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出し抜かれる男

「ついたー」


 車が止まるや、了が一番に飛び出していく。


 昼間だというのに、下界と違って明らかに気温が低い。


「いらっしゃいませ」


 高原の空気に肺の中身を入れ替えていたら、ペンションの中からお迎えが出てくる。


「お待ちしておりま…」


 年配の女性の声が、絹で止まった。


 もう慣れた慣れた。


 絹は、殊更笑顔で会釈する。


 どうせまた、桜を知っている人なのだ。


 ここに、チョウと桜が、星を見にでもきたのだろう。


「荷物これだけ?」


 振り返ると、将が絹のバッグを持っている。


「あ、自分で…」


 彼からバッグを取り返そうとするが、バッグはひょいひょいと逃げる。


「大丈夫、大丈夫、オレが運ぶから」


 さわやかに笑いながら、バッグを持って行かれた。


 ここの風景が、妙に似合う男だ。


 ぽかん。


 振り返ると、ペンションの女性が、そんな顔をしていだ。


 絹が見ていることに気付き、はっと我に返る。


「ち、朝くん…私いま、二十年前の幻を見たわよ」


 チョウに近付き、抑えきれない音量で訴えている。


「将が、一番オレに似てるからなぁ」


 チョウは、苦笑するしかないようだ。


 ああ、なるほど。


 さっきのやりとりか。


 はいはい、とやりすごそうと思ったら。


 ぐい。


 腕が取られた。


「んじゃ、行くか」


 犯人は京。


 にやっとした目が、自分を見ている。


「あー、僕もーっ」


 反対側を、了に取られる。


 二人のエスコートという豪華さで、ペンションに入れるようだ。


「二人して、何やってんだー」


 先を行っていた将が、振り返りながら抗議。


「お前は荷物持ち」


「将兄ぃは車の中で、ずっと隣だったんだから、いいじゃない」


 抗議は、一瞬で二人に踏み潰された。


 ※


 ベッドの二つある部屋に、案内される。


 女は絹だけなので、ひろびろと使えるようだ。


「分からないことがあったら、聞いてくださいね」


 やっと、絹の顔に慣れたらしい。


 笑顔で出ていく女性を見送って、絹はベッドに腰掛けた。


 コンコンッ。


 すぐにノックがくる。


「はぁい?」


「えへへ…僕」


 ひょっこり顔を出したのは、了。


 早い訪問だ。


「僕、パパと同室なんだ…だから抜け出しやすいの」


 してやったり。


 二人の兄を出し抜いて、さっそく遊びにきたようだ。


 確かに、ちゃっかりしている。


「と、言うことは…京さんと将くんが同室なのね」


 京の方が力関係は上だろうから、将は苦労しそうだ。


 あー。


 そこで絹は、ボスを思い出した。


 結果、ボスは一人部屋か。


 今頃、その事実に一人、さめざめと泣いているに違いない。


 おそらくボスの頭では、同室が思い描かれていたろうから。


 罪な人だ、チョウさんも。


 くすっと、笑ってしまった。


「夕食まで、まだ結構あるし、一緒に散歩いこうよー。この辺案内するからー」


 絹の心など知らない了に、腕を取られる。


 あらあら。


 更に、おにいちゃんズを出し抜こうというのか。


 絹は、手を引っ張られて立ち上がった。


「誰かに言っていかないと心配されるわ」


 後で、京か将がこの部屋に来そうな予感があるのだ。


「大丈夫ーパパに言ってきたからー」


 にこにこー。


 さすが、ちゃっかりもの。


 抜かりはなかった。


 ※


「ただいまーおなかすいたー」


 ペンションなのに、まるで自分の家に帰ってきたかのような軽さで、了はドアを開けた。


 絹も、その後ろから続く。


「おかえり、了」


「ひっ!」


 玄関先に待ち構えていたのは、おにいちゃんズ。


 京はにやついているが、将は引きつっている。


「さすが、広井家一番のおいしいとこどりっ子、たいしたもんだ」


 京は、了の背中をバシっと一発。


「いっ!」


 痛みでぴんと伸びた背筋。


 その、伸び上がろうとする頭を、将が上から手で抑えつける。


「了…お前、夜は毛布持ってオレらの部屋な」


 おにいちゃんズは、あっさりと末っ子の自由を奪ってしまった。


「そんなぁ」


 じたばた抵抗する了。


 割と、いつも将が二人にいじめられているイメージがあるが、今日は珍しく上二人がタッグを組んでいる。


「お前も…」


 まだ、将と了がもめているのを横目に、ぼそっと長男がつぶやく。


「お前も、恋愛慣れしてないうちのチビの誘いに、ほいほい乗りすぎんなよ…暴走したら、面倒なことになんだろうが」


 あらら。


 釘を刺されてしまった。


「将くんだったら…いいの?」


 絹は、余計なお世話という意味を匂わせて、皮肉を言ってみた。


 本性出してんじゃねぇよ――そんなニヤリを返される。


「あいつは、根が真面目だからな…変に気を遣って出遅れるのが得意技だぜ」


 なるほど。


 天然わがままの末っ子は、後先考えないというわけか。


 子供だと思っていても、まばたき一つで大人になることもあるのだ。


「覚えとくわ」


 わざと写真の中の桜と同じ笑みを浮かべて、絹は長男のDNAを鷲掴みしてやる。


 やっぱり余計なお世話の――仕返しだった。



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