変態の話
「もう森村には関わるんじゃない」
家に帰ると――お目玉が待っていた。
うーん、やっぱり。
全部、見られていたのだ。
絹も、さすがに言い訳のしようがなかった。
が。
「と言っても、また首をツッコミかねないな。知ってることだけ教えてやるから、それでこの件は終わりにしなさい」
はぁ。
ボスが、本当にしょうがないという風に、大きなため息をつく。
おっ!
思わぬ人が、折れてくれた。
絹は、味方の参戦に小踊りする。
さっさと好奇心を満足させて、広井家に集中させたいのだろう。
もともとは、桜の死因を探っていたら、渡部や森村にたどりついたのだ。
しかし、祇園祭にあの反応は異常すぎる。
本当に、森村に殺されるかと思った。
「あー」
ボスは、一瞬ウツな表情になる。
そんなに、いやなことを言わなければならないのか。
「アレが、青柳の分家の出で、毎年祇園に連れていかれてるのなら…おそらく、私の推測だが…」
一瞬の間が、絹には何分にも感じられた。
「おそらく…種馬にされている」
ボスは平然と、女子高生の前で、種馬と言い放った。
さすがは、科学者。
正答の前では、言葉の品性は関係ないらしい。
しかし、絹はさすがに頭が真っ白になって、絶句してしまった。
たね? え? たねっ?
「青柳一族は、大昔から織田の遺伝子コーディネーターだ」
えと、そうか、変態の話か、うん、そうか。
混乱したまま、絹は変な単語で自分を納得させようとしたのだった。
※
「血の近さ、遠さ、容姿、健康状態、頭脳、体力。それらを計算して、理想の子供を作るのが、青柳の仕事だ」
やっと絹はソファに座り、ボスの話を聞いていた。
原始的な、遺伝子操作か。
なんとなく、絹にも理解できてきた。
「重要な一族の、婚姻相手を探したり作ったりすることが多いが、な」
絹の頭に、渡部がよぎった。
あの容姿、運動能力が、意図して作られたものだとしたら――納得できそうだ。
「森村に、何の価値を見いだしたかは知らないが、ブリーディングの材料にされているのだろう」
詳しく想像したくなくて、絹は顔をしかめた。
彼は、毎年京都で、理想の子供を作らされているというのだ。
「なんで、言うことを聞いてるんだろう」
京都まで行かなければ、そんな地獄も避けられるはずなのに。
あの彼が、そんなに素直に言うことを聞くとも思えないのだが。
「相手は…悪人だぞ」
いつの間にか、島村が部屋の隅にいた。
なぜ、そんな隅に。
絹はつっこみたかったが、今は素直に言葉を聞く。
「言うことを聞かないなら、弱みでもなんでも握って…言うこと聞かせるだけだろう」
マッドサイエンティストも、悪寄りの人間だ。
悪の考えることなど、簡単に分かるに違いない。
そりゃあ。
そりゃあ、殺意も覚えるわな。
ぞっとしながら、絹はその事実を噛み締めた。
「デキのいい子供は、あちこちの分家に養子に出される。森村も、もう何人かの子供の親だろう」
ボスは、青柳は好きではないらしい。
彼の科学者の美学と反するところでもあるのだろう。
モラルだけで、毛嫌いするはずはない。
ボスそのものが、モラルを既に欠落しているのだから。
「デ、デキの悪い子供は?」
絹は気になって、おそるおそる聞いてみた。
「聞かない方が、いいと思うぞ」
島村が、先に口をはさんでくる。
ボスも、絹の方を見ないようにしている。
本当に――聞かない方がよさそうだ。
※
二度と森村に、祇園祭の話はすまい。
自室に戻った絹は、それを心に決める。
そして、不謹慎ではあるが、彼が渡部と言わず、織田そのものをぶっ壊してくれることを、願わずにはいられなかった。
しかし、そのえげつない話のおかげで、桜の秘密に一つ近づいた気がした。
彼女は、おそらく遺伝子コーディネートで生まれた、デキのいい子だ。
絹はベッドに腰掛け、大きく息をついて脳を活性化させた。
最初から望月という家に生まれたのか、はたまた養子に入ったかまでは分からない。
しかし、これで渡部が、なぜ望月か青柳という名字を並べたのか、納得がいくのだ。
そして、桜は誰かの嫁になるか、次世代の自分を作る道具になるはずだった。
だが、チョウと恋に落ち、駈け落ち同然(?)で、結婚したのだ。
更に、妄想を膨らませるなら。
彼女を連れ戻そうとする、織田側の人間に追い回され、カーチェイスの果てに事故。
遺体を何に使うかは知らないが、織田側が引き取って――ジ・エンド。
遺伝子コーディネーターという青柳の肩書きを考えると、ただ静かに埋葬、とは思えなかった。
ここにいられなくなったら、探偵にでもなろうかな。
気分の悪くなる話を、絹は違う考えで塗りこめてしまいたかった。
軽い、現実逃避だ。
しかし、こんな推理を、京や将には絶対できそうになかった。