了敗北
ゴージャス天野に再会するのは――意外に早かった。
翌日の昼休み。
最近、1階に降りると騒ぎが起こるので、絹は慎重だった。
「お、高坂さん」
本日は、ゴージャス天野。
マシな方か。
「こんにちは」
絹は、反射的にキョロキョロした。
例の五人が、また出てくるのではないかと思ったのだ。
「あ、せやな…外いこ」
すぐに気づいたらしく、彼女に促される。
いや。
あなたと一緒にいる必要も、ないんですが。
「きーぬちゃ……げっ、アマ!」
しかし、校舎から出るより先に、背後からかけられたお軽い声が裏返った。
「あいた、お山の大将がひっかかってもた…はよ出よ、高坂さん。孕まされんで」
振り返るなり、ゴージャス天野も、お嬢様にあるまじき言葉で応戦。
そのまま、絹の背中を押す。
「待て、アマ…なんで、お前が絹ちゃんと?」
「あんたには関係あらへん…この子は、うちの妹分や…なれなれしゅ呼ばんといて」
猛烈な速度で歩く天野に押される絹も、足を高回転させる。
それでも、後方の男がひきはがせないということは、ついてきているということだ。
しかも、いつの間にか妹分にされている。
おそらく、渡部の攻撃をかわす防弾幕にするつもりなのだろう。
根っからのお節介のようだ。
まさかな方角から、対渡部ストッパーが現われた、ということだろうか。
校舎から押し出されたところで、ようやく足を止めたゴージャス天野が振り返る。
「いい加減、気に入らん娘、つぶすような真似やめい。どうせ、あんたになびかんかったとか、そんなとこやろ?」
あんた、いっつもそうや。
ビッシィィ!
指を突きつけ、決め付けポーズ。
オーラがゴージャスなだけに、迫力はものすごいものがある。
「アマ…お前が絡むと、いつもややこしいことになるんだよな。絹ちゃん…こいつ、トラブルメーカーだぞ。関わらない方がいい」
歩くトラブルメーカー、渡部のセリフとは思えない。
「あんたに言われとない」
うーん。
二人の対決を見ながら、絹は今日も抜け出してもバレない気がしてきた。
※
「ああ、天野女史は有名だな」
帰りの車。
世間話の中で、京が反応する。
さすが、一年長くこの学校にいるので、噂くらいは耳にしたことがあるようだ。
「歩くスポットライトとか、フラッシュ女史とか、あだなだけは豊富だぞ」
言いながら、京も笑っている。
「昨日の昼休みに、絹さんと一緒にいたおねーさん? 確かに派手だったよねー」
了の記憶からも、すんなり引き出されたようだ。
人の記憶に残る才能は、誇っていいだろう。
「でも、あの女の人たち、なんだったの? 絹さん、待ってなかった?」
了の記憶は、余計なものを掘り出した。
「そうだな…なんで三年の天野女史が、おまえの話に出てくるんだろうな」
京が、見逃すはずがない。
「絹さんに何かあるって、昼休みくらいしかないんじゃないか? 了との昼ご飯が、問題だとオレは思ってるんだけど」
真面目な顔してババンバン。
将は、正論っぽく了の昼の楽しみを奪おうとする。
「ええー」
とばっちりを食ったのは、了だ。
ゴージャス天野の話が、自分に及ぶとは思ってもみなかっただろう。
「私は、別に大丈夫よ…」
校舎の違う了に会う、貴重な機会なのだ。
ボスが、淋しがるではないか。
「分かった」
何かを決意したような将の声。
何が分かったのか。
「今度からオレも、一緒に行くよ」
同じクラスだから、行き帰り一緒で安全だろ?
なんと。
ここで将は、昼食タイムに割り込むという荒技を繰り出したのだ。
「ええー」
不満たらたらな了の声。
彼にはかわいそうだが――今頃、ボスはVサインだろう。
※
「そう言えば、誕生会の話が出ていたな」
ボスが、なぜだかソワソワしている。
話が出たのは今日、というわけではない。
まだ広井兄弟から、具体的な話は聞かされていなかった。
「どうかしました?」
絹の誕生日に、興味を示すはずはない。
あるとしたら、京の方。
京都の祇園祭とやらに、興味でもあるのか。
「いや、会の場所は広井邸なのか?」
ごほんごほんと、不自然な咳払い。
あー。
絹は、そこで察したのだった。
広井邸で誕生会とやらがあり、そこにチョウが参加するのではないかと期待しているのだ。
どうも――ボスも参加したいらしい。
「聞いておきますね」
くすくす笑いを止められない絹は、勿論ボスの意向に沿うつもりだ。
「いや、うん…まあ」
曖昧に反応するボス。
広井兄弟で、こんな状態になることはない。
さすがは、チョウの威力といったところか。
そんなボスの後ろを、珍しくぼーっとしたような島村が通る。
あ。
そんな彼を目で追った絹は、見てしまった。
ゴンッ。
壁と、正面衝突する島村を。
はっと、彼はそこで我に返ったようだ。
絹の視線に気付くと、逃げるように居間を去って行った。
「島村さん…具合でも悪いんですか?」
珍しい様子に、絹は聞かずにはいられない。
「ここ二、三日、あんな感じだぞ…研究のことで、頭いっぱいなんじゃないか?」
ボスの言葉に、絹はとりあえず納得した。
一緒に住んでいるとはいえ、彼女はほとんど島村のことは知らないのだから。
※
昼食タイムに将が加わるようになって、確かにトラブルは減った気がする。
「そろそろ、梅雨明け宣言、出るんじゃないかな」
まだ雲はあるが、雨は減ってきた。
将と二人でランチに向かう最中、絹は空を見上げた。
七月。
絹の誕生日が間近だ。
このまま梅雨が明けるなら、もしかしたら誕生日は星が見られるかもしれない。
誕生会は、絹と京の誕生日の中間の土曜日になった。
広井邸でベーシックな集まりかと思いきや、昼から移動を開始して、素晴らしい星の観測会をしようと提案されたのだ。
知り合いのペンションの近くだから、そこに泊まるのだと。
さすがは、星好き一家。本格的だ。
これだけ大がかりな計画だから、勿論チョウが絡んでいる。
「絹さんも、保護者が一緒の方が安心だろうから、行けるか聞いてみてよ」
素晴らしい申し出に、絹は二つ返事でオーケィを出したかった。
しかし、一応は「聞いてみるね」と、保留にしておく。
今頃、「チョウとお泊まり!」と、ボスが小踊りしているに違いない。
また、日本の気象衛星が乗っ取られるのか。
「京さんへのプレゼントは、何がいいかなあ」
ボスに抜かりはないだろうが、絹は悩みどころだ。
何か形に残るものを渡して、見るたびに彼女を思い出してくれると好都合に思えた。
「なんでも喜ぶよ」
将が、アテにならないことを言う。
「京さん、気難しそうだから…悩むわ」
将や了は、何でも喜んでくれそうなのだが。
「絹さんからもらえるなら、何だって喜ぶって」
言葉に微かなひっかかりを感じて、絹は彼を見た。
その、微妙な困り笑いはなに!?
また、将はいい人になろうとしているのか。




