表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/81

お嬢様の本気

 了が、ひとつ上の階を見ている間に、絹はお手洗いへと向かった。


 鏡の前で手を洗いながら、髪型のチェックをする。


 プレゼントも決まったし、一安心。


 京が、皮肉のこもったそれの、本当の意味に気づくことは、もしかしたら一生ないかもしれない。


 しかし、確かに絹はあのCDに、自分という人間を込めたのだ。


 水を止め、バッグからハンカチを出す。


 絹の後ろを、二人の女性が通りすぎ――ない。


 鏡ごしに、目が合った。


 あっ。


 知らない人間だった。


 しかし、絹よりももっと年上の、大人の女二人が、彼女に手を伸ばしてくるではないか。


 その手に握られる、白いもの。


 全て、鏡ごしの出来事。


 とっさに、右に一歩。


 濡れたままの手で、右の女性の伸ばされた腕を脇に挟むように掴む。


 腕ごと身体を振り回して、もう一人の女の方に放り投げる。


「きゃあっ!」


[いたぁい」


 遠心力で吹っ飛ぶ身体にぶつかられ、二人まとめてトイレの床にすっ転ばせることになった。


 本格的に、武道をやっている人間ではない。


 倒れたはずみに落とした白いものは、ハンカチだった。


 それを拾い上げ、ちょっと匂いをかいだだけで絹は顔を顰めて離した。


 覚えのある匂いだ。


 訓練でも出てきた、クロロホルム様だ。


 なるほど。


 腕に覚えがなくても、この布きれを押し付けさえすれば、なんとかなると思ったのだろう。


 あちこち押さえながら、立ち上がるお姉さまたち。


 絹は、ピラリとそのハンカチを二人に閃かせた。


「ごめんあそばせ…護身術を習ってますの」


 不適に微笑んで威嚇する。


 おそらく、あの五人組の誰かの差し金だろう。


 どういう見張り方をしていたかは知らないが、こんなところにまでお迎えがくるなんて、穏やかじゃない。


 しかし、その行動の雑なこと。


 さすがはお嬢様が、自分で考えるやり方だ。


 かわいらしすぎる。


「ご主人にお伝えいただけるかしら? 今度こんな真似なさったら、学校で護身術を披露しますわよって」


 絹は――ハンカチを引き裂いた。


 ※


 クロロホルムで絹を拉致して――そのまま美容整形。


 うっかり彼女が下手をうっていたら、そうなっていたのだ。


 やり方が雑だったとは言え、本気で行動を起こす執念だけは恐ろしい。


 女二人が走り去った後――綺麗に手を洗い直して、絹はやっとお手洗いを出た。


 いつの間にか置かれていた「清掃中」の黄色い看板。


 変なところで、芸が細かい。


「すごいねー絹ちゃん、撃退したんだ」


 看板の横を、一歩通り過ぎようとした彼女は、その瞬間、凍り付いた。


 聞き覚えは、もちろんある。


 その呼び方も。


「あなたの差し金には、思えませんでしたけど」


 横目で、ちらり。


 出てすぐの壁に、もたれている――渡部を見る。


「うん、違うよ…助けて絹ちゃんに恩を売ろうかなーと、ここで待ってたんだ」


 にこにこ。


 いけしゃあしゃあと、勝手な理屈を言う。


 元凶そのものに助けられたとしても、絹が恩なんか覚えるはずがなかった。


「テニスが忙しいでしょうから、お構いなく」


 なぜ、ここにいるかは分からないが、休みの日まで会いたくはなかった。


 もう、関わらないと決めた矢先なのに。


「部長、こんなところに…って、高坂さん」


 フロアの方からやってくる女性が、彼女を呼ぶ。


 はっと、顔を向ける。


「委員長、なんでここに…」


 絹の疑問に、渡部が先に笑いだした。


 なんなのだ、一体。


「ここ、うちの系列の店なの」


 知らない絹に、苦笑がちな声。


 あーもう。


 金持ち学校なのだから、親がデパートの一つや二つ持っててもおかしくない。


「いきなり部長、いなくなったと思ったら、高坂さん追い掛けていったんですね…もう」


「ごめん、ごめん、あーちゃん。さ、続きの買い物に戻ろうか」


 絹に、ウィンク一つ残して、性悪渡部は去っていった。


 委員長…その人と一緒にいるのはやめた方が。


 絹の願いは、声には出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ