冥王星から愛をこめて
忌まわしい祇園事件が、ボスの説明で一段落すると、絹は頭を切り替えた。
再び、ボスの要求通り、広井ブラザーズの相手に専念することにしたのだ。
ボスも誕生会に参加する気満々で、気象衛星のチェックから、京へのプレゼントまで、抜かりはないようである。
絹も、そろそろプレゼントを選ばないといけないだろう。
金持ちだからなあ。
絹は、頭が痛かった。
何を買っても、安っぽくなってしまいそうだ。
「島村さん、誕生日にもらってうれしいものは?」
ちょっと、アンケートをしてみる。
「政府転覆のニュース」
超真顔だ。
聞いた私が、バカでございました。
「ハハハ、島村くん。そういうのは、自分でやってこそ価値があるのだよ」
君の野望も、まだまだだな。
違う方向に、ボスがたしなめる。
「すみま…っ」
ガンッ。
異音に、絹がはっと顔を向けると、島村がソファの角あたりで脚を抑えていた。
この間ほどひどくはないが、まだ少しぼーっとしているようだ。
「島村さん、変じゃないですか? やっぱり」
本人を目の前にして、絹は聞いてみた。
このマッドサイエンティストの助手が、あちこちアザを作っているのは、どういうことか。
「変な薬でも試しました?」
自分をも、実験材料にしかねない彼らだ。
「あぁ、それなら…」
ボスが、心当たりがあるように人差し指を立てた。
お。
しばしの間に、ボスは真理に行き着いたのか。
「先生…」
しかし。
即座の、島村の牽制に――上司は、軽く両手をホールドアップさせた。
「分かった分かった…島村くんは、薬のやりすぎでぼーっとしてるだけだ」
わざとらしくも、とんでもない言葉で、ボスはフォローする。
嘘だと、丸バレではないか。
まあ、ボスの様子からすると、そんなに深刻な内容ではなさそうだ。
京へのプレゼントに対する悩みと、どっちが重いだろうか。
※
買い物に行こうか。
いいものが思い浮かばなくても、実際に何か見ていれば、しっくりくるものが見つかるかもしれない。
誕生会の一週間前の土曜日。
絹は、具体的な行動を起こすべく、出かけることにした。
駅五つくらい遠出をすれば、欲しいものは大体何でも手に入るエリアがある。
ボスに渡されているカードがあれば、とりあえず買い物には困らないだろう。
ぽん。
そうだ。
絹は携帯を取り出して、メールを打ち始めた。
起きてるかなぁ。
時計を見ると10時。
すぐにメールは返ってきた。
起きていたようだ。
『(ρw-).。o○
おはよ…きぬさん~
~ヾ(゜ー^*) 』
訂正――メールで起きたようだ。
返信で、京の誕生日のプレゼントを買いに行くので、付き合って欲しいと告げる。
『行く!
すぐしたくする!
(●^o^●)ノ』
速攻のおこたえ。
よし、末っ子釣れた。
絹は、ガッツポーズした。
ボスは、おそらくいま秘密部屋だが、メールは自動転送なので、このメールも見ているはずだ。
またペンが活躍しそうだ。
あの万年筆をつけていても、おかしくない服はないだろうか。
出かけるために、部屋のクローゼットを漁り出した。
そういえば。
週末に学校外で、広井ブラザーズに会うのは初めてだ。
その相手が、了というところが、可愛らしい選択だったが。
メールがもう一度鳴った。
『車空いてた!
家まで迎えに行くよ
(*^ー゜)b』
あらら。
電車での移動の予定が、地球に優しくない方向に変わったようだ。
まあ、どうせこの星は、ボスの気分次第で壊されるものだし、いっか。
絹は怖いことを考えながら、準備を続けたのだった。
※
「お待たせー」
薄い真っ白のパーカーに、膝が出るくらいのハーフパンツ。足が大きく見えるバッシュに、メジャーリーグのキャップ。
現われた了は、年相応の元気な少年のいでたちだった。
あらら。
小花柄のワンピースに、ボレロ風の上着(胸ポケットのある服のため)の絹とは、系列の違うファッションになってしまった。
もう少し、了の趣味を把握しておけばよかった。
今更着替えに戻るわけにもいかず、絹は『お姉さんと買い物に出た弟』風の組み合わせで、我慢することにしたのだ。
「多分、京兄ィのプレゼントなら、ハンズとかロフト系の方があると思うよー。服は、いろいろうるさいから」
将と違って、弟くんは具体的に方向を決めてくれた。
助かった。
絹は、彼の指定に従うことにする。
「了くんは、何を買ったの?」
車で移動中、聞いてみる。
「ラジコン~部屋の中を飛び回らせられるヘリ」
えへへへ。
少し子供っぽいプレゼントな気がしたが、了らしいといえばそうか。
一応、メカっぽいところは、評価されるだろう。
「天文系から見てみよっかーいいのなかったら他の階いこー」
到着するなり、腕を取られた。
テンションも機嫌も、高い位置で跳ねている。
楽しくてしょうがない感じだ。
誘われて嬉しいのだろう。
名指しで一人誘ったことだけで、そんなに喜んでもらえるなら、また誘いたくなる。
甘え方を知っている子だ。
絹さえも、釣られて笑顔が多くなってしまう。
天文コーナーで、見知らぬものを二人でこねくりまわしてはしゃぐ。
「こっちは?」
「うーん、いまいちかなあ」
あれこれ見ている間に、ふと、絹の目に止まったものが。
「なんで天文コーナーなのに、CDが?」
パッケージには、惑星の写真。
ホルスト――「組曲:惑星」
「あー、僕それ知ってる『木星』が有名だよね。ほら、『ジュピター』ってカバーされた奴、流行ったでしょ」
流行ものは、最近シャバに戻ってきた絹には、ちと厳しい話だった。
※
「冥王星が…ないわ」
CDのパッケージをひっくり返して曲名を見て、絹は小さく呟いていた。
「あ、そっか…冥王星って、惑星から除外されちゃったんだよね」
了が、ぽんと手を打つ。
なんだか可愛いそのしぐさに、絹はくすっと笑ってしまう。
でも、多分彼の言葉は違う。
パッケージを見る限り、この曲が作られたのは、いまからちょうど100年くらい前。
逆だわ。
気づいた。
逆だ――この曲が作られた時、まだ一番遠い冥王星は見つかっていなかったか、惑星と定められていなかったのだ。
だからこの曲は、海王星までで終わってしまった。
一番最後に惑星の仲間に入り、一番最初に仲間から外されてしまった遠い遠い星。
冥王星自身、こんな遠い星で自分の論議をされているなんて、きっと知らない。
自分の歌だけがないなんて。
きっと知らない。
「絹さん?」
パッケージを見つめたまま、絹が考え込んでしまったため、了に呼びかけられる。
「あ、ごめんね…」
でも、CDから何となく手が離しづらい。
「プレゼント…それにするの?」
考えてもいなかったことを聞かれて、絹はふと動きを止めた。
「京さん、クラシックは好き?」
質問に、了はウーンとうなる。
「聞いてるの、見たことはないなぁ」
確かに、そんなタイプには見えない。
「うん、これにしよう」
絹は、悪戯心で笑みながら、もう1枚CDを取った。
2枚。
「え、もう1枚は?」
言葉に、彼女はにこっと目を細める。
「自分用よ」
2枚のCDを持ってレジにいく絹に、なぜか了も真似して1枚取る。
「それは?」
絹の質問に、了もにこっと笑った。
「自分用だよ」
真似っこさん。
二人で、顔を見合わせて小さく笑う。
京に贈る時には、カードを添えるのだ。
『冥王星から 愛をこめて』
いまも確かに在るのに、いつか忘れられていく、絹と同じ運命の星。