは了だった。


「誕生日、おめでとう、絹さんー」


 ぎゅうっと、首にかじりつかれる。


 一緒に散歩した時についただろう、夏草の匂いがした。


「はい、これプレゼント!」


 可愛らしい包みを渡される。


「ありがとうー」


 軽く抱き返した。


 今は、この了の軽さがありがたい。


 自然に受け取れる。


 次に将。


「気に入るといいけど」


 照れながら差し出す、小さい包み。


「お前ら、オレに大きなつづらばっか、持ってくんな。邪魔くせーだろうが」


 隣で、京がぼやいている。


 ヘリコプターのラジコンだと言っていた了の、大きな箱に続き、将のもかさばるサイズだ。


 チョウが、立ち上がった。


 うわ。


 さすがに、絹は身構えた。


 大御所から、プレゼントが来るとは。


「はい、絹さん…お誕生日、おめでとう」


 やはり、小さな包み。


「あ、ありがとうございます」


 妙に緊張してしまう。


 兄弟にはない、大人のオーラのせいか。


「親父…」


 京は、引きつっていた。


「おめでとう、京」


 チョウから息子に贈ったプレゼントも――大きなつづらだった。


 さすがの絹も、くすくす笑い出さずにはいられない。


 そんな中。


 ボスが。


 立ち上がった。


 あ。


 絹は、これだけは完全に忘れていた。


 ボスが、京へのプレゼントを準備しているのは、知っている。


 だが――自分がもらうかも知れない可能性は、完全に除外していたのだ。


 ※


 あ、あ、ああ。


 ボスが包みを持って近づいてくるのを、絹は椅子の背もたれに、へばりつくように見ていた。


 何故に、自分がボスからもらうプレゼントを恐れているのか、分からない。


 でも、恐いのだ。


「京くん…誕生日おめでとう。改良したものだよ、今夜使ってくれるかな」


 差し出される、長いつづら。


 これには、京の目が輝いた。


 天体望遠鏡なのだ。


「い、いいなーっ!」


 了もカンづいたらしく、飛んでくる。


「ありがとうございます」


 さすがの京も、うれしそうだ。


 あう。


 絹の願いは、このままボスが席に戻ってくれること。


 彼から、何かもらいたいわけではないのだ。


 こんな誕生会だって、プレゼントが欲しくてやったわけではない。


 ボスが、広井ファミリーと遊びたいだろうから乗っただけだ。


 だから、絹にとっては本当に単なる茶番。


 彼女の誕生日でさえ、ただの餌。


 だから、ボス。


 席にもど――


「絹」


 呼ばれて、びくっとした。


 ボスの声だ。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 反射的に、絹は土下座したい気分でいっぱいだった。


 土下座してでも、ボスが差し出すものを辞退したかったのだ。


 絹は――彼のただの道具なのだ。


 ボスは、別に絹が生まれてきたことを、めでたいなんて思ってはいない。


 ただ、この場の体裁を取り繕うためだけに、何かを渡そうとするのだ。


 そして、体裁のためだけに、受け取らなければならない。


 なんて――空虚なプレゼント。


「誕生日、おめでとう」


 差し出される、小さなつづら。


 血の気がひく。


 あの、チョウのついでに作られた、天体望遠鏡の方が、よほど嬉しかった。


「ありがとうございます」


 こんなショックな誕生日プレゼントは、生まれて初めてだった。


 ※


 何の味も分からなかった。


 ただ絹は、作り笑いを浮かべて、相づちを打っていただけ。


 一度、プレゼントの包みを抱えて部屋に戻る。


 テーブルに、それらを置きながら、ため息を一つ。


 気力のメーターが、ゼロ近くまで減りきっていた。


 これから、天体観測があるというのに。


 なけなしの気力を残すため、絹はプレゼントをそのまま放置することにした。


 開けると、きっとマイナスまで、落ち込む気がしたのだ。


 はぁ。


 誕生日なんて、素直に教えなければよかった。


 そんな後悔さえ、絹の中には生まれていて。


 コンコン。


 ノックに、はっと顔を上げる。


「はい?」


 ドアが開くと、そこには――チョウがいた。


 おや、意外。


「大丈夫かな? 顔色が悪そうに見えたけど」


 部屋には入ってこず、ドアのところで話しかけられる。


 あいたたた。


 さすがは年の功。


 よく見てらっしゃる。


「大丈夫です、なんともありませんよ」


 すらすらと、絹は嘘をついた。


 全身、嘘の塊なのだ。


 こんなことなど、お手のもの。


「そうか…変なことを言ったね」


 一度、チョウは言葉を切って。


「ところで、絹さんは巧とはうまくいってるのかい?」


 顔色よりも、もっとギクッとすることを聞かれる。


 いまの絹の心を、見透かしたわけではないはずだ。


「勿論です、尊敬しています」


 それだけは、事実だ。


 言葉を、淀ませたりなんかしなかった。


「そうか…昔から巧は風変わりで、女性を毛嫌いしていたからね…年月は、巧をいい方に変えたんだな」


 チョウは、嬉しそうに目を細める。


 いいえ。


 ボスはもっと悪い方に変わりました――その証拠が自分なんて、決して言えなかった。



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